-短編-未完成作品
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’教授’の部屋にある暖炉の端で、本棚から引き出された数冊の本を傍に置き、丁寧に一文字ずつ読んでいる。
掠れて読めない部分があるな…――
保存状態があまりよくなかったのかと残念に思いながら、何度か瞬きすると。
…あれ?
違和感を感じて周囲を見渡してみる。
別に変わったところは無い。
ところがどういう訳か、視界に違和感を感じてしまって。
「どうかしたのかい?」
後ろから聞こえてきた声に引かれる様に左を見ると’教授’が立っている。
目の前の紳士はこの距離を無理に詰める事は無い。
「あ、の…」
何度か瞬きをしていたが、見上げた形の少年の瞳は茶色く、中心は赫く美しい色を宿している。
ぼんやりと光を帯びている様な感じもするが光の屈折の加減だろうと思ってやりたい。
ただこの瞳の中心が赫い少年は、時折光を帯びているという報告を受けているだけに気にしている。
じっと瞳を合わす事があるが、あまり自分がその行為を行っている事に対し自覚が無い様だった。
「大丈夫かい?」と声を掛けると頷く。
きっと大丈夫ではないのに、ただ少年は「大丈夫」と必ずそう答える。
「君は大丈夫という言葉の意味を知っているかね?」
幼い[#da=1#]はどういう意味かと言わんばかりに美しい翠眼を覗き込んでいる。
「私はね――『大丈夫』かと聞いた相手が『大丈夫』と答えたらそれは、『助けて欲しい』の合図だと思っている」
その言葉は視線を落としてしまうのに十分だっただろう。
ただワーズワースにとって、彼と話をするちょうどいいきっかけだったかの様だ。
「隣に座っても?」
聞かれて少年は掠れた小さな声で「はい」と答える。
その声は実に小さい声ではあったが、しかし耳にはきっちり聞こえてくる。
「君は『大丈夫』と聞かれて、直ぐに『大丈夫』だと返すね?」
少年は俯いてしまったが、手元の新聞には瞳は其方に向いた様子は無かった。
心を見透かされた様な気持ちになっているのだろうか。
「という事は『何もない訳が無い』という事だ、…どうかね?」
問い掛けられてすぐとなると、[#da=1#]は言葉を紡げない。
ただ、何か口元で言葉を紡ごうとしている事は分かる。
ややあって「目に見えないものを、どう伝えればいいのか分からなくて…」と、掠れた小さな声で言った[#da=1#]。
何を思ったかにやりと笑った’教授’は「では、目に見えているものを説明することはできるのかい?」と、少年にそう問い掛けた。
「相手に見て貰う事ができるならそれは一番確実では…?」
首を傾げた少年の仕草は実に可愛らしい。
まるで仔犬の様なその仕草が、愛しくてたまらなく感じてしまう。
普段こういう感情に煩わしさを感じてしまうワーズワースにとって、彼との会話は何故か楽しく感じる。
実際やらなければいけない書類があるのだが、[#da=1#]と会話している方が有意義に感じてしまう。
まあ現実逃避している場合ではない。
これから先の事を考えると気は重いところだ。
「そうだね、では――そう、そのテーブルにティーポットが見えるだろう?それは一体どんなものだい?」
促された先を見ると確かに、テーブルにはティーポットがある。
前髪で器用に隠された瞳は僅かな時間ティーポットを眺めていたが「丸くて…陶器の、えっと」と見たままの情報をポツポツと特徴を説明し始めるがすぐに言葉に詰まってしまう。
「例えば質感や、重みは?装飾の特徴や、持った時の手の馴染み方についてはどうだい?」
喉奥で「あ、」と声が漏れる。
「見えていても見えていなくても、言葉として説明できるか否かが一番大切なんだよ」
少し前迄シスターであった少女は、神父として歩み始めた少年。
「言葉や知識を武器にする事で、血を流さずともお互いに解決方法を探る事だってできるんだよ?勿論、暴力でしか解決できない愚かな人間もいるがね」
話を聞いている子供は――その時はじっと、普段あまり見せてくれない前髪に器用に隠された瞳を向けている。
中心が赫い、美しい茶色の瞳を覗かせてくれる。
指摘してしまうと目を逸らせてしまうだろうから、そのまま気が付かない様に振る舞う。
神父になると決めてから長く伸ばしていた髪をバッサリと切ってしまった少年――ただ前髪は変わらず瞳を隠しているが――トレスがどういう意図を持って指摘をしたのかは分からないが「骨格等で女性である事が分かる。速やかに髪を伸ばす事を推奨する」と注意をされた様で、[#da=1#]は短く切ったの髪を伸ばし始めた。
黒に近い、青い髪。
本当はとても触れたくて仕方がないが、彼は体温を嫌って――いや、とても恐がっている。
自分にはもうあまり無い感情だと思っていたので、これだけ感情を突き動かされるなんて、久々に研究対象とは関係のない人間相手に気持ちが高揚している事が分かる。
「いいかい?これから君が学ぶべき事は『言葉』だ」
中心に赫を灯した瞳が、こちらを向いている。
探求心豊かな少年は喉奥で何か言っている様な。
「抽象的な物を、目の前で具現化させる程の語彙力と、それから触れてもいないのにまるで手に取ったかの様に形を説明出来る事が重要なんだ」
口数は少ないが好奇心も探求心も強い少年にとって’教授’の話はとても心が満たされているらしい、少年はすっかり目が離せなくなってしまっている。
「君はそう遠くない未来で、私の『知識の友』になるだろうね」
瞳がこちらを向いている事に、[#da=1#]は気が付いているだろうか。
「幾つもの言葉、その言葉の意味を知る事で、説明できるし、相手を納得させたり説得する事ができるんだよ」
勿論、’教授’にとっても願ってもいない未来だ。
少年と過ごす時間が実に有意義なものとなっていくだろう事が何となく、分かる。
「そうだな…例えば君と月に1、2回『お茶会』を開こうかな?」
聞き慣れ無い言葉を聞き、何度か瞬きをしていた瞳の持ち主が小首を傾げる姿は、やはり子供である。
可愛いといっては今の彼にとっては失礼だと思いながら、しかしとても愛らしい。
「ああ。けれど、お互いの知識を交換し合う時間だからね、楽しいものではないかも知れないよ?」
自分が映る位に、近い距離。
ただ指摘をすると離れてしまうから、このまま何も言わずに居ようと、翠瞳の持ち主は心の奥でそう思った。
普段あまり子供が好きではない’教授’にとっては、彼の存在は不思議と安らぐ。
「それで、君は一体何が気になっていたんだい?」
一瞬不安な表情を浮かべた少年を見逃す訳など、ワーズワースにとってはある訳がない。
ややあってから、少年は意を決したかの様にこちらを向く。
「あの」
ただ言葉をどう紡いでいいのかが分からない様子で、瞳は下を向いてしまう。
言葉にしたところで正しく伝わるのかなどと、考えているのだろうか。
「字が、あの…見えない気がして…」
どう言葉を繋げて良いのか、しばし悩んでいる。
「けれど今は見えているし、気のせいかも知れなくて…」
「ふむ」
どう答えれば彼女は、いや、彼は興味を持ってくれるのだろうか。
心なしか、口端が上がっていくのを感じる。
ゆっくりと呼吸をしながら、なんと続ければいいものかと考える[#da=1#]をじっと見る。
普段大学で教鞭を取っているワーズワースにとって、妙に気持ちが高揚しているのを感じつつ、じっと言葉を待った。
ただ少年は、言葉にしたい気持ちと、未だあまり持たない知識でぐるぐると考えをまとめている様だった。
「目というのはね、欠損している部分を、他の部分が見て補っている事が有るから視野が欠けている事に気が付かない事が有るんだ」
「君は気が付いたという事だ、早い内に時間を作って調べておいた方がいい」
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