-短編-未完成作品
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
・
列車に揺られている間に。
古新聞を読んでいた筈の幼い少年はいつの間にか眠って、隣の壁――
確かに一見壁の様だが、壁の様に微動だにしない青年にもたれ掛かっていた。
「…ん」
左腕がゆっくりと、隣に座る青年の右腕を抱き込んだ。
しかし隣の青年は眉一つ動かす様子もなく、その右腕はすっかりされるがままである。
青年の腕を抱えたまま穏やかな表情で寝息を立てている。
枕でも抱えているつもりなのだろうか。
いや、枕というにはあまりに硬い。
しかし枕として機能しているその間は、その腕の主は『柔軟な』対応だけは忘れていない。
すり寄った仔犬に、青年は制止する事も無理矢理覚醒させる事はない。
猟犬と呼ばれる機械化歩兵も仔犬がすり寄ったらこう成る訳なのだろうか。
以前アベルが「トレス君は[#da=1#]さんには甘い」とこぼした事が有った。
しかしその場面は目撃される事があまりなく、お互いにあまり自覚が無い様子だった。
その時この猟犬は「俺には感情が無い、卿の認識ミスだ。修正を要求する」と抑揚のない声で返した。
青年は右腕に体温を感じながら、動じる事は一切ない。
「う、ん…」
その身を寄せる幼い子供は、何か心地良さを感じている様子で身体を摺り寄せて。
自らを『機械だ』と言い切る青年に連れられて日常を過ごす事で、段々と取り乱す事も少なくなっていた。
カテリーナは容赦なく見えて、しかし今後の主たる補助人物として見ている様だ。
この少年を彼を中心に任務を組まれ、時間を掛けて徐々に人や体温に慣れる訓練を行っていく。
別の同僚達と任務を組まれる様になっていき、時間を追う毎にあまり取り乱さない様になっている。
中でもこの青年と過ごす事が一番その身の安全を感じている様だった。
研究所の実験体として連日研究漬けだった事が作用しているのか、すっかり寝入ってしまっていて。
端正な顔立ちのこの青年――
トレスは、隣で眠る少年、[#da=1#]とは同僚だ。
共に教皇庁国務聖省特務分室で務める神父である。
だが、列車に乗っている2人は今回僧衣を纏っておらず、平服である。
幼い弟とその兄である様に、見える。
喉元で何かを言っている様に聞こえるが、その言葉はトレスの聴力をもってしても聞き取れなかった。
かといって起こして聞く事もしない。
同僚の間では不思議とこの2人の距離感を羨ましがる者もいる。
特に長身で、美しいその銀髪を、不器用なのか雑に纏め挙げた神父がそうだ。
彼はなかなか距離を縮めてくれない幼い神父に心いっぱいの愛を注ぎ込んでいる様子が窺える。
しかし、その愛情に一番心を悩ませているのが、[#da=1#]である。
怖くて取り乱してしまう。
体温が上がってしまい、苦しむ瞬間がある。
親切を煙たがっている訳ではなく、心の安定の為に妙に距離を置いてしまうのだろう。
体温を感じる事が苦手な少年は、トレスといる事で安心しているのだろうか。
その身を寄せて眠っているのを見るとあまり抵抗を感じる様子も無い様だ。
いや、もしこの猟犬の心を溶かしていたそのきっかけになったのがこの少年だったとしたら?
トレスはその事柄に対しては何も答えないだろう。
トレスの心に宿った『人』としての心とは?
どちらにとっても必要な存在だったのかも知れない。
トレスの右腕を引き寄せる様に段々と小さく丸まっていく[#da=1#]。
顔を埋め込む様に強く抱き込んでいく。
何か怖い場面に出くわしたのだろうか。
僅かに震え、仔犬の様にくんくんと鳴いている。
勿論トレスがこれ程の力でバランスを崩す筈もない。
それまで置物の様に眉一つ動かさなかったトレスが、右腕を捕らえて離さない幼子の方へ首を向ける。
一度強く抱き込んだその腕は、徐々にその力を弱めて行った。
やがて脱力し、その腕にそのまま寄り掛かって。
「んん…」
重たい瞼をゆっくりと上げて。
機械音が聞こえる。
音のする方へ頭を上げて――
「すみません…っ」
慌てて離れる少年に「否定」と声を上げる。
「卿は4日と9時間、研究所で実験体として務めていた。睡眠時間があまり無かったと聞いている。睡眠時間の累計は記されていなかった」
抑揚のない声が淡々と告げる。
「しかし――」
「睡眠を取る事を推奨した。しかし卿は忠告を聞かずに2,042秒前まで新聞を読んでいた」
「…あ、はい」
実験体となってただ白く無機質な何もない部屋の天井を眺めていたのだ。
やりたい事は沢山あって、移動時間ですら勿体なくて。
そう思うと、眠っている場合ではなかったのに。
「ごめんなさい…」
「問う。何故謝罪する必要がある」
硝子玉の様な美しい瞳が、隣に座る幼い少年――[#da=1#]を映し出して。
僅かな機械音が聞こえてくる。
「俺が必要とする最優先事項は、睡眠を取る事だと言った筈だ」
確かにそうだ。
言う事を聞かなかったのは、自分だから…
幼い少年と、少年よりも体格はあるがこちらも小柄な顔立ちの青年が列車でどこへ行くというのだろうか。
・