-短編-未完成作品
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石の柵へ身体を寄り掛からせて。
肘をついてじっと下を見下ろしていた。
世界は暗転していく。
もう随分長い時間ここで、こうして座っている。
段々と気温も下がってきた。
あまり暖かいと、居心地が悪い。
これ位が、心地よい。
意識を手放しそうになって。
「そこでは、眠らないでくれ給えよ?」
言われてその目をこすり、ゆっくりと立ち上がった。
幼い顔立ちを前髪で器用に隠した神父は声の主へと足を向ける。
小さく掠れた声だったが、返事はなぜかその耳へはっきり届いた。
杖を手にした男性に寄っていく。
傍へ辿り着いて男性を見上げると、男性は少年に笑い掛けた。
「冷えていないかい?」
「…はい、ワーズワース神父」
近くに寄ると、扉へと向き直る。
’教授’の傍で並んで歩き出すと、風に乗って僧衣から甘い香りが漂ってくる。
扉をくぐると幼い神父は、’教授’が『お気に入りの場所』と言う場所へと進んで行った。
出窓の端へと静かに座った幼い神父は前髪で器用に隠れたその瞳で、先程迄そこにあった世界をガラスを隔てられた先に座った。
小さく丸まったその向こうで、窓が風でコトコトと音を立てている。
先程迄外に居たのに、部屋へ戻ってからも外へ思いを馳せているなんて。
そこまで外の世界に恋焦がれる事などあるものだろうか。
一度背を向けたが、彼の表情など手に取るように分かる。
紅茶を入れてやるが、今日は楽しい話にはならないだろう。
「[#da=1#]君――
君…最近よく眠っているね?」
幼い顔立ちの神父の表情を確認する事は無い。
声が上がる事も、息を呑む事も確認しない。
顔など、見ずとも分かる。
その瞳を覗き込みたい気持ちはあるが、その表情は手に取る様に分かっている。
答えに詰まって、曇った表情が瞼の裏に浮かんでいる。
動かぬ口。
出ぬ声。
光を映さぬ瞳。
震える呼吸。
しかし何と説明したらいいのか、幼い神父には難しい。
上手く説明できるのだろうか。
言葉足らずにならないだろうか。
動揺しているのはきっと見抜かれているだろう。
とはいえ、何をどう言えばいいのか分からない。
何から説明をしたらいいのか分からない。
きっとどう説明しても目の前の紳士は理解しようと努力してくれるだろう。
「睡眠不足かい?」
「…いえ」
言葉が続かない。
難しい言葉も、簡単な言葉も。
どう言葉を紡げば良いか、分からない。
俯いてしまった幼い神父の肩に手を置く事も、背中をさする事も、抱き寄せる事もしない。
口元で「ふむ」と’教授’は僅かに声を漏らした。
「能力の事を聞かせてくれるかい」
「…ワーズワース神父」
「ゆっくりで、いいよ」
「自己回復能力の低下、だそうです…
――回復のスピードが落ちてる、みたいで」
「能力の消失は生命の消失を意味するのではと、アーチハイド伯爵が教えて下さいました」
「…そう、か」
そういえば研究が始まった頃、生命を削って相手を治癒する能力を宿していると話していた。
私の記憶だけ、消去される便利な方法があるんだろうか
そう考えても
・・・
「よう、車を一台頼みたいんだが」
「おう、なんだお前か」
「何だいつの間にか小間使い付か?それともお前がSPか?」
扉の向こうのスペース右や左に置かれた飛行機や車を興味深そうに眺めている小柄な神父の事を言っているのだろう。
「馬鹿言え、同僚だ」
「は?冗談よせよ」
「冗談じゃねえよ」と返しつつ窓へ寄る。
開いた窓から「好きなのに座って遊んでて良いぞ[#da=1#]」と声を掛けると、レオンの方へ向いた。
その後こちらを一度、向いた…気がしただけか。
「お前が言うんかよ」
おいおいとため息を付きながら、男はレオンに貸し出せる車の一覧を手渡した。
何か要らない事をしたりしないかと開いた窓にへばりつく男。
車の一覧へ目を向けたまま「別に、壊したりしねえよ。第一ああ見えて14歳だ」と話す。
「…へえ」と興味深そうな瞳を向けたその一瞬を、レオンはすっかり見逃してしまっていた。
・
一番背の高い飛行機の座席に座って日光浴していたらしい。
話を進めている間に中で小さく丸まって眠ってしまっていた。
能力の副作用かは不明だが、最近特にウトウトとしている事が多い様に感じる。
’教授’から聞いてからは気にしていたが、確かに寝落ちている回数は増えている様だ。
梯子から降りる時が一番気を遣ったがこの小柄な神父は起きる様子がない。
逆に心配になるけどな…
ため息をつきつつ、レオンは慎重に幼い神父をソファへ下ろす。
「じゃあタカヤ。悪いけど、調達するモンがあるからこいつ頼むぜ」
「はいよ。俺もとりあえず車見て来るわ」
扉へ向かって、小さな紙を手に歩き出したレオンは後ろの男に向かって言葉を投げかける。
一方で工具箱を手に立ち上がったタカヤと呼ばれた男は、倉庫へと足を進めた。
少し進んでから、男は倉庫横のテーブルへと工具を置いて踵を返す。
先程迄居た所に素早く戻ると、ソファで眠っている[#da=1#]の傍へと腰を下す。
間近で見ても怯える事も警戒する事もなく、静かに寝息を立てる幼い少年。
10歳程の男児にしか見えないがこれでも14歳だと、浅黒の肌を持つ大漢は確かに言った。
近くに顔を寄せ首元の香りを嗅ぐ。
柔らかい首元へ鼻先が当たると、喉奥から僅かに声が漏れた。
漏れた声を聞いて思わず口端が上がる。
前髪で器用に瞳を隠した幼い顔立ちの少年が僅かに身じろぐ。
横を向くとさらりと髪が流れ、頬が近くなる。
指で髪を掬い上げるとぴくりと身体が跳ね「ん…っ」と、小さな声と共に身体が丸まっていく。
丸まった[#da=1#]の動きに従って、タカヤの指からするりと髪が抜けていく。
重力に従って露になったその、少し不健康そうな肌を見るとタカヤの脳裏に一つの疑問が生まれる。
「…こいつ」
いや…幼いにしても――
するりと頬を撫で、そのままゆっくりと輪郭をなぞる様に指を滑らせていく。
顎のラインをゆっくりとなぞり、耳の付け根に辿り着いた途端。
首筋から耳の裏に掛けて、指の腹で触れるか触れないかの柔らかいタッチでそっと撫で上げる。
「んぅっ」
漏れたその声を聞いた瞬間に、タカヤの口端が高く吊り上がる。
「レオンめ…俺を担いだな?」
[#da=1#]の肩へと触れ、少し力を加えてソファへ肩を押し当てると。
いとも簡単にその身体はソファで無防備な姿を晒してしまう。
肩から手を離し僧衣へとその手を伸ばした途端。
深く閉じられたその瞳が開く。
その瞳がタカヤと合うと、無防備だったその瞳が突然鋭くなる。
前髪で隠されていたその瞳は、ソファへ身体を押し当てられた事ではっきりと見えた。
赤く、血の様な。
吸い込まれそうな美しいその瞳は、一瞬目の前の獣から逸らした。
「あ、の――」
見下ろされたその先で。
幼い子供が、怯えた表情を浮かべている。
しかしその瞳は強い光を放っていて。
「あいつなら…、暫く戻らないぜ?」
その身に危険が迫っている事を知りながら。
そんな言葉は聞いていないと言わんばかりの表情で睨む子供に、妙な興奮を覚えた。
タカヤが喉を鳴らす。
乱れるその姿を想像するだけで。
変な感覚だ。
肩を強くソファへ押し付ける。
「い、っ」
痛みを堪え切れない様子で、大男の下で短い悲鳴が聞こえる。
レオンと同じ位の体格の良さであるタカヤにとって、これだけ小さな幼い子供など征服するには簡単だ。
身体を近付けていく。
「おっと」
幼い指が獣のその手を払い退けようと試みる。
こんな抵抗など、興奮材料の一つでしかない。
「お嬢ちゃん…レオンは『その事』知ってるのか?」
「当たり前だろ。相棒だって、言ってるだろうが」
答えたのは[#da=1#]ではなかった。
どかどかと床を鳴らして勢いよく近付いてくるレオンに、獣は3歩ほど下がる。
タカヤと[#da=1#]の間にねじ込む様に身体を割り込ませると。
ソファから上半身を起こした[#da=1#]の壁となり、後ろ手で十字架を引き抜いたその右手を引き留めていた。
しかしその事に触れずレオンは「危ねえ危ねえ…」と、ため息をひとつ。
ホールドアップ、と言わんばかりにタカヤの両手が上がる。
ソファから更に2歩程離れると、悪びれる事なくニヤついた表情でレオンに目を向けている。
しかしレオンは「おい危ねえ所だったな、お前」と口早にそう言った。
幼いその神父の右腕の袖を強く引いて、レオンは制止の言葉を掛ける。
「大丈夫か[#da=1#]、…お前を手に掛けるつもりで押し倒したんじゃねえよ」
「あ?」
「これだよ」と言ってその細い手首を露わにする。
よく見ると、右腕の腕輪から伸びた薄い光が左手に小さな十字架を引いている。
「お前が誰彼構わず手を出す事をすっかり忘れてたわ…ったく」
危なかったぜ、とため息をついた。
0.01㎜にも満たないその絲がタカヤの命を危険に曝そうとしていたらしい事が窺える。
レオンはこちらを見上げる[#da=1#]の方へと向いた。
「いいか[#da=1#]、こいつは『両性愛者』だ」
言われて状況が理解できた様子の[#da=1#]は、レオンの僧衣の端を掴む。
その手は僅かに震えている。
「人間が好きっていうこった…何が悪いんだってぇんだよ」
「悪いがこいつだけは駄目だ。俺の相棒だからな」
大げさにため息をついたタカヤに、レオンは僅かにトーンを下げて忠告する。
「あ?
――へええ…何だよ、俄然やる気が出るぜ」
[#da=1#]を抱き留めたまま「馬鹿野郎。だから今ダメだって言った所だろうが」と続けると、タカヤはニヤリと笑った。
「お前まさか…俺と一緒じゃねえだろうな」
「馬鹿言え!俺は女にしか興味ねえからなっ!こいつは相棒だ!」
幼いその神父がレオンの僧衣を掴んでいる事を、レオン自身は気付いているのだろうか。
タクヤは口の端を吊り上げて「相棒ねえ…」と不敵な笑みを浮かべた。
その笑みの向こうで、[#da=1#]の性の秘密をレオンが気付いているのかと、気の毒にさえ思ってしまう。
しかし。
「当たり前だろ。相棒だって、言ってるだろうが」
レオンは確かにそう言った。
向かいのソファへとどかっと座り、大げさに足を組む。
「あーあ…しっかし何で戻ってきたんだよ、ったく…あーあ。残念だったなー」と含み笑い。
「うるせえぞ。こいつは『特別』なんだから、手出しは赦さねえぞ?」
「ほお…お前さんがそこまで入れこんでるとはな?」
「ちっ…おい、起きたなら明日からの買い出しに付き合え!」
「あ、…はい」
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「ったく…お前もお前だぞ?」
「面目ないです」
「そこじゃねえよ」
「お前最近寝過ぎてないか?」
「…’教授’にも同じ事を言われました」
「気にしてたぞ、何かあるのか?」
「あの…アーチハイド伯爵は能力の副作用みたいなものではと」
アーチハイド伯爵とは研究者で、難病の新薬やDNA配列を解明しその人に合う薬を調合する等で国に貢献している研究の第一人者だ。
[#da=1#]が被験者としてその身を差し出す代わりに報酬を支払っている人物である。
伯爵はモルモットとしての[#da=1#]に、特別な感情を持っている様子だと、’教授’が時々漏らしているのを聞いていた。
養子にならないかと何度も声を掛けている様で、しかしそれは緋の法衣を纏った鳶色の瞳を持った女性によって阻まれている。
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