貴族とティータイム
◇とある貴族のお気に入り高級茶葉が消えた。一体どこに…?
{◎「探偵」が付けられるお話が書きたかっただけです。意味はありません。健康茶を蒸らす時とかに読んで下さい…}
◇所要時間14min(蒸らし過ぎだよ…)
◇ジャンル…ぷちミステリー
◇怪盗&お嬢さんシリーズ-03
◇『月夜とダイヤモンド』番外編。
○探偵○政略結婚○茶葉○茶筒○レース編み○画家○浮気女
◆◆◆
ある時代、
ここから遠くの土地の…、
とある国の…、
とある町でのことです。
そこは、貧富の差がある町でした…。
どこでもそうですが…貧富の差がある町には、貧しくてその日食べる物にも困る者たちと、朝からお菓子をつまむ様な余裕のある者たちと、両者がいるものです。
今回はそんな町に住む1人の貴族が、たいそう大事にしていた高級茶葉がそっくり消えてしまったふしぎな話です。
ある晴れた午後の日ことです。
町の有力者で貴族の「プラチナ氏」は、アフタヌーンティーが好きで、こうして天気の良い日は庭に置いてある鉄製のテーブルと椅子に紅茶のセットやらお菓子などを給仕たちに運ばせて、優雅にお茶を愉《たの》しむのが彼の趣味でした。
折角の良い天気なので、プラチナは昼食後に、婚約者である「ダリア嬢」に連絡し、アフタヌーンティーに誘《さそ》いました。丁度、ダリアは侍女と町の洋服店《ドレスサロン》へ出かけようとしてたところでした。
春なので、薄手の絹の新しい靴下を買いたいわ…と楽しみにしていましたが、それは諦《あきら》めてプラチナの招待を受けました。
(※嫌なら断ればいいのに…と思う読者様もいるかと思いますが、この町では女性が自分の意見を自由に言える程まだまだ進歩していない土地柄なんです…)
ダリアはまだ、プラチナにあまり心を開いてなかったので断りたかったのですが、彼はダリアより権限が強い家柄だったので、結局断りたくても出来なかったのです。彼女も有力者の家系だったので、プラチナとの縁談が決まったのですが、ほぼ「政略結婚」でした。
プラチナには以前、別の恋人がいました。その貴婦人との婚約が決まってましたが、彼女の親戚筋で詐欺《さぎ》の疑いが浮上したので、破談になったそうです。プラチナはこれから、この町で重要な人物だったため、身を固める事が急がれました。そこで決まったのがダリアとの婚約でした。
午後、日傘をさしたダリアが、侍女と共にプラチナの屋敷にやって来ました。
2階の来客用の部屋でダリアは少し休むと、1階に降りて腕をめくってキッチンへ行きました。プラチナのメイドがお茶の入れ方を教えてくれるからです。
別に…プラチナが、未来の妻に「美味しい紅茶を淹《い》れられるようになって欲しい」とは一言も求めた事はありません。ダリアは彼の執事《しつじ》から、嫁入り前に美味しい紅茶を淹れられる様に学びなさいと、言われたからです。
(※嫌なら断ればいいのにと思う読者様もいるかと思いますが、この町は女性が自分の意見を…
(以下略)
ダリアは、その反抗心から自分も紅茶を淹れるのは好きだが、その代わりキッチンにある、全てのブリキ茶缶を、女性が好む趣味《しゅみ》の、凝《こ》ったレース編みで包んだカルトナージュの茶筒に変更させました。
ブリキの、あのシンプルで“のっぺらぼう”の様な茶缶が平然と並んでいる事が、ダリアは嫌いでした。
まるで自分に、ほとんど関心がない未来の夫と重なるからです。
キッチンには、買ったままの紙袋に入った茶葉が10袋程ありました。それは先日、プラチナが買ったお気に入りの高級茶葉でした。プラチナは紙袋のままの保管を嫌うので、今日はまず最初に、メイドと一緒に茶筒に移す作業がありました。
(一気に飲むわけじゃないんだから、数種類ずつ買い集めればいいのに…)
ダリアは、心の中でぼやきました。プラチナはその日の気分で飲むお茶を変えたい人なので、色んな種類のお茶を集めたがりました。レース編みのカルトナージュの茶筒に紙袋のお茶を詰めます。プラチナは最初、この少女趣味の茶筒を見て
「レース編みのホコリが入らないか…?」
と、ぼやきましたがダリアの冷たい視線を感じ、以後何も言って来ませんでした。
さて、一通りの準備が出来ると、ダリアはメイドと一緒に庭のテーブルにティータイムを楽しむための一式を運びました。ダリアのお盆には、砂糖壺《さとうつぼ》、ミルクのミニカップ、高級茶葉の缶2種、メイドのお盆には、大きめのティーポット、カップ2個をのせてます。プラチナはダリアが持って来た茶筒2缶を見て言いました。
「今日は気候も良いから爽《さわ》やかな風味のターコイズブルーとパステルピンクのお茶にしよう」(ダリアが色の缶にしたので彼は茶名ではなく缶色で説明するようになった)
ダリアは1度キッチンに戻るとプラチナが指示した茶筒2缶を持って再び庭へ来ました。メイドが既《すで》に茶器を温めてくれてたので、茶葉を入れようと缶を開けました。
ところが…茶葉が入ってません。もう1缶も見ると、そちらも入ってません。
「おいおい、茶葉を詰め忘れてるよ」
「いえ、そんなはずはありません。先程ダリア様と詰めたばかりですよ」メイドは驚《おどろ》いて言いました。
「君も中身が空っぽだと気づかなかったのか?」プラチナはダリアにたずねました。
「だって、茶葉は軽いもの。中を見なくては、入ってるかなんて気づかないわ」ダリアも驚いてました。
プラチナはキッチンへ行ってみました。茶筒を1つずつふたを開けて中身を確認します。ですが先程、ダリアとメイドが詰めたはずの茶葉は、全て消えていたのです。茶筒の中はきれいで、茶葉の粉や欠片《かけら》すら残っていなかったのでした……。
☘☘☘
次の日。
ダリアは早起きしてキッチンでメイドにこっそり用意させた材料でサンドイッチを作りました。
そのサンドイッチと、細かい網《あみ》にギュッと詰めたポプリ小袋をいくつか一緒に籠《かご》に入れると、こっそりお屋敷を抜け出しました。そして“ある場所”へ向かったのです。
ダリアが向かったのは、主にこの町で貧しい者たちが住む地区の小屋のひとつでした。しばらくの間、高い家屋《かおく》の壁《かべ》との間に作られた、石を敷き詰めた狭《せま》くて細い路地を歩いて行き、陽が午後にならなくては入ってこない様な、日当たりの悪い集落まで来ると、ある小屋の前で立ち止まりました。そしていつもの様に、ドアをその小屋の主に教わった決められた回数とリズムでノックしました。
少しして、中から1人の青年が出て来ました。彼は「クレセント」という名の画家でした。彼とは、以前ダリアがピンチの時に助けてくれて、その時に会いました。彼は富裕層の社会で息が詰まりそうな生活をしてるダリアにとって、自分の本音を話す事ができる大切な友人でした。彼はダリアと同じ様な富裕層の人間から依頼された油絵を描いてました。最近は忙しいのか、無精髭《ぶしょうひげ》の顔に優しい眼差しをダリアに向けてました。
「ああ。今日は早かったね。朝とはいえ、あまり早い時間じゃこの辺りの路地は危ないよ。迎えに行ったのに。まあいいや、お入りよ」
ダリアは持って来た籠からサンドイッチ、それからいくつもの「ポプリ小袋」を机に拡げました。クレセントはポプリ小袋を1つ手にすると、苦笑しながら言いました。
「また“盗んで”来たのかい…?同じ手口は使うもんじゃないぜ。少なくとも3回目はバレるって相場は決まってる。君がこんな真似しなくても…」
するとダリアは悪戯《いたずら》っ子のように微笑《ほほえ》みながら言いました。
「あら、いいじゃない。“あの人”はあんなに沢山の茶葉も、財産も、地位も、あるんだもの。少し分けて貰《もら》ったって構わないわよ。ごめんなさいね、メイドたちにも分けちゃって、これしか持って来れなくて」ダリアは残念そうに言いました。
「君と飲むなら、白湯《さゆ》だって旨《うま》くなる」
「あら、嬉《うれ》しいこと言ってくれるのね。ありがとう☆」
以前から持ち込んでた茶器のセットを取り出して、カップを温めるとクレセントとダリアは紅茶を飲みました。それはダリアがプラチナから盗んだ茶葉でした。
「…私があの人のところに嫁《とつ》いだら、もうここにも来れなくなるわ。それまでに全部、茶葉を揃《そろ》えたいの……」ダリアは、ポツリ…と言いました。
「先の事は考えるな……この先の君がどうなるかなんて分からないだろ?…あの“怪盗”がこの先、何かを起こすかもしれないし」クレセントは言いました。
(※この町には富裕層たちばかり狙う、怪盗が出没しているのです…)
☘☘☘
何日か後の、午後の事。
今日は天気が曇《くも》りで、プラチナは屋内でお茶を飲んでいました。彼は今日は、ラベンダー色の茶筒のお茶を飲みました。あの日に茶葉がすっかり無くなってしまったので、先日、改《あらた》めて買い直したのです。このお茶もその1つでした。
給仕が、おかわり用の熱湯を部屋に持って来ました。
プラチナは、言いました。
「君は今、建《た》て混《こ》んでるかい?」
「忙しくはありますが…貴殿《あなた》からのご用事なら優先します」
「じゃあ、少し話し相手になってくれないか。さあ、そこの椅子に座るといい」
「恐縮です」
給仕が座ると彼は話し始めた…。
【先日、キッチンに買い溜《た》めてあった10種類ほどの茶葉がそっくり消えてしまったんだ。
紙袋から茶筒に必ず移し替える様に指示しているし、可燃《かねん》ごみの箱には、開けた茶葉の全種類の空っぽの紙袋があったから、ダリアとメイドが移し替えた後に盗まれたのだろう。ダリアとメイドが1度庭へ行って、ティーセット一式を運んだら、キッチンには誰もいなくなる。泥棒はその時に盗もうとしたのだろう。
ところが、俺が急に茶葉を変更したから、ダリアがキッチンに戻って来てしまった。ダリアは泥棒と、はち合わせになったが、彼女は見逃したのさ。ダリアは自分が庭のテーブルから持ち帰って来た茶葉も泥棒に渡したのだろう。泥棒は最初、庭のテーブルへ持って行かれたターコイズブルーとパステルピンクの茶筒の中身は諦《あきら》めていただろうが、思わぬ形で手に入ったのさ。結局、俺のお気に入りの茶葉は全て盗まれてしまったわけだ。
だが、茶葉のチリも欠片《かけら》も残っていなかった時、ふと閃《ひらめ》いたんだ。
キッチンにある全ての茶筒はレース編みのカルトナージュの装飾《そうしょく》が施《ほどこ》されてる。茶筒の口には、おそらく、あらかじめストッキング網《あみ》の様なものを被《かぶ》せてあったのだろう。もし、わずかに筒の口に網《あみ》の縁《ふち》が見えたとしても、レース編みの一部と思うだけだろう。ダリアとメイドは、網に茶葉を入れてしまったのさ。あとは泥棒が、誰も見てない時にキッチンへ忍び込んで、茶筒に被せたストッキングの口を縛《しば》って、短時間で全ての茶葉を持ち去る事が出来る、と言うわけだ。
ちなみに戸棚《とだな》にしまってあったはずの「三角コーナー用の網」も、あとでメイドに聞いたら、なくなっていたそうだ。泥棒は、あの網も使ったんだな。全く抜け目がない。
ところが、三角コーナーの網はあと数枚しか残ってなかったそうだ。茶葉は何種類か残ってた。しかしこれも泥棒は“ある物”を代用させ、全て持ち去る事を可能にした。三角コーナー網と類似《るいじ》の物…そう、それは「絹の靴下」だ。網目が細かいし、茶葉の欠片も逃さず入れられるからな。しかし絹の靴下の欠点はストッキング同様、破れやすい事だ。新品の絹の靴下を使っただろうが、1度茶葉を入れてしまったら、取り出しても茶葉の茎《くき》で破けてしまい、2度と靴下として履《は》けない。それに片付ける時の事も考えれば、網に入れたままお茶を淹れるだろうね。
先日、俺がダリアを午後のティータイムに誘った日、ダリアは洋服店へ行こうとしていたそうだ。その時メイドが「絹の靴下を買いたがってた。この前、新しい靴下を買ったばかりだったのに…」と言っていた。実は、前にも1度茶葉を盗まれた事があった。その時は2種類だけ盗まれたが、泥棒はこれで味をしめて2回目は、全ての茶葉を盗もうと考えた。1回目に盗んだ際、絹の靴下を犠牲にしたんだ。だけど泥棒の失敗は同じ手を2回使った事だ。ここまで聞けば君も分かるだろう?そう、茶葉を盗んだ犯人はダリアだった、というわけさ】
☘☘☘
それから数日後。
また晴れた日の午後に、プラチナはダリアを午後のティータイムに誘いました。
ダリアが2階の来客用の部屋に行くと、ベッドの上に上質な、美しい、色とりどりの“絹の靴下”が、何組も揃《そろ》えて置いてありました。靴下には、メモが添《そ》えられていました。
【貴女《あなた》に相応《ふさ》しい絹《きぬ》の靴下《くつした》を用意《ようい》しておきました。
良家《りょうけ》の女性《じょせい》が、お茶会《ちゃかい》に裸足《はだし》でいてはいけませんよ。
|未来の夫《プラチナ》より】
それを読んだダリアは、悲しい気持ちになって、しばらくベッドに踞《うずくま》ってしまいました…。
それから、気持ちが落ち着くと、プラチナが用意した絹の靴下を1組選んで、それを履くと、1階のキッチンに降りて行きました。
クレセントが予感した通り、3度目の盗みは、とうとうばれてしまったのでした……。
それからは、プラチナ氏の茶葉が盗まれる事は2度とありませんでした……とさ。
〈終〉
{◎よんでくださりありがとうございます}
***[2024年-修正]
{◎「探偵」が付けられるお話が書きたかっただけです。意味はありません。健康茶を蒸らす時とかに読んで下さい…}
◇所要時間14min(蒸らし過ぎだよ…)
◇ジャンル…ぷちミステリー
◇怪盗&お嬢さんシリーズ-03
◇『月夜とダイヤモンド』番外編。
○探偵○政略結婚○茶葉○茶筒○レース編み○画家○浮気女
◆◆◆
ある時代、
ここから遠くの土地の…、
とある国の…、
とある町でのことです。
そこは、貧富の差がある町でした…。
どこでもそうですが…貧富の差がある町には、貧しくてその日食べる物にも困る者たちと、朝からお菓子をつまむ様な余裕のある者たちと、両者がいるものです。
今回はそんな町に住む1人の貴族が、たいそう大事にしていた高級茶葉がそっくり消えてしまったふしぎな話です。
ある晴れた午後の日ことです。
町の有力者で貴族の「プラチナ氏」は、アフタヌーンティーが好きで、こうして天気の良い日は庭に置いてある鉄製のテーブルと椅子に紅茶のセットやらお菓子などを給仕たちに運ばせて、優雅にお茶を愉《たの》しむのが彼の趣味でした。
折角の良い天気なので、プラチナは昼食後に、婚約者である「ダリア嬢」に連絡し、アフタヌーンティーに誘《さそ》いました。丁度、ダリアは侍女と町の洋服店《ドレスサロン》へ出かけようとしてたところでした。
春なので、薄手の絹の新しい靴下を買いたいわ…と楽しみにしていましたが、それは諦《あきら》めてプラチナの招待を受けました。
(※嫌なら断ればいいのに…と思う読者様もいるかと思いますが、この町では女性が自分の意見を自由に言える程まだまだ進歩していない土地柄なんです…)
ダリアはまだ、プラチナにあまり心を開いてなかったので断りたかったのですが、彼はダリアより権限が強い家柄だったので、結局断りたくても出来なかったのです。彼女も有力者の家系だったので、プラチナとの縁談が決まったのですが、ほぼ「政略結婚」でした。
プラチナには以前、別の恋人がいました。その貴婦人との婚約が決まってましたが、彼女の親戚筋で詐欺《さぎ》の疑いが浮上したので、破談になったそうです。プラチナはこれから、この町で重要な人物だったため、身を固める事が急がれました。そこで決まったのがダリアとの婚約でした。
午後、日傘をさしたダリアが、侍女と共にプラチナの屋敷にやって来ました。
2階の来客用の部屋でダリアは少し休むと、1階に降りて腕をめくってキッチンへ行きました。プラチナのメイドがお茶の入れ方を教えてくれるからです。
別に…プラチナが、未来の妻に「美味しい紅茶を淹《い》れられるようになって欲しい」とは一言も求めた事はありません。ダリアは彼の執事《しつじ》から、嫁入り前に美味しい紅茶を淹れられる様に学びなさいと、言われたからです。
(※嫌なら断ればいいのにと思う読者様もいるかと思いますが、この町は女性が自分の意見を…
(以下略)
ダリアは、その反抗心から自分も紅茶を淹れるのは好きだが、その代わりキッチンにある、全てのブリキ茶缶を、女性が好む趣味《しゅみ》の、凝《こ》ったレース編みで包んだカルトナージュの茶筒に変更させました。
ブリキの、あのシンプルで“のっぺらぼう”の様な茶缶が平然と並んでいる事が、ダリアは嫌いでした。
まるで自分に、ほとんど関心がない未来の夫と重なるからです。
キッチンには、買ったままの紙袋に入った茶葉が10袋程ありました。それは先日、プラチナが買ったお気に入りの高級茶葉でした。プラチナは紙袋のままの保管を嫌うので、今日はまず最初に、メイドと一緒に茶筒に移す作業がありました。
(一気に飲むわけじゃないんだから、数種類ずつ買い集めればいいのに…)
ダリアは、心の中でぼやきました。プラチナはその日の気分で飲むお茶を変えたい人なので、色んな種類のお茶を集めたがりました。レース編みのカルトナージュの茶筒に紙袋のお茶を詰めます。プラチナは最初、この少女趣味の茶筒を見て
「レース編みのホコリが入らないか…?」
と、ぼやきましたがダリアの冷たい視線を感じ、以後何も言って来ませんでした。
さて、一通りの準備が出来ると、ダリアはメイドと一緒に庭のテーブルにティータイムを楽しむための一式を運びました。ダリアのお盆には、砂糖壺《さとうつぼ》、ミルクのミニカップ、高級茶葉の缶2種、メイドのお盆には、大きめのティーポット、カップ2個をのせてます。プラチナはダリアが持って来た茶筒2缶を見て言いました。
「今日は気候も良いから爽《さわ》やかな風味のターコイズブルーとパステルピンクのお茶にしよう」(ダリアが色の缶にしたので彼は茶名ではなく缶色で説明するようになった)
ダリアは1度キッチンに戻るとプラチナが指示した茶筒2缶を持って再び庭へ来ました。メイドが既《すで》に茶器を温めてくれてたので、茶葉を入れようと缶を開けました。
ところが…茶葉が入ってません。もう1缶も見ると、そちらも入ってません。
「おいおい、茶葉を詰め忘れてるよ」
「いえ、そんなはずはありません。先程ダリア様と詰めたばかりですよ」メイドは驚《おどろ》いて言いました。
「君も中身が空っぽだと気づかなかったのか?」プラチナはダリアにたずねました。
「だって、茶葉は軽いもの。中を見なくては、入ってるかなんて気づかないわ」ダリアも驚いてました。
プラチナはキッチンへ行ってみました。茶筒を1つずつふたを開けて中身を確認します。ですが先程、ダリアとメイドが詰めたはずの茶葉は、全て消えていたのです。茶筒の中はきれいで、茶葉の粉や欠片《かけら》すら残っていなかったのでした……。
☘☘☘
次の日。
ダリアは早起きしてキッチンでメイドにこっそり用意させた材料でサンドイッチを作りました。
そのサンドイッチと、細かい網《あみ》にギュッと詰めたポプリ小袋をいくつか一緒に籠《かご》に入れると、こっそりお屋敷を抜け出しました。そして“ある場所”へ向かったのです。
ダリアが向かったのは、主にこの町で貧しい者たちが住む地区の小屋のひとつでした。しばらくの間、高い家屋《かおく》の壁《かべ》との間に作られた、石を敷き詰めた狭《せま》くて細い路地を歩いて行き、陽が午後にならなくては入ってこない様な、日当たりの悪い集落まで来ると、ある小屋の前で立ち止まりました。そしていつもの様に、ドアをその小屋の主に教わった決められた回数とリズムでノックしました。
少しして、中から1人の青年が出て来ました。彼は「クレセント」という名の画家でした。彼とは、以前ダリアがピンチの時に助けてくれて、その時に会いました。彼は富裕層の社会で息が詰まりそうな生活をしてるダリアにとって、自分の本音を話す事ができる大切な友人でした。彼はダリアと同じ様な富裕層の人間から依頼された油絵を描いてました。最近は忙しいのか、無精髭《ぶしょうひげ》の顔に優しい眼差しをダリアに向けてました。
「ああ。今日は早かったね。朝とはいえ、あまり早い時間じゃこの辺りの路地は危ないよ。迎えに行ったのに。まあいいや、お入りよ」
ダリアは持って来た籠からサンドイッチ、それからいくつもの「ポプリ小袋」を机に拡げました。クレセントはポプリ小袋を1つ手にすると、苦笑しながら言いました。
「また“盗んで”来たのかい…?同じ手口は使うもんじゃないぜ。少なくとも3回目はバレるって相場は決まってる。君がこんな真似しなくても…」
するとダリアは悪戯《いたずら》っ子のように微笑《ほほえ》みながら言いました。
「あら、いいじゃない。“あの人”はあんなに沢山の茶葉も、財産も、地位も、あるんだもの。少し分けて貰《もら》ったって構わないわよ。ごめんなさいね、メイドたちにも分けちゃって、これしか持って来れなくて」ダリアは残念そうに言いました。
「君と飲むなら、白湯《さゆ》だって旨《うま》くなる」
「あら、嬉《うれ》しいこと言ってくれるのね。ありがとう☆」
以前から持ち込んでた茶器のセットを取り出して、カップを温めるとクレセントとダリアは紅茶を飲みました。それはダリアがプラチナから盗んだ茶葉でした。
「…私があの人のところに嫁《とつ》いだら、もうここにも来れなくなるわ。それまでに全部、茶葉を揃《そろ》えたいの……」ダリアは、ポツリ…と言いました。
「先の事は考えるな……この先の君がどうなるかなんて分からないだろ?…あの“怪盗”がこの先、何かを起こすかもしれないし」クレセントは言いました。
(※この町には富裕層たちばかり狙う、怪盗が出没しているのです…)
☘☘☘
何日か後の、午後の事。
今日は天気が曇《くも》りで、プラチナは屋内でお茶を飲んでいました。彼は今日は、ラベンダー色の茶筒のお茶を飲みました。あの日に茶葉がすっかり無くなってしまったので、先日、改《あらた》めて買い直したのです。このお茶もその1つでした。
給仕が、おかわり用の熱湯を部屋に持って来ました。
プラチナは、言いました。
「君は今、建《た》て混《こ》んでるかい?」
「忙しくはありますが…貴殿《あなた》からのご用事なら優先します」
「じゃあ、少し話し相手になってくれないか。さあ、そこの椅子に座るといい」
「恐縮です」
給仕が座ると彼は話し始めた…。
【先日、キッチンに買い溜《た》めてあった10種類ほどの茶葉がそっくり消えてしまったんだ。
紙袋から茶筒に必ず移し替える様に指示しているし、可燃《かねん》ごみの箱には、開けた茶葉の全種類の空っぽの紙袋があったから、ダリアとメイドが移し替えた後に盗まれたのだろう。ダリアとメイドが1度庭へ行って、ティーセット一式を運んだら、キッチンには誰もいなくなる。泥棒はその時に盗もうとしたのだろう。
ところが、俺が急に茶葉を変更したから、ダリアがキッチンに戻って来てしまった。ダリアは泥棒と、はち合わせになったが、彼女は見逃したのさ。ダリアは自分が庭のテーブルから持ち帰って来た茶葉も泥棒に渡したのだろう。泥棒は最初、庭のテーブルへ持って行かれたターコイズブルーとパステルピンクの茶筒の中身は諦《あきら》めていただろうが、思わぬ形で手に入ったのさ。結局、俺のお気に入りの茶葉は全て盗まれてしまったわけだ。
だが、茶葉のチリも欠片《かけら》も残っていなかった時、ふと閃《ひらめ》いたんだ。
キッチンにある全ての茶筒はレース編みのカルトナージュの装飾《そうしょく》が施《ほどこ》されてる。茶筒の口には、おそらく、あらかじめストッキング網《あみ》の様なものを被《かぶ》せてあったのだろう。もし、わずかに筒の口に網《あみ》の縁《ふち》が見えたとしても、レース編みの一部と思うだけだろう。ダリアとメイドは、網に茶葉を入れてしまったのさ。あとは泥棒が、誰も見てない時にキッチンへ忍び込んで、茶筒に被せたストッキングの口を縛《しば》って、短時間で全ての茶葉を持ち去る事が出来る、と言うわけだ。
ちなみに戸棚《とだな》にしまってあったはずの「三角コーナー用の網」も、あとでメイドに聞いたら、なくなっていたそうだ。泥棒は、あの網も使ったんだな。全く抜け目がない。
ところが、三角コーナーの網はあと数枚しか残ってなかったそうだ。茶葉は何種類か残ってた。しかしこれも泥棒は“ある物”を代用させ、全て持ち去る事を可能にした。三角コーナー網と類似《るいじ》の物…そう、それは「絹の靴下」だ。網目が細かいし、茶葉の欠片も逃さず入れられるからな。しかし絹の靴下の欠点はストッキング同様、破れやすい事だ。新品の絹の靴下を使っただろうが、1度茶葉を入れてしまったら、取り出しても茶葉の茎《くき》で破けてしまい、2度と靴下として履《は》けない。それに片付ける時の事も考えれば、網に入れたままお茶を淹れるだろうね。
先日、俺がダリアを午後のティータイムに誘った日、ダリアは洋服店へ行こうとしていたそうだ。その時メイドが「絹の靴下を買いたがってた。この前、新しい靴下を買ったばかりだったのに…」と言っていた。実は、前にも1度茶葉を盗まれた事があった。その時は2種類だけ盗まれたが、泥棒はこれで味をしめて2回目は、全ての茶葉を盗もうと考えた。1回目に盗んだ際、絹の靴下を犠牲にしたんだ。だけど泥棒の失敗は同じ手を2回使った事だ。ここまで聞けば君も分かるだろう?そう、茶葉を盗んだ犯人はダリアだった、というわけさ】
☘☘☘
それから数日後。
また晴れた日の午後に、プラチナはダリアを午後のティータイムに誘いました。
ダリアが2階の来客用の部屋に行くと、ベッドの上に上質な、美しい、色とりどりの“絹の靴下”が、何組も揃《そろ》えて置いてありました。靴下には、メモが添《そ》えられていました。
【貴女《あなた》に相応《ふさ》しい絹《きぬ》の靴下《くつした》を用意《ようい》しておきました。
良家《りょうけ》の女性《じょせい》が、お茶会《ちゃかい》に裸足《はだし》でいてはいけませんよ。
|未来の夫《プラチナ》より】
それを読んだダリアは、悲しい気持ちになって、しばらくベッドに踞《うずくま》ってしまいました…。
それから、気持ちが落ち着くと、プラチナが用意した絹の靴下を1組選んで、それを履くと、1階のキッチンに降りて行きました。
クレセントが予感した通り、3度目の盗みは、とうとうばれてしまったのでした……。
それからは、プラチナ氏の茶葉が盗まれる事は2度とありませんでした……とさ。
〈終〉
{◎よんでくださりありがとうございます}
***[2024年-修正]
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