-短編-未完成作品
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個人の修道院であったからか、運営費が賄えないという問題は付いて回る。
あまり貧しさを感じる事は無かったが。
子供は10歳を越えると『商品』として売り出される事を修道女から説明される。
それは、途中から入った子供でも例外ではなかった。
勿論売れずにそのまま成人を迎えた者は何人もいる。
「ごめんなさいね…先月入ったばかりなのに――子供たちが少しでも飢えで苦しまない様に…」
少女を前に、修道女は泣いていた。
この少女は先月、修道院の裏で倒れている所を保護されたばかり。
親を持たない、親に捨てられた様な子供がよく集うこの修道院。
包まれたその手が肩を少し上げた事は気が付かなかっただろう。
「私は助けて頂いた身…少しでもお役に立たなければ」
修道女は涙を流し続けていたが、少女は深く一礼をしてその部屋を後にする。
扉を閉めてからも、暫く修道女の涙は止まらなかった。
誰も私腹を肥やしているとは、思わないだろう。
これだけ深く涙を流している姿を見たら。
「いい加減にしろ、反吐が出る」
言われて、修道女は「ふんっ」と鼻で笑い身体を仰け反らせた。
「いいかい?私がこうやって涙を流しているからこそ子供たちは気持ちよくその身を差し出すんだよ」
男はすっかり染みついていた干し草の香りを連れて、どこからともなく部屋へ入ってきた。
「ああ、そうだろうとも」
煙草の様な物を咥えて外のバルコニーへと出る。
火をつけて、女は外の椅子へと座った。
煙を吸い込んで暫くするとうっとりした様な表情で月を見上げた。
「…今回は?」
「ああ…『籠の鳥』を求めていそうな大漢と、それからいつものモルモットを希望している例の博士だよ」
言われて、女は舌打ちをする。
「あの博士『丈夫かどうか』が基準だからねぇ‥モヤシみたいな子供だと平気で金もケチるし。うちはあまり食わせてないからねぇ…」
『モルモットを希望している博士』というのは、人体実験の為に子供達を買っている博士の事だ。
実験に耐えうる子供を希望されている訳だが、実際問題非常に困る。
10歳を越えた子供達には貧困問題で人身売買を了承させているのだから。
食事を減らして提供している修道院にとっては厳しい所がある。
しかし博士は人体実験の為に定期的に金を提供してくれる上客だ。
嫌な顔はできない。
「じゃあ今回は『籠の鳥』をお求めのご新規さんに期待するかね…一見さんじゃないと良いけど」
煙草の様なその先を咥えた口元がニヤリと笑った。
「ああ、」と男が呟いて。
「さっきの子供の事か?まあ確かに顔立ちは良いし…『教育』のし甲斐はありそうだな」
その会話を、まさか聞いていようとは2人は夢にも思っていなかっただろう。
『籠の鳥』と比喩された少女が、カフスをはじいたのはその時だ。
・
「修道院で人身売買…ねえ」
子供絡みはあまり好きではないと明言しているが、何故か子供絡みの仕事を任される事が多いレオン。
浅黒の肌を持つ大柄でおよそ神父とは思えぬ風貌のこの大漢、見た目とは違い繊細な作業がとても得意だ。
「ええ。一ヶ月前から個人の修道院に調査員を派遣しています。貴方は売買経路を確立し『子供を買う』と持ち掛けて下さい。買った子供はこちらで保護します。勿論売買相手は捕獲して連行する様に」
手渡された資料に目を通しながら、カテリーナの説明を聞く。
「調査員を一ヶ月前から、ですか?」
何か不都合があった事で自分が招集されたという事なのだろうか。
それとも、規模が大きく一人では解決し切らないと判断したからなのだろうか。
普段こういった事に、追加で派遣執行官を投入される事などまず無い。
しかし、調査員が派遣されている様だ。
特務分室の調査員は実際複数名存在し、顔も知らない同僚が沢山いるのだ。
修道院に派遣されていうのだから、シスターではあろうが。
「ええ。しかし不測の事態があったら調査員は切り捨てます。これは交渉に使って下さい」
そのつもりはないけれど。
カテリーナはその言葉は続けなかった。
目の前に置かれたそれは、ぎっしりと詰め込まれた札束。
ケースに入れられたその金は、交渉に使うものだ。
勿論本物だ。
正直これだけあれば、暫くは楽に暮らせる。
しかしこれは仕事だ。
ジュラルミンケースの蓋を閉じてから、姿勢を改めて直属の上司に当たるカテリーナに「了解しました」と告げる。
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レオンは酒をあおりながら潜入先の街でぼんやりと煙草をふかしていた。
人身売買で何がしたいんだか。
未成熟の子供たちを売買する話は水面下ではよくある世界だ。
しかしレオンにとっては最高に気分の乗らない話だ。
わだかまりの残る内容も多い。
子供が絡む事で精神的なダメージも多いのだ。
「俺が何したっていうんだよ…」
心の中で言った筈だが、声として漏れている。
改めてため息をついてから、酒を飲み干した。
「お客さん、そろそろお控え下さい」
「うるせえ、…ダブルでロック」
ふう、と一つため息をついた店主はグラスを差し出した。
暫く近くに座っていた客が店を出て、周囲に人が居なくなった。
店主と一時向き合う形になった時。
この瞬間を待っていた。
「おいマスター、ここらで『粋の良い魚が釣れる』と聞いたんだが」
山奥の、こんな街で。
そんな訳も無いのに。
カウンターのマスターは頷きつつ、奥で飲んでいた男へと目線を送っている様だ。
勿論調査済みだ。
後ろで人が動く気配。
独りで奥で座っていた男だ。
「いい、魚がいますよ」
干草の香りがする男が傍へ来ると、レオンは隣へ座る様促した。
グラスを手にした男は隣へ座り「どれも出世魚、未発達のものばかりだ」と話掛けてくる。
それ以上は聞きたくないと、思いながら。
レオンは口端を吊り上げて静かに満足げに頷いた。
「…金は支払う」
返答はこれだけだったが、男は頷いて一枚の紙を差し出した。
「…明日、必ずここへ」
中身を確認すると、どうやら詳細が示されているものだ。
レオンが受け取った途端、男はグラスを置いて静かに席を立ち、店を後にした。
・
指定された場所へ行くと、別の男が一人居た。
隙なく着込んだスーツ、眼鏡を掛けてそこへ立っている。
目の前の扉から、ぎちりと少し耳障りな音がしたかと思うと、やや耳障りな音と共に木戸が開く。
昨夜の干草の香りがする男が中から現れた。
男は静かに2人を扉の中へ入る様に促した。
「こちらへ」
少し湿気の強い香り。
廊下を暫く行くと、段々とその臭いは強くなっていく。
鼻の利くレオンにとって、この臭いはかなり不快だ。
扉の前に立つと、男は振り返ってこの部屋で待つ様に促した。
扉を潜る時に「金額を確認します」を言われ、ジュラルミンケースをレオンとスーツの男からそれぞれ渡す。
通された先でスーツ男と言葉を交わす事も無くレオンはソファへ座った。
一方スーツの男は壁に掛けられている絵を見上げている。
大判のキャンバスに描かれた絵は、子供の落書きの様な、よく価値も分からない芸術…といってもいいものだろうか。
何度も顔を近付けていたスーツ男は、顎へと手をやっている。
何か思う所があるのだろうか。
こんなものに興味のある奴の気が知れないと、レオンは視線を逸らした。
暫くソファで座っていると、干草の香りがする男が戻ってくる。
「本日はガルシア様のお値段が少し高額でした。」
スーツの男がこちらを睨む。
少し金を足しておいたのが功を奏した様だ。
「優先権は貴方です」と言われ、部屋を移るように促されてレオンはソファから立ち上がった。
廊下を挟んだ向かいの扉が開いている。
扉が閉まる。
干草の香りの男は「奥の小窓から確認して下さい」と後ろから小声でそう言った。
小窓へと近付くと、子供が3人並んでいるらしいことが分かった。
人身売買など。
やる奴の気が知れない。
「ふぅん…」
レオンは喉元で3人の子供へその瞳を向けて。
俺が、子供を買うなら?
いや。
『フリ』をしているとしても、子供を買うなんて。
静かにため息をついて。
人身売買なんて、やる奴の気が知れない。
実験のモルモットとして。
性欲を満たす為の籠の鳥として。
そして奴隷として子供を買っていく大人達。
こんな所で購入するのだから、幸せになる筈がない子供達の不幸な未来。
不愉快極まりない今の状況に、ため息すら出そうになる。
しかしそれを表に出す訳には、いかない。
あまり長く見ているつもりもないし、冷静に話をしてくれそうな子供を選ぼうと決め、改めて小窓から子供たちを見る。
右の少女は瞳を閉じて肩を震わせていて、真ん中で立つ少女はその視線を下へ向け、左の少年は両手を強く握って涙すら流していた。
俺が、犯罪行為をするなら?
いや、解放するのか?
上司であるカテリーナ・スフォルツァ枢機卿は「買った子供はこちらで保護します」と言った。
ならば。
一番冷静そうな子供を選ぶと情報は得られるかも知れない。
肩口まで伸ばした青に近い、深みを帯びた髪色の少女。
どこか、同僚に似ているような。
いや…
左右に軽く頭を振った。
「…おい、真ん中だ」
「かしこまりました」
干草の香りがする男は扉の向こうへ消える。
あまりくっきりと向こうを見渡す事が出来ないが、こちらから小窓の奥で部屋に並んだ子供達を見ていると、真ん中の子供が呼ばれる。
扉の傍に立っていた涙を流す少年は何やら少女へ話し掛けているが、歩き始めた真ん中の少女は言葉を返す事は無い様だったが一度足を止めて、軽く一礼してから再度歩き始める。
首輪を付けているらしい少女は、扉の傍に掛けられた紐を引かれて扉へと向かって歩いていく。
扉の向こうに少女が消えた途端、少年は声を上げて泣き始める。
左右の子供達はその様子を不安そうに見送った。
人買いなどという愚行を、任務とはいえさせられる事になるとは思いもよらなかったレオンは、非常に複雑な気分でその様子を見ていた。
しかしここで名乗り出る訳にもいかない。
冷静にこの場を去る様に自分に言い聞かせつつ。
干草の香りを纏った男が扉を潜って、少女を連れて出て来た。
「なかなか…」
「ああ、こちらを」
「これは?」
差し出された箱には、瓶と注射器が入っている。
「暴れた場合はこれを打って下さい」と耳打ちされる。
「あの」
それまで言葉を発しなかった少女が声を掛ける。
「修道院の皆様に、宜しくお伝え下さい」
「………ああ」
男は笑顔を作ったつもりだろうが、目は一切笑っていない。
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