預けられた子猫
「か、カズヤ?」
皺がよるほど彼の寝間着に爪を立て細い体を拘束するように抱きしめる。
「ほんとにどうしたんだよ…ちょ、苦しっ」
何事もなかった風な態度の彼の背後に転がるコードが取れた途端、糸の切れたあやつり人形のごとく自我を取り戻した小太郎は先程まで自分が何をしようとしていたか分かっていないらしい。情けないほどあの情景が頭に蘇ると身体が恐ろしさで震えた。
体をゆっくり離したら、驚いて動揺しながらもなだめようとする手が俺の腕を摩っていて、薄い色の瞳が心配、と俺を見つめていた。小太郎だ、いつもの彼だ。ならばさっきのはなんだったんだ。
「小太郎、さっきまで自分が何してたか覚えてないか……?」
「え?ずっと寝てたけど。でも、あれ?一回起きた筈なんだけど……二度寝したかな」
記憶が無いのか?あれは無意識?
まさか、自分が予想していた催眠にでもかけられているのか。
首をかしげながら手を伸ばして頬に手をすべらせてくれるのは嬉しいけれど胸がざわつくのは止められない。とにかく早いうちに長いコードを投げ出していたナースコールを床に落ちていた針金でまとめようとする。
「……ッおい」
だがそれは細い手に素早くひったくられた。手を伸ばした勢いでベッドから落ちたことを気にする様子もなく、加えて強かに打ったはずの両膝を痛がる様子もないまま、止めるまもなく二回り首に巻き付けると細い首にコードが食い込んで、ゴム状のそれらが擦れ合い鈍い音を立てる。
頭が真っ白になるが顎の下に手を持っていって首とコードに無理やりにも隙間を作った。でも抗うようにコードに力が込められ、白い指まで鬱血してきた。
「小太郎!この手離せ!しっかりしろ!」
そう言ったところで届かない。微かな声で、やめて、離してと言ってくる。でもその通りにするわけにはいかず、無理やりに手からコードを奪い首からそれを取り去った。顔が上げられ、前髪で隠れていた瞳が出てくれば、そこにあったのはいつもの爛々と輝いたそれではなく、奥に淀んだタールが詰まったようになっていて。
思わず息が止まった俺の耳に、うわごとのような小さな小さな声が聞こえてきた。
「もう……生きてちゃだめだ、……」
少し物音がしたらかき消されるような。
コードを取り去られたあとは力を失ったように座り込んで本当の人形になってしまったかのように動かない。呼吸の度薄い胸が上下するだけで、名前を呼んでも明るい返事が返ってきたりしない。虚ろな目はただ辺りを見渡して何かを探す。何かを見つけたかと思えばそれはカッターで、彼は迷いなくそれを自らの首に当てた。
「……やめろ!」
「ぃやッ」
抵抗された拍子に腕に少し切り傷ができた。痛みはそこまでなかったが、彼の動きが一瞬鈍ってくれた隙にカッターを持つ手を掴み肩を持ってベッド柵のほうに追いやる。力加減を見誤って背を強めに打たせてしまったのに慌て、こちらの方に引き寄せたら呆然とした小太郎と目が合った。
「カズヤ…?いま、俺、なにして」
数秒前までの濁ったそれとは違う、いつもの澄んだ色をした双眸だった。恐る恐る名前を呼んだら掠れた声でカズヤ、と呼んでくれた。手を当てた薄い肩が小刻みに震えている。そこで自分がカッターを持っていることに気づいたらしく、驚いて投げ捨て俺の腕についた切り傷を見つけてしまう。色の白い頬から血の気が引くのが見えた。
「小太郎、大丈夫だか……」
「大丈夫なんかじゃないじゃん!!」
俺の腕をとって血を拭うと慣れた手つきで脇に置いてあったガーゼでそこを抑えてくれる。軽くテープでそれを止めたら俺が礼を言う前にごめんと謝られた。
「カズヤ、本当にごめん…僕なんも覚えてなくて。ごめん、ごめんなさい……」
「本当に平気だって。すぐ治るよ」
「ごめん……カズ、」
「ん?」
「傷付けてごめん、でも、お願いだから…… いなくなんないで」
不安からの体の震えを強めながらそう懇願される。そんな簡単に手放さないって、明らかにお前の意思じゃないだろうって言っても、彼は首を振ってごめんなさいを重ねて言った。
胸に額をくっつけさせるように抱きしめて、こめかみにそっと口付けて背を摩った。相変わらずの押し殺すような泣き声。また痩せてしまったな、と悲しくなったと同時に、今日のうちにここから連れ出そうとここに誓った。へたり込んでいた床から立ち上がらせるのに感じた軽さにも苦い何かが込み上げてくる。
「小太郎、大丈夫だから、な?」
「ごめん……」
「なあ、最近なんか変わったこと無かったか?一応確認したくって」
浮かべていた涙を雑に拭った彼は、そう言えばと言って話し出した。
「最近、ぼーっとすることが多いっていうのはある。気付いたら二時間ぐらいたってたり。……薬のせいかな」
「薬?」
「なんか、落ち着かせるためだって言ってるけど、すぐに眠くなるから睡眠薬かと思って飲んだフリしたら無理やり飲まされたり……おかしいと思って相談しようと思ってた…けど、いざ言おうと思うとなんでか口が動かなくて」
なんだそれ、本当にやばいやつじゃねえか。さてどうしようかと、そう思った時、個室の扉が開かれた。ゼロ、セイギ、ユウキの三人だった。
「あ、三人とも久しぶりだな!」
「おう」
セイギが小太郎の声に応じ、ゼロは俺の方に歩み寄り耳元に手を寄せた。
「調べてみた。小太郎の主治医のこと。予想通り、どうやら催眠術にも精通しているらしい。あと、」
穏やかな彼の顔立ちが険しくなる。
「カズヤが言ったことビンゴだったよ。小太郎が居た養護施設に研究を兼ねた目的で勤務してた時期があった。それで……その施設は数年前酷い虐待があったと発覚し封鎖されたって」
「……そう」
にこにこして笑っている小太郎を肩越しに目を向ける。
「もしかしたら、アイツが子供の頃の記憶がないのもそれが関係してんのかも」
「そうなのか?」
「ああ。出会ってばっかりの頃そう言ってた」
「……あと、これはミツルがツテから掴んできた噂なんだ」
その噂曰く、その医師は簡単に手を上げる癖があり、以前交際していた女性たちからもそのような訴えが幾つもあったようで。だが、大病院の娘を妻に迎えたことで後ろ盾ができ、彼女たちの訴えはことごとく破り捨てられた。もっとも、そのお嬢様奥様とその子には良き夫らしいが。
「小太郎がいた養護施設でもそこの職員たちと一緒に暴行したとしてもおかしくないよ」
「決まりか。あと、あの看護師も怪しく思えるな」
「ん。カズヤ君せーかいっぽいよ?」
はっと顔をあげればさっきまで壁に寄っかかってタブレットを弄っていたユウキが居た。いつもの軽薄そうな笑顔は真剣みを帯びているように見える。すれば、タブレットをこちら側に向けて動画を見せてきた。
「この防犯カメラの映像の通り、小太郎くんは毎晩この病室から連れ出されてる。その看護師にね」
画面から視線をあげると俺と同じように険しい顔をした二人と目が合う。セイギもこのことはおそらく知っているのだろうし、ここまで掴んだら彼らにはもう逃げ道は無いはずだ。とにかく今は早くこの病院から連れ出そう。
「カズヤ、」
「ん、おいで」
手を広げて抱き締めると、小太郎は少し掠れた声で言った。
「最近、変な夢ばっかり見るんだ」
「どんな夢?」
「……いっつも忘れてる。でも、なんか、昔のことをどんどん思い出してて」
「昔のことって、」
堪らないように首を振って、こちらを見上げる。
「……ごめんなさい。言いたくない」
「いいよ。いつだって」
とにかく寝ようと横たわるように促したら、俺の手をくいっと引いて握る。
「寝るまでこうしてて。前からそうだけど、あんたがそうしてくれた夜は変な夢見ないんだ」
「……ふふ、じゃあそうする。いい夢を」
「ありがと、やっぱりカズヤの手ってあったかいね」
面会時間が終わるまですっと、病衣越しに骨が浮くほど痩せた背を撫ぜて彼が眠るのを待った。寝息が聞こえてからも、手を握ったらふわふわ笑ってくれて、ただ愛しさが増していった。
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「着いた。この階だ」
冷えたカズヤの声が低く非常階段に響く。
予定がこの日全員空いていたことと、一刻も早く連れ出した方がいいと話し合った末四人で今病院に忍び込んでいた。そんな中、先頭を歩いていたカズヤが一瞬足を止める。
「おい、なんなんだよ今の叫び声……」
小太郎がいるであろう階に着くと、聞いただけで背筋がザワつくような叫び声が聞こえてきた。とにかく行こう、トラブルがあったなら絶好の機会だと走り、小太郎の病室を通り過ぎ薄暗い廊下を駆けていくと、突然先の方にあった引き戸が開かれ中から腰を抜かした人が這うように後ずさる。中から甲高い笑い声が響き、顔を真っ青にした人━━よく見たらあの看護師だ━━がヒッと喉を引き攣らせた。ただ、さっきの笑い声は明らかに医者のものではなく、もっと若い男のように聞こえる。それは隣のカズヤもそう思っているようで眉をひそめていた。薄暗い廊下を目が焼かれるほど眩しい照明が照らしているのを辿って開いた戸を覗いた先に見えたのは、中肉中背の男に跨る薄い背中だった。
「小、太郎……?」
カズヤが小さく彼の名前を呼ぶがそれは聞こえなかったらしい。ケタケタ笑う者の視線の先にいるのはやはりあの医者。その無駄に整えられた髪を引っ付かまれ、首には果物ナイフが当てられている。後ずさろうにも恐ろしくて動けないのだろうな、というのが表情で分かった。それと対照的に跨った方の彼は狂ったようにクスクス笑い続けながら喋り始めた。
間違いなく、小太郎だ。
「ねえ、そんなに怯えなくたっていーじゃん。僕そんな怖ぁいことしてるかい?」
「い、今すぐそのナイフを離せ!!」
「ははははっ、するわけねーだろ」
一旦首筋からそれを離したと思ったら男の耳スレスレの位置にナイフを突き立てた。リノリウムの床が傷ついてガリ、と音がする。
「小太郎やめろ!!」
ナイフをそのままに目だけでこちらを振り返ったが、その目はまるっきりジ·アンカーの時のとち狂ったような表情で、口角は上がり瞳孔は開ききっている。
「やーだ」
あっかんべーをするようにそう言って躊躇いなど欠片も見せずにその辺にあったカッターを投げつけた。あんなに大好きなカズヤがいることにも気が付いていないようだ。今にもあの医者を殺しそうに見える。別にそれはいいとカズヤは思うかもしれないがそうなれば小太郎の身が危うい。早く落ち着かせるのが先決。男も必死にそうさせようと言葉を並べていた。
「城山さん、落ち着きましょう!今やっているのは催眠療法です。れっきとした医療行為ですから……」
「ふうん……医療行為ねぇ。なぁあんた、僕がガキの頃あんたになにされたか覚えてないとでも思ってんの?」
男が目を見開く。こちらをちらりと見やるので、聞かれたくないことでもあるのだろうか。
明らかに動揺しながらも「知らない」とほざく男に小さな右の拳が振り落とされ、左手は喉元を引っ掴んだ。
「催眠みたいなのを何回もかけられて、じわじわ思い出した。愛される方法と一人ぼっちにならない方法を教えてあげるって言われて、何度も部屋に呼んだよな。僕は誰かにそう思われたくって必死だったから……また前みたいに誰かに、誰かにそう思われたくて必死だったから!毎日個人相談室に行ったよ‼だって、分かんないんだもん‼」
磨かれた床に傷が増えていく。息を切らしながらガン、ガンと叫び床に打ち付けていたナイフを首筋から胸元につぅ、と滑らせた。
「それで、僕は周りよりも早めに初体験済ませたけど。ねぇ、言ったよね、そうなるにはちゃんと受け入れろって。そうしないとチャンスはないって。締りが悪かったりキツすぎたりしたら嫌われちゃうからってお腹殴ったりどっか切られたりしたけどさぁ……やっぱ小学校入りたての年頃には早すぎたんじゃない?結構痛かったわ。でもまあ、慣れてたから高校の時体育館で先輩に襲われたり準備室で教師に無理やりされたり、風俗に売られた時も一切無傷で済んだけどさあ……」
と、またナイフが振り上げられる。
まずいと思ったが今度も刺さず男の髪の一部を勢い良く刈り取ってリノリウムの床を削っただけだった。もう一度同じことをすると男の耳が若干切れたようだ。死にそうに怯える男を見て小太郎は不思議そうに小首を傾げた。なんというか、仕草がいちいち幼くてそのギャップが激しすぎるのがもはや不気味だ。
「そんなに怯える?あんただってギンギンにたったやつ俺のに押し込んでたじゃん。あれよりはマシだと思うけどなあ……あれ?せんせー?」
男はパタリと意識を落とした。肩を揺さぶっても起きないのを見ると失神したのだろうか。つまんない、というようにぶすくれた隙にセイギが後ろから羽交い締めにしようとするが、するりと抜けてこちらに目を向けた。そこでやっと俺たちを認識した。一気に警戒しているオーラが漂う。一歩進めば必死にナイフをこちらに振りかざしてくるが、それに俺たちが動じないと分かると今度はそれを自分の方に向け始めた。
「来んな‼僕から離れてよ‼‼」
鋭利な刃が薄そうで紐状の痣のついた首の皮膚に食い込んでいてゾッとした。カズヤの拳が握りしめられているのが視界の端に見え、それが伸びて部屋の隅に縮こまり怯える子猫に向けられる。
「小太郎、手、離そう?」
「やだ」
「自分で自分を殺すなんてこと、小太郎は出来ないだろ」
「……はぁッ!?、そ、んなことない‼」
「あるよ」
ゆっくり紡がれるカズヤの言葉にじわ、と涙を浮かばせ刃に力を込めるが、彼の言葉通り薄く赤い筋が出来たところで「ひッ」と怯えて力が抜け、カランとナイフを落とした。すれば身体を震わせ顔を真っ赤にして唇を噛んで、やけくその様に今度は手首を切ろうと力を入れプツリと皮膚を破ったその時、カズヤがナイフをひったくる。それでも小太郎の抵抗は止まなくて、薄い爪で何度もカズヤを引っ掻いた。カズヤに離れる意思はなく、今度は思い切り抱き締める。
「いいよ、好きなだけ引掻けば?」
しばらくじたばたしていた細腕が勢いを無くしていく。
「どうして、」
噛み締めすぎた唇からまた血が滴った。泣いてはいないが興奮で真っ赤に充血した瞳がカズヤを射抜いた。
「どうしてそんなこと言うの」
大きく開いていた瞳孔が元に戻って、さっきまでの狂気もだんだん薄まっていく。
「ッどうしてそんなこと言うの!?」
「小太郎、」
大きな瞳が彼を見上げると、人に慣れていない小動物のような怖がり方で後ろへ後退ろうとするが背後は壁なのでこれ以上離れられない。カズヤはさっき切ってしまった手首からの出血を抑えるように患部をぎゅっと掴んだ。後ろ姿しか見えないが、なぜだか彼が小太郎に優しく微笑みかけているのが分かる。
「小太郎は優しい子だよ」
「ちが、う。僕は、僕は人は傷つけられても自分じゃ一切死ねないようなただの腰抜けだ‼」
「そうじゃない。こたは、ただ生きたいだけだ。もっと生きて、ちゃんと幸せになろう?俺も一緒にいるから」
「……さっきの見て、引かないわけ?理性がどっか飛んでって人に殺意しか向けないような奴見て」
「引かないよ今更。そんなんになったのは彼奴が原因だろうし……あ、」
部屋の前には夜勤の看護士や警備員が様子を伺っていた。医者の男は昏倒していたが、他人からは加害者と見えるであろう小太郎の立つこともままならない痩せ細り様や傷を見てなにかを察してくれたのか首や手首の自傷に手当をして事情はとにかく俺とセイギとユウキから聞くことにしてくれた。人形のようにか細い身体をぴっとりカズヤに張り付けている小太郎からカズヤを引き離しは出来ないと思ったから。
遅れて聴取を終えた小太郎から離れたくないのはカズヤだけでなく、車椅子を押す彼の後ろには自分とセイギとユウキが当たり前のように付いてきていた。明日は休日なので雑魚寝でよかったら泊まってもいいと親切にも言ってくれた彼は気疲れで先程から寝落ちていた小太郎をベッドに寝かす。あどけなさすぎる寝顔と先程の狂気にギャップがありすぎて正直信じられないくらいだ。
「小太郎、寝た?」
そっと金の髪を撫でて起きないのを見てから頷いて俺たちを部屋に入れてくれた。
「もうぐっすり。相当疲れたろうな」
「変な暗示はもう解いてもらったんだっけ」
「うん。ゼロの友達のおかげでな」
「ミツルが?」
「ああ。良い腕の人を教えてくれて、自傷を促す、みたいなのを取ってくれた」
包帯の巻かれた手首と首に目を向ける。
静かな部屋の中で、カズヤは小太郎と初めて会ってからの変化を話してくれた。彼も随分丸くなったと思う。あんなに尖っていたのに。それを変えてくれたのは小太郎なのかな。誰よりも努力家で誰よりも負けず嫌いでたまに周りが見えなくなって反感を買ってしまうきらいが彼にはあった。しかし今は部下との関係も良いと聞く。この前そのひとりと会ったが俺が友人だと分かるとただひたすらに「山口さんは会議とかプレゼンの時書類や飲み物とかの準備を気付かないうちにやってらっしゃって仕事も早いしetc……」と彼の完璧さを述べるリスペクトっぷりだった。相変わらず忙しいと昼休憩を思いっきりスルーすることが多々あり、ある日定時での帰り際に「あ、昼飯食ってないからこんなに腹が減ってるんだ」という発言をしてからは昼休憩には部下みんなで食堂に引っ張っていっているらしい。愛されているじゃないか。
「なんか俺に聞きたそうだな、ゼロ」
「あ、バレた?……ちょっと親父さんとはどうなってるのかなって一瞬思って」
彼は片眉をあげて、小さく笑う。どうもしないよと小太郎の頬を撫でながら言った。
「もう数年連絡取ってないし、というか着信拒否にしてる。ほぼ絶縁だな」
「え、何?おたくそんなに険悪なの?」
「ユウキ、そんな直球で聞くことないだろ」
「いいよ別に。過ぎたことだし。……うちの家、結構裕福な方で、三つ上と五つ上の兄は色んな習い事とか行ってて、私立の附属に小学校から行ってたんだけど俺は近所の公立に行ってたんだよ」
「は?なんで?」
ユウキは疑問を重ねる。
「俺は……要するに浮気して出来た子だったんだよ。あからさまに上二人とは分けられてた。別に暴力とかはなかったし飯も食わせてもらえてたしそこまでじゃない。まあ後片付けは俺がやってたけどな」
「待て待て、カズヤが行ってたのってゼロと同じ海難の中高一貫だよな?」
セイギがちょっと待てというように手を上げて問い、「うん」と頷いたカズヤにまさか、と質問を重ねる。
「塾行ってないってことは、自主勉で合格……?」
「リサイクル本の過去問とか解きまくってた」
「……」
「おいユウキ、聞いといて引くなよ」
「いや、地頭いいじゃんカズヤ……それでゼロにライバル心とか……うわ贅沢ぅ〜」
遠い目をしたユウキを一旦放置し彼に向き直る。
「でも、絶縁状態ってまたなんかされたのかよ」
「んーと、兄二人ともなんか知らんけど仕事辞めたらしくってさ、いいとこ紹介しろとか少しでも仕送り送れとか電話やメールで何度も言われてんの見た小太郎がさ、ああ、小太郎には昔のことは言ってあったんだけど……」
とりあえず実家に戻って話を聞け、仕送りとして金を振り込め仕事を紹介しろなどという厚かましい電話を辟易しながら受けていたところに小太郎が割って入ったらしい。その日は二人で買い物に出る予定だったらしく、
『これからカズヤは僕と一緒にショッピングに行くんですぅーー‼テンション下げないでくれません?んで、散々放ったらかして寂しい思いさせてきたのに今更家族ズラすんじゃねえよ‼カズヤ優しいから今まで電話出てくれてたみたいだけど、もう嫌だ!僕の方がぷっつんきました!全ての通信機器で着拒にしますんで。
……え?僕?僕は以前からこの人と同棲してます小太郎ですよ‼口を挟む権利のある恋人です‼もう一度言う、二度と掛けてくんなヴァーーカ‼fuck yourself‼‼』
「……って言って電話切って、『じゃ、面倒も済んだし、出掛けよ』って言った満面の笑みを今でも覚えてる」
「怖。……いや、いい恋人持ったじゃん」
「怒ったら怖いけどな。頭にキてる時は英語が交じるし」
「……そっか。でもよかった」
「ゼロ、ガキの頃からよく話聞いてくれたじゃん。あれめっちゃ嬉しかったんだよ」
中学に入って特進クラスでウマが合いよく話すようになってから彼の家族の不自然さに気付いて、それで学校から近い公園でよく話していたのを思い出した。色々あったとて、あの時育んだ友情は確かだった。
今までこのメンバーで集まってきた中で一番和やかな空気が流れている。
我関せずと眠る小太郎の寝顔を見ながら、なにか彼が楽しいと笑ってくれるようなことをしてあげたいなとカズヤがいうと、ミツルが思いついたらしく口を開いた。
「そうだ!今度みんなでバーベキューでもしない?」
新しくキャンプなどのレジャーを楽しめる川沿いのスポットをオープンするから、そこでみんなで盛り上がらない?との提案。全員乗り気だったし、翌朝起きた小太郎が目を輝かせたのが決め手になった。
「行きたい!僕も行っていいの?」
「そりゃそうだろ。ミツルの権限使って貸し切りのBBQだ!楽しもうな」
今にも弾けて瞳からスパンコールが飛び出しそうなほど喜びまくる彼にこっちが嬉しくなる。
「楽しみにしてる!!」
今のところ、その予定日の天気は快晴。
当日になるまで、小太郎の部屋には量産されたてるてる坊主が揺られているらしい。