-短編-未完成作品
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目の前で背を向ける相棒の髪を結っている。
相手はじっと古新聞を読んでいるが、動かない様にと指示しているだけに、じっとされている方が助かる。
この緩やかな時間が貴重で好きだ。
大柄な漢が細く絹の様な髪を結い上げている。
少女は――いや、これでも彼は教皇庁国務聖省特務分室に所属する巡回神父[#da=1#]・[#da=2#]である。
任務の為に女装での潜入を行う事になり、後ろで髪を結い上げている最中の大柄な神父とこの地にやってきた。
荷物を置いてから自分の部屋からは出てすぐに浅黒の肌を持つ、およそ神父とは言い難い2mを超える巨漢の部屋で過ごしていた。
まあ必要な荷物を持っていたのが彼だったので仕方がない。
今回は女装で臨む任務の為、普段よりも緊張している様だった。
ドレスに袖を通して戻ってくるとすぐに座る様に指示して、古新聞を差し出してやった。
繊細な作業が行えそうにない様な大きな指で行っているとは思えない程、スラスラと髪を器用に結い上げていく。
そんな時に限ってやってくるのがあいつだ。
慌てた様子の足音が聞こえてくる。
不安そうな面持ちで扉の方を向いた少女に「大丈夫だって、気にすんな」と声を掛ける。
ちらりと後ろを見た少女に扮した[#da=1#]は喉元で何か言いかけているが、今は聞いてやれそうな時間は無い。
どちらも音の主は分かっている。
体重はあまりなさそうで不健康そうな音が床を蹴って、あと10mもないが間違いなくこの扉を――
けたたましく、という言葉がぴったりな程の音量で扉が叩かれたのはその瞬間だった。
『レオンさん!レオンさん大変です!!』
何故ここへ来たのか、分かっている。
「あーわかった分かった…今開ける」
結い上げていた髪を軽く持ち上げ仮留めしてから、手を止めて立ち上がった。
「動くなよ」と口早に告げる。
頷いた少女は小さく掠れた声で、しかし確かにはっきりと返事をしたのを聞いて扉へと向かう。
「おい騒々しいぞへっぽこ」
「一大事なんですよレオンさん!![#da=1#]さんが何度ノックしても返事が無くて…!」
レオンが扉が開いたのかアベルが扉を開けたのか分からない。
兎に角ロックを外した扉の隙間から滑り込む様に中へ入ったアベルがレオンに縋りつく様に[#da=1#]の所在不明を訴えている。
「もしかして遊びに行ってしまったのでは!」とか「部屋に籠ってるとしたら、もしかして発作が…!」とか「まさか誰かに攫われちゃったのかも!」とか、騒々しく想像の限りを話して取り乱している様子に「大丈夫だって、」と言い聞かせる。
しかしその表情は呆れた表情だ。
「何を根拠に!」
そんなに詰め寄られても困る。
だってそこにアベルが求める人物がいるのだから。
「大丈夫だって言ってんだろ。よく見ろ、ほら」
「え、――…あ」
アベルは言われた先を見た途端、言葉を忘れてしまったかの様にピタリと声を発さなくなってしまった。
引き寄せられる様に少女の傍へヨロヨロと寄っていく。
動くなと言われた以上動けないが、身の危険を感じた様子で[#da=1#]は身体を強張らせていく。
「しかし何だってあの嬢ちゃんじゃねえんだ?」
腕を組んで、だらしなく伸びた口元の髭を気にする事なく顎を掻きながらふと思案する。
嬢ちゃんというのは、シスター=カーヤ・ショーカ、コードネーム’ジプシークイーン’の事だろう。
彼女は頭こそ切れるが『任務』の執行より殺戮を好んでいる点が難点となっており、殺戮の際その人数は少しでも多い方を好む。
目立たぬ動きで周囲に溶け込むには適さない事で、カテリーナの判断により任務への招集が無かったのだ。
「[#da=1#]、さん…――あの…」
そんなレオンの独り言の様な発言などは右から左で、目の前の少女に目を奪われたらしいアベルとの距離がどんどん縮まっていく。
動くなと言われたのでそう簡単にこの場から逃れる訳にはいかない。
助けを求めレオンに視線を送ると、いつの間にか先程迄扉の傍に居た筈のレオンの手がアベルの首根っこを捕まえている。
「なかなか『良い女』に仕上がってるだろ?」
「…はい――いや、何と言っていいか…」
少し離れた所へ座る様に促すと、アベルは従って座る。
アベルから隠してやる様に自分を身体を壁にして座り込み「大丈夫か?」と問い掛ける。
不安が隠せなかったらしい小柄少女が喉奥で何かを訴える様にレオンの方を向いて、しかし言葉を紡ぐ事無くそのまま視線を落としていく。
レオンの僧衣を僅かに握っている。
誰か人がいる場面ではこういった行動を取った記憶が無い位だったが、[#da=1#]の動揺が手に取る様に分かった。
トレスとは行動を共にしている事が多いと聞いていたので、もしかしてトレスならこういう行動をする事が有るのを知っているのだろうか。
震えた指先を感じながら「大丈夫だ」と小さな声で告げる。
ほんの少し指先へ触れたレオンは、後ろに座ったアベルの方を振り返る。
「しかし、女装した男に見惚れるなんて、お前さんそこまで女に飢えてるんか?」
「茶化さないで下さいよ…っ」
しかしその言葉の通りかも知れない。
確かに彼女の姿は美しく目を見張るものがある。
くっきりとラインに沿った女性らしい腰元、露出を防ぐ為だろうか、薄い生地が腕を覆っている。
大きく開いた背中はそれを隠す様に紐が編み上げられた様なデザインになっていた。
偽る必要がなくなった今も、神父として日々を過ごしている[#da=1#]へ静かな不満を抱えているアベルにとって、この姿は目に毒だ。
神に性の真実を背いて神職に就いてる事が赦せないとか、単純な感情では無い様だが、女性である事を隠さないでいる生活を望んでいる。
何故なのか、その真意は分からない。
あまり会う機会が無い同僚にも真実は話すべき、過去を清算したのであれば元の性へ戻るべきではと、2人になった時を狙っては声を掛けて来る。
その、ひた隠しにしている本来の性で、任務とはいえこの様な形で出会うという事態は珍しい。
直属の上司であるカテリーナ・スフォルツァ枢機卿が一番神経を使う采配だったが、今回はカテリーナが現地に滞在している事からアベルの同行は推測されていた。
思考を遮ったのはレオンの声だった。
アベルの目の前に突然紅茶が置かれる。
しかしアベルが声を掛ける間もなく「時間がねえんだ、作業再開するぞ」と言いながら、少女の方へ足早に寄って先程迄座っていたらしい後ろの方へと腰を下ろした。
レオンのあの指で、なぜあんな風に器用な結い上げを行えるのだろうと思案している内に、視線を落としたままの少女へと瞳を向けている。
普段はトレスと共に行動しているからあまり気にしていなかったが、2m程の身長があり、その大柄で筋肉質なレオンと並べると小柄な同僚が、より一層小さく感じてしまう。
名目上『女装』として任務に臨んでいるが、こうやって女性らしい服装で自分の目の前にいてくれるのがアベルにとっては正直なところ凄く嬉しいのだ。
ドレスを身に纏っているせいだろうが、少し大人びた様子に見える[#da=1#]の横顔は美しい。
結上げられて徐々に首元が露わになって。
不健康そうな首元は緩やかな曲線を描いて鎖骨へと伸びて、鎖骨から胸元はぴったりと肌に沿ってドレスで隠れてしまった。
思わず喉が鳴ってしまった。
「おい、あまりこっち見んな」
ハッとした様子で口元を押さえたアベルに「こいつの気が散るだろ」レオンの唸る様な声。
「ええっ?!あ、あの、だ…だめなん、ですか…?」
「ダメだって、顔に書いてあるだろ」
[#da=1#]の肩を支えたかと思ったら突然持ち上げる様にして座る椅子の角度を変え、自分も椅子の位置を変える。
思わず上がった悲鳴はレオンの耳では聞き逃さない程の小さなものだったが、抗議を聞いている暇はない。
強張った身体を覆い隠す様に座ったレオンは、ぐるりと身体をアベルへと向けた。
「男に興味があんのか?」
ニヤリと笑った横顔に「ちょ、止めて下さいよ!」とアベルは首を左右に勢い良く振った。
別に少年の顔には「見るな」とは書いてはいなかっただろうが、アベルから死角になっていた右手が強く握られている事に、少年の不安定な感情を嗅ぎつけたレオンが、その行動に違和感が出ない様に打った策だった。
しかしその一連の行動の後、アベルに顎で顔を背ける様にと合図を送る。
一方ですっかり見詰めてしまっていた事に改めて気が付いたアベルは、浅く頷いてテーブルへ置かれた紅茶に向き直った。
シュガーポットを寄せてポチャポチャと一杯、また一杯とカップへ砂糖を入れていく。
すっかり背を向けてしまった2人。
レオンに隠された[#da=1#]はもう見えなくて。
しかし何故、あれだけがさつさを絵に描いた様な大漢に心を許しているのか。
普段トレスと共に行動している事が多い少年だったが、最近はカテリーナの指示でレオンとの行動も多くなっている。
カテリーナの意図は分からないが、けれど、レオンは彼との行動を重ねる内に色々と交わすものも多くなっているらしい。
勿論言葉だけではない。
ひた隠しにしている性別についてどうやらレオンは気が付いている様だが、どういう手段で経緯を知ったのか[#da=1#]が男性としての生活を送っている事に理解を示している様で、同性としての対応は表向き変わらない。
言葉も態度も普段と変わらない様でも、[#da=1#]を護る事を優先している。
それを証拠に、たった今。
思わず目を奪われた、同僚の'女性'である部分に目を離せなくなったアベルから[#da=1#]を護ったのであろう。
13杯目の砂糖を入れた時、アベルの瞳はレオンの背に隠された少女へと向けられていたが、もう彼女の姿を見る事は出来ない。
ふと見せるこういう部分が、レオンの言う「紳士」たる部分を形成しているのだろうが、ただ、如何せん外見がそれを掻き消してしまうのが問題なのだろう。
レオンは「人は外見に惑わされる」と話す事が有ったが、外見に惑わされない人間が一体どれ程いるのだろうか。
少なくとも少年は外見に惑わされていない様だった。
だらしなく着こなした僧衣、蓄えた髭、ぼさぼさに伸ばした髪。
こんな男のどこに繊細さや緻密さが隠れているのだろうか。
「人は外見に騙される」という心理をフルに活用したと言えるレオンの行動は、外見だけ、と言わぬ粗雑さは果たしてどこまでが演技と言えるのだろうか、これは未だアベルでも、恐らく今彼を背に座っている少女にも分からないのではないだろうか。
ぞりぞりと音を立てながら「先程迄紅茶だったもの」をスプーンで混ぜつつ、ため息をついた。
「…っしゃ、こんなもんだな」
自分の才能が怖いぜ、などと言いながら自画自賛しているレオンを見上げる少女へと笑い掛けた。
普段前髪で器用に隠されている赫い瞳が何度か瞬きをして。
子供の様な笑顔が[#da=1#]へ向いている。
可愛いなんて、思ってしまってもいいものだろうか。
レオンの顔を見詰める身体ごとこちらへ向いているだなんて、少女はきっと思ってもいないだろう。
その顔が好きなんだけどな。
レオンは自分の表情が柔らかく綻んでいるのが分かる。
その手を頬へと伸ばし掛けて――
ぴたりと止まる。
そう、今。
ここにアベルがいる。
不用意に触れてはいけない。
「――ありがとう、ございます」
こちらを向いた筈の少女は、女性らしく色付いて。
「あと40分ほどで現場に入る」
立ち上がったレオンの後ろに見えた女性を素早く覗き込むアベルを、見逃さない。
僧衣を脱いで雑に椅子へと掛けるが、そんな事目に入らない様だった。
「お前は行かなくていいのか?着替えもあるだろ」
「え、…あ、はい、そうですね」
レオンの言葉に慌てて返事を返しながら砂糖が13杯入った紅茶だったものを飲み干して立ち上がる。
「時間がねえからな、さっさと行けよ」
「あ、は、はい!」
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20220612
女装ネタですが
アベルさんが[#da=1#]さんに
「女性に戻って欲しい」
「普通に生きて欲しい」という
願望の中で
女装をして潜入する
[#da=1#]の姿を目の当たりにして
動揺と異性を強く感じてしまう
真理を書きたかったんですが
形にならないなー…
文才ってどこに売ってるんだろうか…
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