- Trinity Blood -5章
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おつとめの後で
「お務め」という名目で、執務室内で必要時に影武者としてそこに滞在している。
目の錯覚を利用して、遠い場所からカテリーナがそこで確かに居る事が確認できるようになっている場所がある。
遥か遠くからでも確認できる場所に配置されている[#da=3#]は命が危険に曝される事は了承しているが、この場所は’教授’が開発した特殊な硝子がはめ込まれており、安全は一応保障されている。
カテリーナが命を狙われる頻度も増える事、必要時は人目を忍んで外出する可能性を踏まえ、少しずつ滞在時間を伸ばす様にしていたが、慣れつつあったこの滞在場所から、[#da=3#]は間も無く退室する事になる。
『[#da=3#]?』
機械音が近くで聴こえる。
「はい、シスター=ケイト」
『ちょっといいかしら…』
改まった様子で声を掛けて来る、目元のほくろが印象的な、金髪の女性。
いつも何かと心配して声を掛けてくれるケイトの姿を見る事が出来ない[#da=3#]は、残念で仕方ないと思いながらも声のする方へと身体ごと向いた。
『午後から、神父レオンと外出するんですって?』
レオンはその外見から心配される事柄は多い。
「今日午後から訓練に行くと言ったら、一緒に行くと言われて…心強いです」
柔らかく上がる口端を見ると、ケイトの心は複雑になる。
『可愛い妹を取られてしまったみたいで、辛いわ…』
勿論ケイト自身レオンの技術や能力の高さは認めているが、外見は誤解を生みやすい――とはいえ視力を既に失っている[#da=3#]には彼の外見などは見える事は無いのだが――性格は、彼女が知る限りは粗野で女好きという破滅的な部分もあり不安は拭えない。
以前同僚であった少年は能力の消失によりこれ以上力になれない事を理由に一度引退をし消息を絶った筈の[#da=1#]と瓜二つの女性はその後同一人物である事を知ったのは少し後の事だった。カテリーナから聞いたその事実はアベルには伏せられており、他言しない様にとも言われている。
ケイトにとって、今こうやって再度同僚として聖務を共にする時間はとても有意義であった。
けれど、どういう経緯があったのかは知らないが彼女がレオンと愛を育んでいたと知った時、驚きを隠せなかた。
もしかしたら、記憶を失う前の[#da=1#]は既にレオンとはともに愛を育む仲だったとでも…、だとしたら引退は表向きの事で能力の消失は虚言だったのか。
考えは纏まらないままであるが、質問をしても答える相手は最早居ない。なので直接聞いたとしても[#da=3#]の記憶は既に無く、混乱を生じるだろうから聞いてはいけないとは思っている。
「目が見えなくなってしまって何のお役にも立てなかった筈の私をこうやって育てて下さった皆様には、途中退室の様で…少し複雑ではあるんですけれど」
そう言って目を伏せた少女に、レオンへの嫉妬心が芽生えてしまいそうになって――
――いけないわ…
深く深呼吸をしたシスター=ケイトは、自分の心に落ち着く様に言い聞かせる。
同僚だった頃の少年にただ一つ願っていた幸せは、自分自身にとって、まだ同じ気持ちを持って願っているだろうかと自問自答する。
性別を唯一神に偽って少年として派遣執行官であった[#da=1#]・[#da=2#]神父。
兄の名を騙る事で己を餌にして相手が罠にかかるのを待つ事を望み、シスターとしてではなく、神父として登録したいと言い出した時には勿論反対した。
けれどどういう経緯かは不明だが回復能力が備わった少年の能力が今後に必要だと判断したカテリーナ・スフォルツァ枢機卿から神父として登録する事を赦された。
少女は幼くして年の離れた兄に引き連れられた吸血鬼共に、生まれた街を滅ぼされた。
復讐を糧にして生きていた少年。
女性としての幸せを密かに願っていたが。
直接この事について言及する者はあまり居なかったかった。
ただ一方で銀髪を雑に纏め挙げた長身の神父は、[#da=1#]が任務に就くと聞きつけてはどこからともなく現れて、時間を作っては彼女についてカテリーナと口論を繰り返していた。
麗人が眉間に皺を寄せていた事はまだ記憶に新しい。
少年が突然能力の消失を理由に派遣執行官を辞すると言ってカテリーナに進言したという話があったと知った時は、正直驚いた。
彼は兄であった男に復讐を果たしたらしい事を聞いたが、それがいつだったのか明確に報告された事は無かった。
それ以降の情報は伏せられ、[#da=1#]・[#da=2#]とはそれっきり会う事も探す事も赦されなかったが、再会を果たしたのは突然の事だ。
遺伝子研究の第一人者であるアーチハイド伯爵から、謁見の申し出があったのはこの時だった。
街でただ一人生き残った少女の検査を、突然出現した能力を研究した伯爵公から「彼女を養子にしたい」と進言した過去があった事を思い出した。
あの時の事を思い出しながら応対をしたケイトにとって、白杖を持ってトレスに誘導される形で再会した少女は間違いなく[#da=1#]・[#da=2#]――いや、この時はもうその名はすっかり手放しており[#da=3#]・アーチハイド伯爵令嬢として再会する事になるなんて思っても見なかった。
いや、名を手放したというのは正しい表現ではない。
正しくは名を取り戻したというのが正解だろう。
その代償か、少女は記憶を手放し、視力を失っていて――
思考が遮られたのは扉が開いたからだった。
「ご苦労様です[#da=3#]――出てきてもいいですよ?」
言われて少女は踵を2度、鳴らす。
本棚と壁の狭い空間を歩く。
とはいっても距離がある訳ではない。
この本棚はワーズワースの設計で、厚みなどを逆算して外観が違和感なく造られている。
外の窓から『らしく』見える様に被っていたマントを壁のフックへ掛けて、右にある本棚のノブへと指を掛ける。
出てすぐ、右側で座ったカテリーナに「お帰りなさい、スフォルツァ枢機卿」と声を掛ける。
「もう、ここから先は大丈夫よ。戻って良いわ」と声を掛けられる。
「かしこまりました、ではこれで失礼します」
一礼してから再度踵を二度鳴らし、一呼吸置いて真っ直ぐ扉へ向かって歩いていく。
『お帰りなさいませ、カテリーナ様』
「ああ、シスター=ケイト、丁度午後からの予定を確認しようと思っていました」
扉に向かう中で聴こえる背中で行われている会話。
お務め以外では、情報漏洩などの危険が無い様にあまり長居しない様に速やかに出る事を約束されている為、静かに退室する。
一礼して扉の向こうに消えた少女に思いを馳せた。
子供の様な容姿だが、以前神父として務めていた頃の少年よりは少し背も高くなり、全体的に女性らしさがある。
記憶を失くし、視力を失って、不本意ながら本来の名を取り戻した女性。
神父として活動していた[#da=1#]は能力の消失を理由に任務から降りてローマを去る事になった過去にはすっかり蓋をしてしまっている。
養子縁組を兼ねてから申し出ていたアーチハイド伯爵に保護を求める形で引き取って貰い静かに余生を過ごす予定だったが、伯爵公から「頑なに相手を言わないが、彼女は妊娠している」と連絡を受けた時には耳を疑った。
相手を言わない、その理由は何故か分からなかったが一方で、普段感情的になる事が少ない[#da=3#]が異様なまでに抵抗したそうだ。
研究者であるアーチハイド伯爵としては別の意味で明確にしたい意図はあったと思うが、カテリーナは真相を解明しない様に指示する事になった。
最後まで産むか悩んでいたそうだが、突然の高熱に倒れた。
自分から何かが抜け落ちていく感覚を伯爵に訴え始めた少女は、どうやらから記憶が抜け落ちている事に気が付いて――
過去がそぎ落とされていく違和感を事を毎日細かくその状態を報告していたが、その後暫く昏睡状態に陥り、新しく宿っていた命はそのまま死産。
意識を取り戻さなかった間に徐々に髪は白髪になっていった。
再び瞳を開けた時、彼女は瞳の色がすっかり落ちていて、そしてその瞳は光を失っている事に気が付いたのは間もなくだったと聞いている。
この時すぐにカテリーナを訪ねたアーチハイド伯爵から提案を受け、[#da=3#]は正式にその名を取り戻し、静かに過ごしていたのだが、彼女は程なくして一方的に性被害に遭ったのだ。
憤りを感じたカテリーナが再度彼女の保護を申し出て[#da=3#]を召還。
自分の膝元に置く事を決断し、訓練の場を提供する代わりにそれを終えたらローマで務める事を提案する事になった。
ワーズワース神父に彼女を引き合わせ、空間を把握する装置の開発を指示すると「これほど光栄なことはない、私の持ちうるすべての知識を詰め込んで開発するよ」と答えた。
能力が使える経緯は不明なままだったが回復能力が宿った[#da=1#]は今後必要になると考え、性別を偽り神父の証明書発行を行っていたが、能力の消失を報告されたカテリーナの計画は白紙に戻されてしまっていた。
ただ、視力は失っていたとしても記憶を失くしていたとしても、[#da=3#]の知識も能力も一目置けるものだった。
彼女を影武者として再雇用する形になった事で別の計画が動き出していたのに。
レオンが向けていた好意や愛情は偽りでは無かったと知った時――[#da=1#]が妊娠していた事実と行動を共にしていた時期を逆算すると、安易に相手は特定できた。
研究の一環として体内で受精を受けたか、誰かの一任でそういった行為があったか、密かに暴力を受けたのかと調査を行って確証は得ていたが、どの事実も調査の結果問題が無かった事を確認できてしまった。
監視カメラでさえ、細工された記録は無かった。
レオンに彼女を伴いたいと言われた時には、流石に頭を抱えた。
意図せず折角取り戻した彼女を、再度自分ではない誰かに取られてしまう日が来るだなんて。
それも、彼が引退する原因となった男性に。
『カテリーナ様?』
その背を見送りながらふと巡らせていた記憶から、ケイトによって引き戻された。
「ああ、ごめんなさいね。昼からのスケジュールを確認して欲しいの」
けれど泣きぼくろが特徴的な金髪のシスターへと向き直った頃には、カテリーナの剃刀色の瞳は思い出などに耽る色は一切宿っていなかった。
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