- Trinity Blood -5章
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こころとからだ
「おやお嬢さん、アーチハイド伯爵の研究室で――」
通りかかった男性に声を掛けられる事は何度かあった。
声や鳴らす音の癖、匂いなどで相手を記憶している[#da=3#]にとって、情報が足りないのは一番困る。
「突然失礼致しました。私、ローマ大学でアーチハイド伯爵の研究室の隣室で遺伝子配列について研究しているエフラーン・タッシュです。何度かお見掛けした事が有りましたので…」
80cm程離れた先でやや声が下を向いた様な感覚。
頭を下げて挨拶をしている事が窺える声の持ち主は、消毒液らしい香が薄っすらと鼻先を掠めた。
「護衛の、方ですか?」
今度は顎が上がった様な声。
恐らく隣に控える男性――レオンの方へと視線を向けているのだろう。レオンは浅黒の肌を持つ大漢で、2mの巨漢である男性である。
誰が失明を知っているのか、既にもう分からないがこの声は何度か聞いた事がある。白状を携え、何度か検査の為に研究室へ足を運んだ記憶がある。
けれども幼い容姿の女性である。
彼女が既に成人で、隣にいるのが――
「失礼、エフラーン・タッシュ、教授ですか。私、婚約者のレオン・ガルシアです」
右手を差し出したらしいレオンに、タッシュ教授は「おや、しかし…」と声を上げた。
「彼女は遺伝子異常で成長しない身体ですが、こう見えて立派な成人ですよ」
「これはとんだ失礼を…」
[#da=3#]の頭上でやり取りが行われる。
声こそ柔らかいがタッシュ教授の瞳に鋭視線が一瞬降りかかる。
背筋が凍る様な鋭い光に、表情は変えなかった――つもりだが、どうだろうか。
冷静にと言い聞かせながら、それでも不安は感じてしまって。
「どちらまで?」
何も情報を与えたくない。口元では笑みを作りながら、内側から警告する身体の異常を抑え込む。
「ええ、もう用事を済ませて…戻るところです」
「ああ、それはお引き留めしてしまって」
女性と、教授のやり取りは上澄みだけど薄っすらと掬い取る様な――まるでお互いの心の内を垣間見ようとするような会話で、奇妙ではあったが周囲を見渡して気の無い様な表情でいるレオンはそのまま口を挟まずにいた。
このまま挨拶をして、去った方が得策だと気付いている。
だってまだ、用事は何一つ終わっていないのだ。
「それでは失礼致します」
男に向かってゆっくり頭を下げると、次に頭を上げた時には相手に向かってにこりと笑い掛けてからくるりと向きを変え、振り返る事も無く来た道へ一旦戻り、角を北方向とは反対に歩いていく。
追い掛けるレオンも何も言わず、後ろを付いて曲がり、広い道へ出ると今度は隣へ並び――指先を何かが握る。
それが嫌だと感じなかった事、手を握った相手が誰かを知っていた事、そしてその指先は確かに震えている事に気が付いた。
手を握られた事は勿論あったが、眠る時に握っていた事であり、こんな時に手を握られる事など一度も――とはいえ、掌を収めて来た訳ではなく指先を震える小さな手が握ったのだ。
表情を変える事も無い、普段通りに相手に接している様な様子ではあったがこんな風に、助けを求めてきたことは殆ど無い…
いや、もしかしたらこんな風に助けを求めた事など今迄無かったかも知れない。
少し前に深く詰め寄ったレオンにとって、本当はこれ位積極的だったら嬉しい所ではあるが、今はそんな事を云々言っている場合ではなさそうだ。
声を掛ける事は無いまま、繋がれた手に誘われる様に並んで歩いていく。
先程男に対して言ったばかりではあるが幼い容姿でも、女性は成長が止まっただけで立派な成人である。
何か言いたい事もあるのだろうが、恐らく言葉を上手く紡げないのだろう。
肩を寄せるとすぐに見えた角へ入り込む。
「え、あっ」
突然の事で空間を把握し切れない瞳は不安を隠せない様子で声を上げるが、講義の声などレオンには些細なものだった。
周辺の反響具合から細道である事は分かる。
足が地面から離れて身体が宙を浮くと、途端に不安になる。
けれど相手の思惑は分からない。
「レオン、待っ…」
慌てて声を上げる腕の中の少女を軽々と抱えたままで路地をまるで歩きなれた道を進んでいくかのようにスイスイと進んでいく。
抗議の声などあまり気にもしていない。
慎重に素早く、腰元は支えられあまり振動が来ない様に移動して、ただ見えない[#da=3#]にとってはやはりこういった行為は恐怖を感じるのだろう。
足早に移動していきながら、レオンは腕に入れる力を強めて身体を寄せる。
次の路地を回って右に進めば間もなく広い道に出る。向かいの大通りに出る手前で降ろしてやろうと足を進めていくと、首元に細い手が伸びて細い腕が巻き付いてくる。
「いや、あ、こわい…っ」
「絶対落とさねえから」
抱き上げられる事は、苦手だと感じている様だ。
体温を苦手とする小さな身体は震えているが、それよりも今は恐怖を感じている。勿論見えていない中、自分の意思で進めず前後左右が分からない事は、気分が悪いだろう。
ただ、レオンにとって今はとにかくあのエリアから少しでも離れる事が優先すべきところではある。
両腕は小さな身体を寄せ、曲がった路地から右へと進んでいく。
間もなく出口、という手前で足を止めるとゆっくりと[#da=3#]を抱き上げてから下へと降ろしてやる。
震えたままの身体を寄せる少女の細く頼りない腕は巻きついたまま離れようとしない。
足は、もう地面についているのに。
無理に引き剥がす事も無く[#da=3#]の行動に従っていると、一度だけ腕が強く締まる。抱き上げられたことへの恐怖だけでは、おそらく無いだろう。
あの男、エフラーン・タッシュと名乗った教授とやらは妙に興味深い眼差しで[#da=3#]を見詰めていた。
もし、良い印象を持たなかったと彼女が言えばこの考察は確信に変わる。ただ口にするかは分からない。
あの瞬間表情を変えなかったが、心の内で恐怖を感じていた事をレオンには見抜かれていたのだ。
教授という肩書があるだけあって男にも洞察力はあるだろうからもしかしたら相手の男も気が付いていたかも知れない。
やっぱり、もう我慢できない。
これ以上は。
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待ってどんな展開??
誰よ書いたの(管理人さんです)
誰よ(管理人さんですよ)
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