- Trinity Blood -5章
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立てない。
立てない。
痛みが全身に、主に下腹部の痛みが強くてとてもじゃないが起き上がる事なんてできそうにない。
ベッドで小さく丸くなっていると、ふとシーツの感覚がやたらと鮮明に感じる事に気が付いた。
そういえば、服を着ていない。
あまり動かない様にしてベッドでじっとしているつもりだったがそうはいかない。
上に掛かっている薄い、タオル地らしいものを手繰り寄せてその身に纏うと、上半身をゆっくりと起こし掛けて――
「んう…っ」
鈍い痛みが身体を走り、バランスを保てない身体はベッドに力なく崩れてしまう。けれど腹部を抑えても指に触れるのは素肌と、手繰り寄せたタオル地の何かだけ。
「…いた、っ」
喉奥でか細い悲鳴を上げて下腹部を抱えようとしても、身体は言う事を聞いてくれない様だった。
身体を起こそうにも、どこをどう動かしたら痛くないのかが良く分からない。
痛みから逃れようとすると意識は遠退いていく。
前はこんなんじゃ、無かったのに。
前って?
薄れつつあった意識が突然繋ぎ止められる。
痛みの波が突然強くなったものではない。
身体を動かそうとすると痛みは少し強くなるが、この体勢だと少しはマシだ。
苦痛に顔を歪める程大袈裟なものではなくても、鈍い痛みは続いたままで、体勢を崩すと突然鋭い痛みが襲ってくる。
考える方に意識が回せない。
幼い身体はベッドにその身を隠される様にして埋もれていった。
・
バルコニーに置いてある椅子を一つ動かして、端へ置いてそこへ座っている。
肘を付いてタバコを咥えたまま、火も点けずに。
同意の下で行った行為とはいえ無理をさせてしまわなかったか。
正直に身体を求めた時は同意を得る事など難しいかも知れないと思っていたし、乱暴に扱わない様に気を付けながら、それでも夢中になって求めてしまった。
隣に居るのに、触れる事を躊躇っていた心は少しずつ我慢ができなくなってしまっていて。
異性は好きだし、これからも変わらない。
ただ彼女だけは格別で。
間近で感じた素肌は色素の薄い不健康な色であったが、行為の最中は紅潮し薄っすら汗ばんだ柔肌に興奮を隠せなかった。
声を聞くだけで、悲鳴があがるだけで、身体が反応するだけで。
身近に感じているのにとても遠い相手を捉え、獣と化したあの時とは少し違い、人として快楽の渦に堕ちた昨晩。
思い出しただけでも下腹部が疼き始めて――ただ、それに気が付かない振りをしながら、バルコニーに肘を付いた。
[#da=3#]の表情が、息づかいが、思い出されてしまう。
金色の瞳に、頼りなさそうな雲が多く張った晴模様の空をぼんやり映す。
ただ既に下腹部はすっかり主張始めてしまっている。
「あのなー…」
他人事の様に呟きながらも、既に自分が興奮している。
こういう時自分の欲に忠実な本能に抗えない自分が腹立たしい。
正直今すぐ抱きたい。
彼女はそこまでのスタミナも無いだろう。
ただ、今また、彼女にお願いしようと思うと、彼女はきっと応えようと努力して無理をしてしまう。
乱暴されたのは記憶を失って最初の事件だ。
苦い記憶として構築された――
とはいえ、記憶を失う前も乱暴を受けた記憶は一度だけ、それもレオン自身からだ。
それはもしかしたら記憶としては根底で封じられているだけのものかも知れない。
突然フラッシュバックが起こらないという保障など無い。
今目の前に居るだけで幸せだと感じるのに、どうしても抑え切れないと伝えた時にノーと言わなかった彼女はきっと心細かったに違いない。
けれど同時に強い事を、行動を共にしてきたのだからレオンは勿論知っている。
「ああ…」
今すぐ、顔を見に行きたい。
もう流石に起きているだろうか。
記憶を巡らせるだけで愛しさが増す。
愛娘に注ぐだけの愛情とは形が少し違って、けれどレオンにとってどちらもそれは変わりない心の支えでしかないのだ。
だが、まだもう少し治まってくれそうにない。
そうでないと、今上がってしまったらすぐ彼女の事をまた抱いてしまうだろう。
顔を見ると髪を撫でたくなるし、髪を撫でたら抱きしめたくなるし、そうなったら身体を密着させたくなる。
キスをしたくなって、夢中でキスを重ねていき、最後には気持ちが抑え切れなくなってしまうのだろう。
少し時間を空けて冷静にならねえとな…――
寝室は敢えて覗かない様にしてまずは、何かしないと。
咥えたままの煙草にはまだ火が点かないままで。
このままここで[#da=3#]が起きて来る迄過ごす方が良いのか、それとも何か軽く腹に入れる物でも買いに行った方が良いのか。
珈琲でも淹れるか。
こういう時に限って出し終えていない書類も無い。愛娘に逢いに行けば、[#da=3#]が起きた時に帰ってはいないだろうし。
考えると思ったより何も思い浮かばない。
ただ何もしない訳にはいかない。
そうでないとまた、彼女を抱いてしまいそうだ。
記憶の無い事をいい事に、弄んでいるのだろうか。
そんな、――
大きく頭を振って。
もし万が一記憶が戻って、彼女が再び俺の前に「同僚」として現れたら俺はどんな言い訳をするんだろうか。
いや、彼に下手な言い訳など通用しない。
それにもう、嘘は重ねたくない。
最愛の相棒を裏切る行為はあの時だけで、もう十分だ。
そんな風に考えながらシャワーの蛇口を捻る。
もうここから先は自分との戦いだ。
見えていなくて良かったと今は思えるが、ただその分慎重に接していないといけない。
[#da=3#]はそういうところは妙に勘の良いやつだ。
シャワーの栓を捻って端に投げるように掛けていたタオルを引っ張ると、身体を拭いて、乱雑に頭を拭き上げる。
実は興奮のあまり、殆ど眠れていない。
ノブを回して扉をシャワールームを抜けると、その足でソファに置いてあった煙草を取りに向かう。
けれど煙草を咥える事も無くそのまま足は寝室へと向いてしまった。
――…起きてる訳無いか
そう思いながらも静かに近付いたレオンの見当は外れた事はすぐに判明する。
小さく丸くなっていた少女がこちらを向いたからだ。
「…大丈夫か?」
ベッド端に座ったレオンの傍に指を伸ばした少女が言葉を発する事は無い。
ひんやりとした感触が来るのかと思っていたが、指先は暖かく――
触れた細い指先はレオンの指をゆっくりと握る。
「…レオン、あ…いたっ」
何を訴えたいのかは大体、分かっている。
言葉として聞かなくても分かるだなんて、別に長い付き合いである訳も無いのに。
まあ、短い間でも内容が濃かったからかもな…ただ呑気な思考で回避しようとするが、触れられると昂るモノがあるという事を分かってくれ。
「無理すんなよ」
とはいえ痛みでまともに動けないだろう。
全身筋肉痛に襲われたような感覚になっている筈だ。
自分は経験した事は無いが。
優しく、違和感なく小さな手を包み込んだ大きな掌はーー自然に力が入ってしまって。
言い表し難い鈍痛は、これだけ小さな身体には、負担が大きいだろう。
年齢とは一致していない幼い身体、年齢と相応の姿を見てみたいとは思っているが現実問題として叶う事は無いだろう。
「ああ、……一緒に寝ちまいたいけどなー」
用事も終えているし、愛娘のいる病院に行く予定を元々立てていたのだから、彼女の所へ行きたい。
部屋に積んである大量のお土産も、愛娘の為に買い揃えてあるものだ。
「え、あの…大切な用事があるんじゃ…?」
そうなんだよなぁ、と残念そうな独り言が聞こえて来る。
どちらも大切。
少し前までは、娘以外に大切なものなど無いと思っていたのに――
「[#da=3#]、キスしていいか?」
「ん…っ、う」
反応して身体が反る瞬間に痛みが来たのかベッドに沈み込む小さな身体。
「あ、…悪かったワザとじゃねえんだ」
謝罪しつつ、口端はつい上がってしまっていて。
「いい?」
謝罪をしつつも、既にもうそのつもりでその身を重ねてしまっている。
「あう…あ、レオ――」
馬鹿。
そんな顔したら我慢できないじゃねえか。
「んうっ」
返事が待てないまま、小さな唇を塞いでしまう。
痛みでどこに力を入れて良いのか困惑した様子のまま、大きな腕に捕らえられたままの小さな身体。
一見硝子玉の様な美しく透明な瞳はすっかり閉じられてしまっている。
深く舌を押し込んで小さな舌を捕らえると、喉奥が震えるのが舌を通して伝わってくる。
構わず舌を尖らせて根元から舐め上げてやると、反射的に引っ込んだ舌を追い掛けてしまう。
抗議のつもりか小さな掌が分厚い壁の様な身体を押す。
だから、それが男の興奮を誘うんだって――
引っ込んだ舌を追い掛ける様にして強引に根元まで舌をねじ込むと、一層喉奥が震えて、それが苦しいと訴えているのは分かっている。
絡ませた舌をゆっくりと引き抜いてから下唇を舐めてやると、小さな身体は酸素を求めて慌てた様子で息を吸い込んだ。
「ごほ…っ、は、あ…っ」
短い間隔で呼吸を整えようとする[#da=3#]の首元にキスを落として、ゆっくりと抱き上げてやる。
大きな腕に抱え上げられた[#da=3#]から小さな悲鳴が上がり、ただ、咳が止まらない様子で言葉は出て来ない。
身体中が痛いに決まっているのに、それでも衝動が治まらない。
昨夜の事を考えたらそれも仕方がないだろう。
腕の中に収まった[#da=3#]の身体を、ぴったりとくっつけていると、体温が苦手である事を思い出してしまう。
そうだ。
[#da=1#]であった頃の少年はトレスの教育の下で男性らしさを学び――まあ拳銃屋の多少固い『らしさ』は自分で噛み砕いて取り込んでいた様だったが、少年であった彼は男装という僧衣を着こなしていた。
彼の苦手だったものは、体温で。
昨夜の影響で身体に痛みがあり、加えて苦しい呼吸の中で、体温を感じる恐怖が心の奥底から悲鳴を上げているのだ。
怖いだろうに決まっている。
今でも、やはり体温は苦手で、抱き締めると肩が上がる。
長く抱き締めていると呼吸が震える。
手首を握り、秘密の特訓として始めた体温に慣れる訓練を提案した時には、肌を重ねたいと願っていた訳ではない。
任務に支障が出る事もあるだろうというのが第一。
大人になって恋に落ちる事もあるし、そうなれば夜を共に過ごす日も必ず来るだろう。
そうなった時にこれでは流石に、まあ、気の毒だと思ってしまったのだろうか…あの時の俺は。
「あの…レオ、ッ」
「おっと――ああ、悪ぃ」
いつの間にか腕に力が入ってしまったのだろう、苦しいと訴えているらしい[#da=1#]を抱える腕の力を緩めてやる。
けれど彼女はぴたりと身体を寄せたままで、動かない。
震えた肩に大きな掌を乗せる。
掌を通して熱が伝わって――
「[#da=3#]?」
普段少し低く感じる体温が、妙に高く感じているのは思い違いではない筈だ。
脱力していく身体を一度受け止めてから素早くベッドへ寝かせてやると、状態を確認。
うっすら汗を掻いている[#da=3#]の表情は苦しそうな表情を浮かべている。
こんな風に苦痛の表情を浮かべているだけで、自分が苦しく感じてしまうだなんて。
せめて—―
一度ベッドへ降ろした小さな身体を抱き締めてから、ぴたりと身体を寄せて。
「んあ…っ」
腰元から背中へ添うように腕を添わせてゆっくりと抱えると、肘を身体に当てる。
隙間の無い様に腕を這わせて、肩甲骨辺りを掌で支える様にして抱き締めてやると、体温を上げた身体はレオンの腕の中で徐々に脱力していく。
レオンの腕は脱力していく小さな身体が穏やかな寝息を立てる迄、じっと抱き締めていた。
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