-短編-未完成作品
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レオンの方が先に現地入りしていた、比較的暖かいビーチ添いのホテル。
「悪いがお前さん、今回は女装で臨んでもらう」
任務地へ着いて突然。
レオンがそう言って、ソファへと腰を下ろす。
そんな事を言われても。
急遽要請があったと言われ召喚され説明も無いまま現地入りして。
女装を、というなら最初からシスターを追加召喚してくれれば良かったのに。
困ったな…――
事前に聞いていなかった事もあり、そういったものは一式持って来なかった。
「下の売り場に行くから、ついて来い」
詳細を語る事も無く、少し急いでいる様子のレオンに連れられて[#da=1#]は部屋を出た。
廊下を少し行って、階段を降りる。
賑やかなフロントを横切って、華やかな水着を着た女性達や、男性たちとそれぞれすれ違った。
普段なら女性とあらばすぐに声を掛け様とするレオンだが、今日はそのような様子を見せない。
それどころか、少し硬い表情をしている。
連れられて歩きながら「女装で臨んでもらう」と言ったレオンの言葉を思い出して、歩くのが不安になってきた。
潮の香りが近く、周囲が華やいできた。
レオンの足は少しずつ速くなっていく。
任務なのだ。
これは。
しかし一抹の不安を拭えぬまま、段々と足早になっていくレオンの後を、衣服の袖を掴まれたまま懸命に追い掛けていく。
「あっ」
しかしそれは。
無茶というもの。
足元をあまり見ずに慌てて追い掛けていたためか、段差の様なものに躓いた。
「っと…おい、大丈夫か」
しかしレオンが受け止め、地面に身体を打ちつける事は無かった。
大人の歩幅に合わせようとする事は、子供には難しいのだ。
前髪で器用にその瞳を隠した少年は、一見すると10歳程度の少年だ。
しかし外見とは裏腹に、実際の年齢は14歳で立派な青年だった。
教皇庁国務聖省特務分室通称Axの派遣執行官[#da=1#]・[#da=2#]神父、コードネーム’リジェネーター’である。
今回は支給の僧衣を羽織らずに、一般人として現地へ入る様に言われて来た為、お互いに軽装だ。
僧衣を羽織らなければ、およそ神父とは程遠い外見のレオンは一般人として溶け込みやすい。
この幼い少年は、いや青年は静かに頷いて「大丈夫です」と、短く答えた。
今回の任務を『女装』で行うには理由があった。
ビーチへ来る事を取引の最低条件とした。
しかし、ビーチで行くという事は。
武器は携帯できない。
まあ丸腰だったとしてもレオンには左程問題は無いと思うが、念の為だ。
シスターに頼んだ方が良いかとも思ったが、彼女達シスターにはこの任務は重過ぎる。
何故なら。
「すまねえな、早く仕込みを終える必要がある」
説明も無く急遽召喚するとか、僧衣を着ずに来いとか、説明も無く『女装』を押し付ける理由も。
時間を掛けて説明してやりたい。
しかしそう簡単には、いかない。
時間も要る。
「大丈夫です…」
言ってくれると思った。
レオンはそう、確信していた。
「悪いな…目的地はもうそこだ。一緒に頼むわ」
今度は、ゆっくりとその手を――いや、その衣服の袖をつまむ様に持って。
潮の香りが段々と近くなっていく。
華やかな水着がずらりと並んでいる。
サーフボードなど久し振りに見た。
筋肉粒々の男性のマネキンが勇ましそうにサーフボードを抱えて歩き出さんとしている。
隣には大きな麦わら帽子を被って、派手なビキニを着こなした女性のマネキン。
シャツやサンダルなど、ビーチ仕様のものが多い。
派手な露出をした女性のグループとすれ違った。
しかし。
今回のレオンには声を掛ける余裕が無かった。
「幾つか選んでやるから、好きなの選んでくれ」
「はい」
入口近くに並んでいるシャツの辺りで一度別れてからは、商品を幾つか選んでいる様な顔をして左右を見渡していたが目にも入らない位ぼんやりとしていた。
賑やかな音楽がバックで流れている。
持ち運びに便利そうな鞄。
歩きにくそうでビーチで身体のラインを綺麗に見せようとするのを目的とした様なヒール。
サングラスも、実用性のなさそうなフレームのものがずらりと並んでいて。
ビーチを楽しみに来た人々には、見ているだけで楽しそうなコーナーもあった。
そして日焼け止め。
紫外線は皮膚の天敵だ。
「あの、お客様」
何にも手を出していないし、時間を見ながら店員に声を掛けられない様に移動をしていたと思ったが思い違いだったか。
声を掛けられたその店員へをゆっくり振り向く。
「あの、ガルシア様から試着をお願いされました。店員のミリーです。お連れの方で間違いありませんね?」
「あ、はい」
店員に促されて奥へ入る。
店員に声を掛けられない様にと思ったが、この場合は声を掛けられる必要があったのだ。
申し訳なさを感じ、心の中でそっと頭を下げた。
店員と一緒に試着室へ入ると5着の水着が並んでいた。
「え」
こんなに…?
「早速ですが、まずこの中でお好みを窺ってもいいですか?」
店員は5着の水着を[#da=1#]が見える様に綺麗に並べる。
先ずは露出度をチェックする事にした。
大腿骨迄クッキリと上がり切っているもの。
一方お尻がほぼ隠れていないもの。
背中は隠れているもののお腹が大きく開いているもの。
下部分が紐で取れるデザインのもの。
お尻はすっぽり隠れるが、上がバックリ開いているものがあった。
さてどうしたものか。
選びあぐねていると、店員のミリーが「うふふ、彼氏さんお好みのものばかりって感じですね」と笑った。
「いや、は…はあ」
ここで否定しては、店員に怪しまれる。
「お客様、ちょっと露出控えたいなっていう顔されてますよ!」
勿論出さなくて良ければ出したくはない。
しかし任務だ。
「彼氏さん、これでも随分露出の無いものを探しておられたんですよ」
ミリーがこっそり耳打ちする。
声も出ない。
驚いた表情を向けるとミリーはまだニコニコと笑っている。
「『見たいけど見たくない、見せたいけど見せたくない』なんて、彼氏さん優しいですね?」
さてどう返答したものか。
困った表情で笑いながら、改めて水着を見る。
しかしこの5着のどこが露出度が低いのだ。
まあ、先程店内にいたマネキンのビキニよりは随分露出が少ないが。
「前の露出は少ないけれど、これが一番彼氏さんには喜ばれると思いますよ」
といって差し出してきたのは後ろがバックリと開いているもの。
いやこんなの…――
まあお尻がすっぽり隠れてくれるからまだいいか。
いやしかし背中はほぼ全部見えてるけど。
これで露出が少ないときたか。
つまりどこかを守れたら露出が少ないと言えるという事なんだろうか。
平均的なところがいまいち分からない。
「後ろはバックリ開いてますけど、前とお尻が隠れちゃうから」
店員のミリーが手に取ったその水着は一番露出が少ないというのだから、これが一番いいのだろう。
「念の為一度試着しましょう!」
この店員さん上手なんだな、と瞬間的に感じた。
「え、でも」
「いいじゃないですか、ほら!」
ここで渋ってはいけないだろう。
着替えたくはないのだが、ここは流されておくべきだと言い聞かせる。
困った様に笑いながら、店員のミリーに促される様に脱いでいく。
上を脱ぎ切ってから、促されて下を脱ぐ。
試着の段階だから下着は脱がなくてもいいと言われ胸を撫で下ろした。
「首の所で結んで、水着の高さは調整して下さいね」
「は、はい」
教えられた通り、首元で水着を固定して。
「彼氏さんのチョイス最高じゃないですか!これでいきましょ」
ミリーはすっかりレオンの事を彼氏だと思い込んでいる様だ。
しかしそういう訳ではない。
彼は同僚だし、何より男性として扱ってくれている。
レオンなりに、なるべく露出を考慮してくれているんだろうが。
一つずつが際どい物が多く、非常に困った。
鏡に向けられて「ほらほら!」と、自分の事の様に喜ぶ店員に勧められてこの水着を試着したが、他人に見られるのは何と言うか、恥ずかしさの方が勝る。
肩もしっかり出ていてこれは慣れる迄自分でもどうしたらいいか分からない。
どう反応すべきか。
すると「あ、お客様!」と突然カーテンを開けて、店員がレオンを呼びに行った。
「え、ちょっ…」
恥ずかしさで反応が遅れたが。
慌ててミリーをその手が追い掛ける。
しかしその手は空を切り、ミリーを取り逃す。
もう見送るしかなかった。
ミリーに呼び止められて振り返るレオン。
僅かに息を止め、肩が上がる。
目が合った瞬間僅かに身構えてしまった。
しかしレオンは「おう、悪くねえな」と、満足そうに笑う。
恥ずかしさのあまり。
目を逸らしてしまう。
店員に「彼女さん、可愛いです!」と言われて「だろー!」と笑うレオンの声。
恥ずかしさに顔がどんどん紅潮していく。
パステルカラーのマーブル模様が柔らかく広がっている水着だ。
「こちらをお買い上げでよろしいですか?」
と言われ、レオンは「おう、これも一緒にな」と、パレオを手渡す。
「え、あ…まさか彼女さんがあのカラー選ぶって見抜いてました?」
肩を突かれて「当たり前だろ」と、笑うレオン。
「じゃ、こちらもですね!では会計です!」
ミリーは戻ってきて「水着は箱に詰めるんで、一回脱いで下さいね!」とウィンク。
「あ…ええ」
試着室のカーテンを閉められて、慌てて水着を脱ぐ。
先程脱がされた衣服を着て、カーテンを開けるとミリーが紙袋を持って立っていた。
「あ、水着ここへ入れますね!一緒にお持ち下さい」
手際よく畳み直して紙袋へ入れ、こちらへと渡してきた。
「お買い上げ有難うございました!」
「おう、有難うよ、お嬢さん」
受け取ったのはレオンだった。
反対の手は[#da=1#]の肩へ置いて。
「じゃ、行こうか」
「あ…」
返事をする間もなく。
[#da=1#]は引き寄せられて歩き出した。
「お買い上げ有難うございました!」
店外まで追いかけて改めて声を掛けて来るミリーに、レオンはにこやかに手を振っている。
肩に手を置かれたままレオンの横を歩いていると、段々とその体温を意識し始める。
「耐えろ、もうちょっと先まで」
低い声が降ってくる。
両肩を寄せて。
身体が少し震えている。
意識をするなと、思いながら。
不安が襲ってくる。
体温を感じる事が、[#da=1#]にとって最大の恐怖なのだ。
一度頷く。
角を曲がった先で、レオンは言葉通り肩からその手を離す。
「大丈夫か?」
「…っ、はい」
呼吸が乱れている。
「よく頑張ったな」
口元を抑えながら、少し震える様な呼吸。
体温を苦手で、人との接触や触れ合いには十分に注意を払っている。
レオンが’別荘’から出てきた時は必ず、周囲には黙って秘密の特訓を続けている。
褐色の肌を持つ大漢は、その特訓について誰にも話すなと言った。
何故か聞いた時に「お前さんが男女関係なく狙われてるからだよ」と言われた。
どこにそんな思考が。
いや、しかし反論の余地は無かった。
「無自覚なんだよ、馬鹿野郎」
その表情は妙に真剣で。
何故か叱られた。
なら、逆にその『体温』を克服する必要などあるのだろうか。
このままでも、いいのではとさえ思ってしまう。
しかし。
「そうではない」とレオンは言い切った。
言葉の真意は、分からなかった。
「記録更新だな」
大漢がそう言った時、思わずレオンを見てしまった。
レオンの笑顔は、何故か少年の様な。
この瞳は、何故かとても好きだった。
普段からだらしなく着こなしていたそのシャツの端を、思わず掴んでいた。
彼女は…いや、彼は気付いているのだろうか。
レオンはそれを指摘しなかった。
レオンだけではない。
同僚のアベルもトレスも、そして’教授’も。
彼らは誰も、これについて指摘する事が無い。
誰もが恐らく、気が付いている事柄だが。
「急な呼び出しですまなかったな。戻ったら詳細を話すから、取り合えず荷物を置いたら飯に行こうぜ」
紙袋を一度持ち上げてから、最初の合流地点の客室へと足を向けた。
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