ミステリーは突然に
「警視庁の藍葉 です」
「同じく月嶋です」
二人の若い刑事は警察手帳を手にそう言った。そのうちの一人、藍葉と名乗った刑事の顔に肇とレガリアが感じたのは朧げな既視感。どこかで会ったような気がする、と2人は同時にお互いの顔を見合わせる。
「あ」
と先に声を上げたのは肇だった。
「お前は……せー……」
言いかけたはじめの唇を藍葉の人差し指が制する。ハーフリムのスクエア型のメガネの奥、優しげなエメラルドグリーンの瞳を細めながら、藍葉は口角を少しだけ上げ小さく笑う。
ようやく思い出した。愛流の事件の時、踏み込んだビルで捕まっていた男。玲司が「せーやさん」と駆け寄っていた男である。服装とメガネのせいで随分とあの時とは雰囲気が違って見えるが、彼の発する音の部分は肇の記憶しているままである。
「はじめまして、ですよね?」
軽く目配せをした後、藍葉は肇に念を押すようにそう言った。
「あ、ああ、そうだ。お前らは緋田の部下か?」
「どの緋田さんを指しているのかは分かりかねますが、貴方が緋田と名字で呼ぶ緋田なら恐らく私共の上司です」
「前半要らなかったろ、嫌味なやつだな」
「いえ、隣に彼が居るなら万に一つ有羽さんを指している可能性もありましたので」
突然話を振られたレガリアが、前後のつばに手を添えて帽子を被り直す。
「初めましてだね。レガリアだ、よろしく。有羽には日々こき使われているよ」
「藍葉樹 です、こっちの彼は月嶋誓。どうぞよろしくお願いします」
差し出されたレガリアの手を取りながら、2人は丁寧な仕草でお辞儀をする。
「早速ですが、現場の状況をお聞かせ願えますか?」
♢♢♢
「被害者はこのネットカフェの常連の村重隼人さん。スタッフである貴方、吉野さんが彼の食べた料理の皿を下げにこの部屋に来ると、彼はすでにこの部屋の中で亡くなっていた。間違いありませんね?」
「あ、はい。俺が来た時にはもう……、それはその2人も確認していると思います」
吉野はそういうと肇とレガリアの方をチラリと見る。
「ああ、間違いないよ」
先に返事をしたのはレガリアだった。
「それを確認してたのは僕だけどな」
続けて肇。
「心音が消えたのはそいつの叫び声が聞こえる数秒前だった。そいつが部屋に向かう足音と、スペアキーで部屋の鍵を開ける音も聞いている。間違いないよ」
「それが信用に足る証拠は?」
「無いよ、強いて言うなら、僕が神山肇だから……ってところか。ったく……、緋田が居ないとやりにくいな……」
「すみませんが、私共は貴方に会うのも、貴方の能力を見るのも初めてなので……」
「なら、こうしてみようか」
レガリアが肇の額に手を当てて魔法陣を展開する。
「再生 」
瞬間、周囲にキュルキュルとカセットテープを逆再生した時のような音が広がる。
「これは僕の特技のようなものでね、読み取った記憶を立体映像のように再生することができるんだ。今回は肇の記憶だから、音だけラジオみたいに再生する形にするけどね。あった、10分前。いくよ」
キュルル、と鳴り続けていた巻き取り音が消え、代わりに響くのはレガリアの声。
『けど良いのかい?このままだと僕の期待通りに殺人事件が起こることになるよ?』
レガリアの声の背後で、衣擦れの音、誰かの足音、話し声。それらは一つ一つの粒が認知できないほどに溶け合って、ドラマなどで使われるガヤ入りの環境音にしか聞こえない。
「ほら、消えた」
肇が人差し指を立てながらそう言った。しかし、周りの人間たちには音の変化はわからず、不信感を露わにお互いの顔を見合わせる。
「消えたとは……?」
怪訝な顔でそう言う樹に続いて、周囲に響くのは数刻前の吉野の叫び声。
「あっ、これ!俺の声です!ここの部屋を開けた時の!」
「ということは、これは少し前の記録、ということですね。それで、消えたというのは?」
「探偵、ちょっと戻せ。九十秒くらいで良い」
「秒単位は難しいんだよ?前後一分くらいは許してくれ」
再びキュルキュルと巻き取り音を立て、音声の場面が少し巻き戻る。
『予感がしたんだ、今日ここでドキドキワクワクな何かが起こるって』
『ニチアサ女児アニメの導入みたいに言うな』
流れ始めたのは取り止めのない会話。どうやら少し戻し過ぎてしまったらしい。
「これは……、ネタ合わせでもしていたんですか?」
「ちっげーよ!お前わざとやってるだろ!」
「心外だな、言っただろう?秒単位の移動は難しいって。大丈夫だよ、こうしてネタ合わせの続きでもやってればすぐに問題のシーンが来るよ」
「だからネタ合わせじゃないっつーの。心霊特番みたいな言い方もやめろ」
毎回律儀にツッコミを入れてくれる肇に、レガリアは少し楽しくなってしまっている様子である。
『けどいいのかい?このままだと……』
そうこうしているうちに問題のシーン、村重の心音が消える数秒前がやってくる。
「ほら、ここで心音が一つ不自然に大きく早くなる。まるで1人だけフルマラソンでも走った後みたいだろ?」
「すみません、私共には……」
「んで、ここで吉野がカウンターを出てるな。吉野のへたった革靴を引き摺るような独特な足音が、ワゴンのタイヤが転がる音と一緒に移動してる」
「……」
肇の説明を聞きながら、その場にいる全員が肇とレガリアの会話の背後、ただの環境音にしか聞こえないノイズに耳を澄ませる。
「バクバクいってた心音がどんどんか細くなって、荒かった息が弱くなって、今、完全に鼓動と呼吸が止まった」
目を閉じて耳に集中する肇に注目が集まる。自分達にはさっぱり聞き取れない、しかし肇の言い方には、その全てがハッタリだとは切り捨てられない説得力があった。その状況説明の精密さに、半信半疑だった誓と樹の疑いの眼差しが薄れてゆく。その目に残るのは、異質なものを見る畏敬と、肇の聞く世界への純粋な興味だった。
「吉野の足音が止まる、ノック2回、返事なし。再びノック2回。返事は無い。金属の擦れる音……、多分鍵束。マスターキーを刺して部屋の鍵を開ける。スライドドアの開く音の直後」
『うわあぁぁあぁあっ!』
「遺体と対面した吉野の悲鳴が響くってわけ」
おお……と感嘆の声を上げながら、樹と誓は思わず手を叩いてしまう。
「やめろ!見せもんじゃねえんだぞ!……ったく、この感じ今日一日続くのか?」
「観念しなよ、君の能力に慣れるまではみんなこんなものさ」
照れ隠しでも何でもなく、心底困るという風に表情を歪めるはじめの隣で、なぜかレガリアの方が得意げである。
「会話や音の内容は私どもには聞き取れませんでした。が、完全な嘘や出鱈目であそこまで精密でタイミングにも誤差の無い状況説明は不可能でしょう。貴方の能力は信頼に足ると判断することにしましょう」
「お、おう……そうかよ……」
今度のは完全に照れ隠しである。褒められたり奇人扱いされる事には慣れっこだが、信頼される事には慣れていない。コミュニケーションが苦手な肇らしい。
「貴方の耳を信頼するとなると、村重さんを殺害することができたのは吉野さんが部屋の鍵を開ける前に彼の部屋を訪れた人間、ということになりますね」
「まあそれなら全員そこの野次馬の中に居るが……」
チラリ、と肇が「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープの向こう側を横目で見る。その先には、店の中にいたらしい人間たちがゾロゾロと何があったのかと確認をしに集まってきている。
「そっちはまたレガリアに再生させるより防犯カメラでも見た方が早いだろう」
肇の視線の先を見て、周囲の3人は納得したように複雑な表情を浮かべる。確かにこの人数に肇の能力を納得させた上で容疑者として事情聴取をするのはかなり難しいだろう。
「吉野さん、お願い出来ますか?」
「はい!オーナーに掛け合ってきます」
樹に言われ、ボロボロの革靴を引き摺りながら小走りで吉野が去って行く。
「1人で行かせて良かったのか?容疑者だろ」
「さっきのリプレイを見て、逃げられると思うような一般人ならまず大丈夫ですよ」
「ほう、大丈夫ってのは?犯人の可能性はないってことかい?」
「いいえ、その程度の人間なら私共に捕まえられない相手ではないので」
「自信家だな。あいつの部下らしい」
そう言う肇の脳裏を、得意げな表情を浮かべる櫂の顔が横切って行く。その顔がよっぽど忌々しかったらしく、シッシッと手を振りながら眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締める。
「一応他の容疑者たちが逃げないように気にはしときなよ」
「言われなくてもやってるさ。お前が来てからずっと回しっぱなしだっつの」
最近こんなのばかりだな、と肇は大きなため息と共に悪態を吐く。
「報酬はお前んとこの探偵にツケとくからな」
「今回僕らは関係ないだろう、ちゃんと魔捜に貰ってくれ」
「ええ、成果に対する報酬はきちんとお支払いしますよ」
当たり前のようにそう言う樹をチラリと見やって、肇が続ける。
「払う気のあるやつに支払わせても気が済まないんだよ。お前はもうちょっと、毎度毎度僕を巻き込んでるって自覚を持つべきだ」
「今回首を突っ込んできたのは君の方だ。僕はただ事件の匂いに釣られて君に会いにきただけだからね」
「だからそれを巻き込んでるって言うんだろ!」
話の通じない相手との会話は堂々巡りになって無駄に疲れる。これ以上は何も言わせまいと目線で制する肇に対し、レガリアは意地悪そうに歯を見せてニヤニヤと笑う。そんな無言の攻防の最中、肇の耳がぴくりと動く。同時に、入口の方から吉野の声。
「お待たせしました、オーナーの許可が降りましたので皆様事務所へどうぞ」
小走りの足音を立てながら、吉野は軽く息を弾ませて帰ってくる。
「ありがとうございます、では早速。私共警察と、……協力者という体でそちらの2人も同室していただきます」
「ご厚意痛み入るよ」
「こちらが言わなくてもついて来るつもりだったでしょう」
「ほう、初めて会ったとは思えない程僕のことを理解 っているようだ」
「身内からよく貴方のことは聞かされていますので」
樹が思い浮かべているのはどちらの顔だろうか。「身内」と話す彼の顔は、それまでの生真面目そうな彼の態度からは信じられないほどに、優しく慈しみに満ちた表情だった。
「同じく月嶋です」
二人の若い刑事は警察手帳を手にそう言った。そのうちの一人、藍葉と名乗った刑事の顔に肇とレガリアが感じたのは朧げな既視感。どこかで会ったような気がする、と2人は同時にお互いの顔を見合わせる。
「あ」
と先に声を上げたのは肇だった。
「お前は……せー……」
言いかけたはじめの唇を藍葉の人差し指が制する。ハーフリムのスクエア型のメガネの奥、優しげなエメラルドグリーンの瞳を細めながら、藍葉は口角を少しだけ上げ小さく笑う。
ようやく思い出した。愛流の事件の時、踏み込んだビルで捕まっていた男。玲司が「せーやさん」と駆け寄っていた男である。服装とメガネのせいで随分とあの時とは雰囲気が違って見えるが、彼の発する音の部分は肇の記憶しているままである。
「はじめまして、ですよね?」
軽く目配せをした後、藍葉は肇に念を押すようにそう言った。
「あ、ああ、そうだ。お前らは緋田の部下か?」
「どの緋田さんを指しているのかは分かりかねますが、貴方が緋田と名字で呼ぶ緋田なら恐らく私共の上司です」
「前半要らなかったろ、嫌味なやつだな」
「いえ、隣に彼が居るなら万に一つ有羽さんを指している可能性もありましたので」
突然話を振られたレガリアが、前後のつばに手を添えて帽子を被り直す。
「初めましてだね。レガリアだ、よろしく。有羽には日々こき使われているよ」
「藍葉
差し出されたレガリアの手を取りながら、2人は丁寧な仕草でお辞儀をする。
「早速ですが、現場の状況をお聞かせ願えますか?」
♢♢♢
「被害者はこのネットカフェの常連の村重隼人さん。スタッフである貴方、吉野さんが彼の食べた料理の皿を下げにこの部屋に来ると、彼はすでにこの部屋の中で亡くなっていた。間違いありませんね?」
「あ、はい。俺が来た時にはもう……、それはその2人も確認していると思います」
吉野はそういうと肇とレガリアの方をチラリと見る。
「ああ、間違いないよ」
先に返事をしたのはレガリアだった。
「それを確認してたのは僕だけどな」
続けて肇。
「心音が消えたのはそいつの叫び声が聞こえる数秒前だった。そいつが部屋に向かう足音と、スペアキーで部屋の鍵を開ける音も聞いている。間違いないよ」
「それが信用に足る証拠は?」
「無いよ、強いて言うなら、僕が神山肇だから……ってところか。ったく……、緋田が居ないとやりにくいな……」
「すみませんが、私共は貴方に会うのも、貴方の能力を見るのも初めてなので……」
「なら、こうしてみようか」
レガリアが肇の額に手を当てて魔法陣を展開する。
「
瞬間、周囲にキュルキュルとカセットテープを逆再生した時のような音が広がる。
「これは僕の特技のようなものでね、読み取った記憶を立体映像のように再生することができるんだ。今回は肇の記憶だから、音だけラジオみたいに再生する形にするけどね。あった、10分前。いくよ」
キュルル、と鳴り続けていた巻き取り音が消え、代わりに響くのはレガリアの声。
『けど良いのかい?このままだと僕の期待通りに殺人事件が起こることになるよ?』
レガリアの声の背後で、衣擦れの音、誰かの足音、話し声。それらは一つ一つの粒が認知できないほどに溶け合って、ドラマなどで使われるガヤ入りの環境音にしか聞こえない。
「ほら、消えた」
肇が人差し指を立てながらそう言った。しかし、周りの人間たちには音の変化はわからず、不信感を露わにお互いの顔を見合わせる。
「消えたとは……?」
怪訝な顔でそう言う樹に続いて、周囲に響くのは数刻前の吉野の叫び声。
「あっ、これ!俺の声です!ここの部屋を開けた時の!」
「ということは、これは少し前の記録、ということですね。それで、消えたというのは?」
「探偵、ちょっと戻せ。九十秒くらいで良い」
「秒単位は難しいんだよ?前後一分くらいは許してくれ」
再びキュルキュルと巻き取り音を立て、音声の場面が少し巻き戻る。
『予感がしたんだ、今日ここでドキドキワクワクな何かが起こるって』
『ニチアサ女児アニメの導入みたいに言うな』
流れ始めたのは取り止めのない会話。どうやら少し戻し過ぎてしまったらしい。
「これは……、ネタ合わせでもしていたんですか?」
「ちっげーよ!お前わざとやってるだろ!」
「心外だな、言っただろう?秒単位の移動は難しいって。大丈夫だよ、こうしてネタ合わせの続きでもやってればすぐに問題のシーンが来るよ」
「だからネタ合わせじゃないっつーの。心霊特番みたいな言い方もやめろ」
毎回律儀にツッコミを入れてくれる肇に、レガリアは少し楽しくなってしまっている様子である。
『けどいいのかい?このままだと……』
そうこうしているうちに問題のシーン、村重の心音が消える数秒前がやってくる。
「ほら、ここで心音が一つ不自然に大きく早くなる。まるで1人だけフルマラソンでも走った後みたいだろ?」
「すみません、私共には……」
「んで、ここで吉野がカウンターを出てるな。吉野のへたった革靴を引き摺るような独特な足音が、ワゴンのタイヤが転がる音と一緒に移動してる」
「……」
肇の説明を聞きながら、その場にいる全員が肇とレガリアの会話の背後、ただの環境音にしか聞こえないノイズに耳を澄ませる。
「バクバクいってた心音がどんどんか細くなって、荒かった息が弱くなって、今、完全に鼓動と呼吸が止まった」
目を閉じて耳に集中する肇に注目が集まる。自分達にはさっぱり聞き取れない、しかし肇の言い方には、その全てがハッタリだとは切り捨てられない説得力があった。その状況説明の精密さに、半信半疑だった誓と樹の疑いの眼差しが薄れてゆく。その目に残るのは、異質なものを見る畏敬と、肇の聞く世界への純粋な興味だった。
「吉野の足音が止まる、ノック2回、返事なし。再びノック2回。返事は無い。金属の擦れる音……、多分鍵束。マスターキーを刺して部屋の鍵を開ける。スライドドアの開く音の直後」
『うわあぁぁあぁあっ!』
「遺体と対面した吉野の悲鳴が響くってわけ」
おお……と感嘆の声を上げながら、樹と誓は思わず手を叩いてしまう。
「やめろ!見せもんじゃねえんだぞ!……ったく、この感じ今日一日続くのか?」
「観念しなよ、君の能力に慣れるまではみんなこんなものさ」
照れ隠しでも何でもなく、心底困るという風に表情を歪めるはじめの隣で、なぜかレガリアの方が得意げである。
「会話や音の内容は私どもには聞き取れませんでした。が、完全な嘘や出鱈目であそこまで精密でタイミングにも誤差の無い状況説明は不可能でしょう。貴方の能力は信頼に足ると判断することにしましょう」
「お、おう……そうかよ……」
今度のは完全に照れ隠しである。褒められたり奇人扱いされる事には慣れっこだが、信頼される事には慣れていない。コミュニケーションが苦手な肇らしい。
「貴方の耳を信頼するとなると、村重さんを殺害することができたのは吉野さんが部屋の鍵を開ける前に彼の部屋を訪れた人間、ということになりますね」
「まあそれなら全員そこの野次馬の中に居るが……」
チラリ、と肇が「KEEP OUT」と書かれた黄色いテープの向こう側を横目で見る。その先には、店の中にいたらしい人間たちがゾロゾロと何があったのかと確認をしに集まってきている。
「そっちはまたレガリアに再生させるより防犯カメラでも見た方が早いだろう」
肇の視線の先を見て、周囲の3人は納得したように複雑な表情を浮かべる。確かにこの人数に肇の能力を納得させた上で容疑者として事情聴取をするのはかなり難しいだろう。
「吉野さん、お願い出来ますか?」
「はい!オーナーに掛け合ってきます」
樹に言われ、ボロボロの革靴を引き摺りながら小走りで吉野が去って行く。
「1人で行かせて良かったのか?容疑者だろ」
「さっきのリプレイを見て、逃げられると思うような一般人ならまず大丈夫ですよ」
「ほう、大丈夫ってのは?犯人の可能性はないってことかい?」
「いいえ、その程度の人間なら私共に捕まえられない相手ではないので」
「自信家だな。あいつの部下らしい」
そう言う肇の脳裏を、得意げな表情を浮かべる櫂の顔が横切って行く。その顔がよっぽど忌々しかったらしく、シッシッと手を振りながら眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締める。
「一応他の容疑者たちが逃げないように気にはしときなよ」
「言われなくてもやってるさ。お前が来てからずっと回しっぱなしだっつの」
最近こんなのばかりだな、と肇は大きなため息と共に悪態を吐く。
「報酬はお前んとこの探偵にツケとくからな」
「今回僕らは関係ないだろう、ちゃんと魔捜に貰ってくれ」
「ええ、成果に対する報酬はきちんとお支払いしますよ」
当たり前のようにそう言う樹をチラリと見やって、肇が続ける。
「払う気のあるやつに支払わせても気が済まないんだよ。お前はもうちょっと、毎度毎度僕を巻き込んでるって自覚を持つべきだ」
「今回首を突っ込んできたのは君の方だ。僕はただ事件の匂いに釣られて君に会いにきただけだからね」
「だからそれを巻き込んでるって言うんだろ!」
話の通じない相手との会話は堂々巡りになって無駄に疲れる。これ以上は何も言わせまいと目線で制する肇に対し、レガリアは意地悪そうに歯を見せてニヤニヤと笑う。そんな無言の攻防の最中、肇の耳がぴくりと動く。同時に、入口の方から吉野の声。
「お待たせしました、オーナーの許可が降りましたので皆様事務所へどうぞ」
小走りの足音を立てながら、吉野は軽く息を弾ませて帰ってくる。
「ありがとうございます、では早速。私共警察と、……協力者という体でそちらの2人も同室していただきます」
「ご厚意痛み入るよ」
「こちらが言わなくてもついて来るつもりだったでしょう」
「ほう、初めて会ったとは思えない程僕のことを
「身内からよく貴方のことは聞かされていますので」
樹が思い浮かべているのはどちらの顔だろうか。「身内」と話す彼の顔は、それまでの生真面目そうな彼の態度からは信じられないほどに、優しく慈しみに満ちた表情だった。