-短編-未完成作品
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・
右手の小指に体温を感じている。
小さな吐息が近くで聞こえていた。
「…んっ」
丸まっていた幼い少年が、いや、しかし10歳程で成長を止めているその外見とは裏腹に彼は15歳という、立派な青年だ。
身体を伸ばし「んん…っ」と喉元で声を漏らすと、隣の大漢は無意識に喉を鳴らした。
瞳を閉じ、そのまま眠った振りをして。
幼い少年の手が自分の身体を揺らすのを待っている。
彼と眠る時は、いつもそうしている。
目が開いたのが分かる。
窓の方に頭が向いて、朝が来ている事を確認しているのが、閉じた瞼の向こうでも分かる。
その身を揺らす指先が、何故か愛おしく感じる。
「…ん…ふあああ」
何度か身体を揺らされると、大袈裟に欠伸をする。
「――だーっ…おう[#da=1#]、起きたか?」
今起きたかの様な振る舞いで、身体をガバッと起こして、再度欠伸をして見せる。
『秘密の特訓』と称して、体温が苦手な[#da=1#]と会うと必ず行っている、行事の様なもの。
この大漢、僧衣を纏っていないとおよそ神父とは思えない風貌だが、幼いその少年の同僚だ。
寝る前に一度抱き締める。
最初の頃は、手首をその手に取って眠っていた。
しかし今は『夜はどこかに触れて眠る事』としている。
最近はレオンの小指を握って、眠る事が多い。
朝は、[#da=1#]が起きたら起こす。
起きたら、もう一度抱き締めて、その日の『体温に慣れる特訓』は終了する。
勿論、誰にも言わないまま。
レオンが’別荘’から出て来て、任務を完了させて再び’別荘’へ戻る迄この特訓は続く。
ベッドにその身を横たえたまま大漢を見上げる幼い神父へと、その身を向ける。
「よし、じゃ」
そう言うと、覆い被さる様にゆっくりと[#da=1#]へ身体を寄せる。
肩を寄せ、少し不安げな表情を浮かべる幼い神父は、覆い被さってくる影から逃れる様に瞳を閉じる。
これだけの身長差があるのだから、当然目の前一面に大漢が広がるのが怖いのだろう。
いや、それだけではないのは分かっている。
抱き締めるその身体は細く小さい。
あまり力を入れると、体重を掛けると潰れてしまいそうな、折れてしまいそうな。
首元に顔を寄せると、小さな身体が緊張して軽くのけぞった。
「え、」と違和感の声が上がったのはその時。
上半身を起こし声の主を見下ろす。
「どうした?」
しかし声を上げた[#da=1#]は、重なって見えない腹部が気になっている様だった。
「あ、の…」
見えないその先を確認しようと目を凝らしている幼い神父に、何か思い至ったかの様にレオンは「ああっ」と声を上げた。
「すまんすまん」
堪え切れない様子で喉元でくつくつと笑いながら。
答えを求めてレオンの顔を見上げるその表情が堪らない。
「『朝立ち』だ」
顔を寄せて、少年の様ないたずらっぽいその笑顔で。
「…あ、さ」
言い掛けて。
気が付いた様子で慌てて両手で口元を覆うその仕草がたまらない。
「大丈夫だって、お前さんみたいなガキは未だ経験がないかも知れねえが、男なら誰でも起こる事だからな」
男性として扱う様に心掛けているが、[#da=1#]にとって『朝立ち』は未経験だ。
起こりうる事など、恐らく今後もないだろう。
そう言えばさっき身体を伸ばしていた時に甘く鳴った、喉元の声も。
首元にその顔を寄せた時に香った、心をくすぐる様な甘美な香りも。
抱きしめる時に身を縮めて、緊張で腰が少し持ち上がってしまうその動きも。
ぴたりと身体が重なった時に感じるこの体温も。
興奮材料の一つでしかない。
本人は気が付いていないと思うがいつかこの事は、伝えてやらないといけない。
誰か、心無い男に押し倒されない事を祈っている。
無理矢理誰かに心を暴かれる事が無い事を、祈っている。
男は本能的に、女のそういった無防備な姿を見逃さない。
理性を保つ事に難儀する。
長く抱きしめていると、もう止まる事が出来ないだろう。
意識をする程に、レオンは危機感が拭えない。
俺だって、いつまで平静でいられるか分からねえからな…――
「まあ、お前もその内経験するわ」
笑いながら、もう一度身体を引き寄せて抱き締める。
赤面したままの[#da=1#]をベッドへ残し「さーて…じゃ、シャワー浴びてくるか」と、扉をくぐった。
あのままあの場に居たら、抱き締めるだけでは済まなくなるかも知れない。
彼女の、いや彼の心を大切にしてやりたいと思いながら、しかし本能がその気持ちを逆撫でして来る。
レオンは平静を保ちながら、足早にシャワールームへと入っていった。
その様子を見届けてから。
ベッドに残された[#da=1#]は、ゆっくりとその身を起こした。
着替える気にもなれず、イスへと移動したまま前のテーブルへと、くたりと身体を寝かせる。
髪がさらりと落ちる。
ひんやりとしたテーブルの感覚が体温を容赦なく奪っていく。
テーブルに合わせた身体が心地良い。
少し離れた所で、シャワーの音が聞こえる。
静かな世界。
シャワーの音か耳に優しく届いていた。
外へ繋がるその窓の向こうへと目をやると、視界がすこしぼんやりとしている。
眠たいからだろうと、あまり深く考えなかった。
まだ頭が働いていない様だ。
眠る瞬間が怖くない。
気のせいだろうか。
ただ、以前よりも瞳を閉じる事に恐怖を感じない。
体温に少し慣れて来たのだろうか。
そうだとすると、特訓の成果も出ている事となる。
しかし。
本当にこうやって身体の一部に触れながら眠るだけで、体温への恐怖を克服する事ができるのだろうか。
だが実際効果は出ている――気はしている。
「うあ…」
突然。
視界がぐらついた。
強くその瞳を閉じると、暗闇の中でもぐにゃりと円を描くように世界が曲がっていく。
目を開ける事が出来ない。
今目を開けると、視界に入るものが全てグラついてしまうだろう。
「…ん」
意識が遠くなっていく。
その手が何かを求めて僅かに動いて。
そのまま。
[#da=1#]は意識を手放してしまった。
・
煙草に火を点けて、椅子へと座る。
すぐこれだ。
あまりに無防備な様子で眠っているその姿に、ため息さえ出る。
俺以外の時にも眠っているんだろうか。
こんな無防備な様子で寝られたらこちらとしてはたまらない。
誰かの目に留まって、誰かに乱暴されてみろ。
俺がどうにかなる。
ため息一つ。
一息煙草を吸い上げてから、傍の灰皿へと煙草を押し付ける。
「シャワーに行ってる間にせめて着替えといてくれたら良かったんだがな…」
立ち上がってソファに掛けた上着を手に戻ってくる。
肩から掛けてやってから、レオンは僧衣へと腕を通す。
上着はもうこのまま貸しておいてやるしかない。
朝食は下で取るか、コーヒーでも飲むか。
提出用のレポートを書くだけだ。
大体は彼が、目の前で眠っているこの幼い少年がやってくれる。
経費なども昨日の内に出してくれているから、ある程度のんびりできる。
だがレオンには別の用事に時間を割く事が必要だ。
ある程度しか、時間を割けない事は事実。
まあここでくすぶっているのもどうかと思うので、そのまま下へ降りる事にした。
下に居る事をメモに書いて、灰皿の下へ置いた。
もし自分の方が早く戻ったらメモは捨ててもいい。
鍵を掛け、階段を降りる。
少し廊下を渡ると、ガラス張りのフロントが見える。
「いらっしゃいませ」
すぐにウェイターがやってきて「こちらへどうぞ」と席へと案内する。
案内された先は植木に囲まれ、鳥のさえずりも近いテラス。
煙草の匂いでテラスへと案内されたのだろうか。
別にテラス席が嫌いという訳ではないが、席に着くなり直ぐにコーヒーを注文する。
大体の客がこの時間帯にはモーニングを頼むものだから、ウェイターも一瞬目を見開いた。
言葉に出る事は無かったが「かしこまりました」と、平静を装ってそのまま下がった。
置かれていった灰皿を見て、反射的に煙草を出して火を点ける。
「っと…やべ」
上着を置いてきたという事は。
財布が無い。
しまった。
もう注文してしまった。
座席にもついてしまっている。
煙草にも火を点けてしまった。
頼んだのがコーヒーだけで良かったとは思う。
のんきにモーニングを食べてから気が付かなかっただけマシといえるのだろうか。
どうすべきか。
まあもう注文してしまったのだから、暫くはどうしようもない。
動きようがない今の段階では何もするべきではない。
「お待たせしました」
ウェイターがコーヒーを持ってくる。
今なら。
いやしかし。
気持ち良さそうに眠っていた[#da=1#]を起こしてしまうのも忍びない。
寝かしておいてやろう。
最悪事情を説明して、後でウェイターと一緒に客室へ上がればいい。
もしくはチェックアウトの際にでもできる事。
ホテルでの滞在はそういう利点がある。
優雅に煙草を吸っている場合ではないのは分かっているが、今は最早焦る気にもならない。
耳のいいレオンにとって、小鳥の囀りでさえそれ程小さな音色には聞こえない。
「ガルシア神父」
「あ?あ、お前…起きたのか」
何となくだが、少し慌てて来た様な印象だった。
座席に着くと「すみませんあの、」と何かを言い掛ける。
「いいから座れ、今この瞬間お前は救いの神だ」
慌てた様子で来たのが分かるのは、前を首元迄きちんと止めていなかったから。
手に持っていたのがレオンの僧衣だったからその辺の指摘は兎に角、あとだ。
首元から見える白い肌が、太陽に悪い様な気がしてならない。
「これを…」
「おう」
差し出されて僧衣を受け取ると、レオンは自分の座っていた座席の所へと掛ける。
「そんなに急がなくても、良かったんだけどな」
煙草を咥え、眩しげに笑う。
思わず横顔を目で追い掛けてしまった。
こちらを向いたレオンと目が合うと、そのまま気まずそうに視線を下げてしまった。
つい相手を見詰めてしまう癖は、時々’教授’に笑われていた。
バカにした笑いではなかったが’教授’は「私の顔に穴が開くよ」と、視線が向いている事を指摘するのだ。
人を見詰め過ぎる事がある為か、一時視力が悪いのかと随分心配された過去があるがそうではない。
癖の様なものだ。
「首元位留めて良かったんだぜ」
ふわりと吹いた風が、その風に乗せて[#da=1#]の香りを運んできた。
鼻に届いた香りがたまらなく甘く、またたびの様な。
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