- Trinity Blood -4章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
・
[#da=2#]というファミリーネームは確かに何度か聞いた、レオン達の同僚であったらしい神父の名であった。
確か以前…教皇庁教理聖晶異端審問局の局長であるブラザー・ペテロが「彼と関係があるか」と聞いてきたが――もしかして背格好などの外見が似ていたという事なのだろうか。
それとも兄か、弟だったのだろうか。
夢で聞いた「レオンさんにまだ言ってないんですね?」という言葉の意味は何だろう。
妙に鮮明に聞こえたその言葉に違和感を感じた瞬間だった。
あの夢は一体、何だったのだろうか。
「このまま調査と平行して例の企業と彼等の会談を待つとなると、かなりの時間レオンさんといる事になります」
あの声の主は聞いた事が有る。
何故か苦手だった様な気がして彼を避けていた様な気がして。
いや、どちらも何となく違う様な…そう、底なしの優しさの背後に見える何か呑み込まれてしまいそうな黒い…――けれどその声の主をどうしても、思い出せないでいた。
「かなりの時間レオンさんといる事になります」という言い方はどういう事なのか、前後の背景が出て来なかった事もあって、分からない。
「早く…言ってしまった方が良いのでは?」
何でそんな事を言うのだろうか。
相手がそんな風にわざわざ忠告をしに来るなんてどういう事なのだろうか。
レオンに、言っていないって…何を?
思い出せないその『事件』の事?
それとも別の何か?
「必要ありません」と答えた男の子の様な声の正体は?
そういえばいつの夜だったか「それとも俺の体温には免疫があるってか?」と言ったレオンの言葉が脳裏に蘇ってくる。
過去の自分がレオンと深く関わっていたという事は少しずつ知る事が出来ているが、その記憶が綺麗に抜け落ちてしまっている事が残念でならなかった。
言葉も作法も、香りも、手触りも何もかも覚えているのに過去自分がどう過ごして来たかその記憶だけがどうして失くなっているのかが分からない。
レオンに「着いて来て欲しい」と言われたあの日、返事をしたもののどうしていいか分からずに心がどこか別の所に飛んで行ったかの様な夜に’教授’に言われたのは「記憶を失くす前の君は、ずっとレオン君からのストレートな愛情表現に戸惑っていてね」という言葉だった。
『未来』は造られているのか、それとも『過去』が創られているのか。
けれど、もう。
レオンが話してくれるこの過去が嘘だったとしても、目の前で語ってくれる言葉を信じた方が良いのかも知れないと思っている。
同僚であったという[#da=1#]・[#da=2#]神父の事を語ったレオンの言葉が嘘だと思いたくは無かった。
答えたくないと言ったレオンの言葉に偽りがあったとしても今語ってくれる言葉を信じた方がきっと、良いのだろう。
「アーチハイド伯爵、つまりお前の養父はローマ大学で遺伝子なんちゃらについて研究している第一人者でな――お前は伯爵の務める研究室によくついて来ていたらしい」
ローマ大学で遺伝子について研究している事は、養父から説明を受けたが、自分が伯爵公の職場がある研究室に度々足を運んでいた事は聞いて居なかった。
抜け落ちた記憶に混乱している自分に、あまり余計な事を言わない様に配慮していたのだろうか。
「’教授’と、ああ…えっと、何だ、ワーズワース神父とは知り合いだった」
普段使っている愛称では分かり難いかも知れないと、丁寧に言葉を選んで説明してくれているのだろう。
レオンは名前を呼ぶ時は愛称で呼ぶ事が多く、あまり直接その名を呼ぶ事は無い。
どういう意図があるのかは分からないし聞いた事がない。
恐らく聞いたら教えてくれるのだろうが、1から10迄全部聞く必要は無いのかも知れないと、思っている。
愛称で呼ぶにはきっと意味があるのだろう。
ワーズワース神父が――全く記憶にないのが残念だが「いわゆるお茶会仲間だった」と話してくれた事を思い出した。
ぼんやりとではあるが、話の辻褄は合っている。
レオンともワーズワース神父とも、ほぼどちらかと一緒に行動していたここ数日の事を考えると、何か問われた時にこういう風に話をしようとか、説明しようとか、そういう風に情報交換をしていたのだろうか。
示し合わせた様子も無かったと思っていたけれど…?
もしかしたら何か特別な方法で、連絡を取り合っていた事も考えられる。それよりもっとずっと、記憶が無いと知った時に予め何を話すか決めていたとか――考え過ぎだろうと思いたいところだが真意はもう分からない。
「何がきっかけになったのかは詳しくは知らねえが…猊下からスカウトされる形で」カチャリ、とソーサーが音を立てる。
コーヒーを飲んだのか、それとも手元でカップを動かしただけなのか見えない。
今更耳を澄ましてみてもあまり意味はない。
「ま、研究支援金策に走り回るより確実な資金提供が欲しいに決まってる。伯爵公からも頼まれる形でお前は事務員として、加入する事になった」
養父であるアーチハイド伯爵公に連れられローマ大学へ足を運んでおりワーズワースと友好関係にあった事から交流があり、経緯は知らないがミラノ公の目に留まった事で、教皇庁国務聖省特務分室に勤める事になったという事だった。
病名は不明だが病で視力と記憶を手放す事になってしまった。
それを逆手に取った男が乱暴を働いた事で、養父がこのローマに保護を申し出た事で再度彼等とはここで繋がった。
記憶が失くなった事を彼らは知っていた事になるが、混乱しない様に周囲が気遣ってくれていた事も分かった。
過去の自分が抱えていたものが、想像していたより大きかった事に気が付いた。
レオンが『事件』と言ったその内容を知る事はできなかったが――少女にとってその『事件』は、知る術はあってもこれ以上を知る事はもう、赦されないのだろう。
記憶が「もう知らないで欲しい」と言っている様な気がする。
だってこんなに、頭痛がする。
「ただこの辺は実はあやふやで…その頃俺はローマには居なかったからな」と、少しだけトーンが落ちた。
過去のレオンは、軍人だったと以前説明してくれた。
聖職者30名と妻を殺害した事で死刑の判決を下されていたが、能力の高さに目を付けたミラノ公により千年の刑に減刑されていて、現在こうやって聖職者として活動している間は軽減措置が取られている事、愛娘は今もローマで加療中であるという事は事実である。
一度も逢った事は無い。
記憶を失くす前の自分は会っていたかも知れない。
ただ確信も無いし、記憶も全く無い。
レオンはどんな人間だったのか、というよりも。
レオンがどんな顔をしていたのかを知りたいと――いや、知っているかもしれないのに。
「ごめんな、上手く説明してやれなくて」
悲しそうに笑った――様にしか思えなかった。
見えていないのにどうして、そんな風に思えてしまうのかが分からないけれど。
けれどとてもつらい。
そう感じるだけなのかもしれないが、レオンが少しだけ、悲しい顔をしている様な気がしてならない。
レオンの、少年の様な笑顔が好きだった様な――
バリバリと、頭を掻いている音。
分かりやすい様に音を出してくれている様で、申し訳ない。
レオンは歩く際にあまり音が聞こえない。
いや、ワザと音を出してくれている様にしか感じないから不思議だが、不安を拭う様に振る舞ってくれているレオンの親切さをずっと知っていた様な気がしてならない。
意を決した様に「悪いがちょっと…抱き締めても、いいか」と問い掛ける。
「俺にとってはお前が安心材料で、薬みたいなもんだ」
「あの…、」
戸惑う少女に「今のタイミングで言うべきじゃねぇっていうのはよく分かってる」と続ける。
混乱してしまわないか、辻褄は合っているか、考えながら。
エネルギーが要る。
ガス欠だ。
心が今、[#da=3#]を求めている。
良いよと言って。
頷いて。
早く。
落ち着かない。
静かになった室内で戸惑いの色を浮かべながら頷いた[#da=3#]の傍へ向き直ると、右手を引く。
小さな甲へ唇を近付けると、僅かに震えたのを感じる。
「レオン、あの…やっぱり」
握ったこの右手は逃さない。
気持ちが落ち着かない。
ただ、[#da=3#]が怖いというのなら、彼女の意思は尊重してやらなければ。
「いやなら――」
「ちがうの、っ」
「へ?」
焦った様子で声を上げた[#da=3#]に、ここ最近で一番間の抜けた声を上げてしまった。
けれど一方で彼女は真剣な表情で、光を失った瞳はレオンを映し出している。
大きな掌に囚われた右手にゆっくりと左手を添えた。
ただその手はやはり、僅かに震えている。
視線を落としてしまった[#da=3#]の瞳を追っても、身長差のあるレオンにとって彼女の瞳を追い続けるのは難しい。
こちらを向いて欲しい。
どうしたものかと思いながら、ただ何か言おうと必死に伝えたい言葉を選んでいる[#da=3#]を急がせたくはない。
少しの間を置いて、少女は何かを決心したかの様に顔を上げる。
「親切にして貰っているのに、…怖いと思ってしまうなんて」
レオンは心底安堵する事になる。
何だそんな事。
俺はお前が、――
思わず抱き締める。
硬直しかけた背中を強く引き寄せ、ゆっくりと上へ滑らせていく。
漏れる声に心地良さを感じながら[#da=3#]の肩を大きな掌で包むと、少女の身体が短く震えた。
「怖いに決まってるだろ?」
途端。
レオンを見上げた硝子玉の様な、透明な瞳。
「…え?」
突然の事に気付いてはいないだろうが、あれだけ言ったのに小さな掌はレオンの身体に触れている。
今そんな話をしている場面ではないから今回は不問にしてやるかと思いながら、反対の指は髪に触れる。
「どれだけ訓練したとはいえ、お前には俺が見えてないんだ」
「そんな、でも…」
喉奥で何か続ける[#da=3#]の声は、届かない。
指をするするとすり抜けていく少女の白髪にくすぐったさを僅かに感じつつ、その間も困り切った表情でこちらを向く[#da=3#]から目が離せないままでいる。
「恐い事が異常だなんて、そんな訳ねぇよ」
透き通った、オーロラを切り取って被せた様な瞳から涙が溢れ頬を伝う。
「泣くな」
思わず引き寄せた小さな身体。
腕の中で両肩を寄せる[#da=3#]を力を入れ過ぎない様に、ゆっくり抱き締める。
でも泣いてくれる。
あの時お前は――
同僚として過ごしていた過去に、抑えられなかった本能が[#da=1#]を羽交い絞めに暴漢を行ったと言っても過言でないあの夜。
次の日の朝、一言でも怒鳴りつけてくれたら。
非難してくれたら。
自然と腕に力が入っていく。
「…あ、レオ…ッ」
「お、っ…すまねえ」
少しだけあの時より成長した身体は、ただ頼りなく細い。
女性という程の成長は叶わなかった様だが、能力や記憶、色素など、恐らく他にもいろいろあるのだろうがそれらを全て手放した結果がこの姿で、あの時同僚だった少年はもう居ない。
性格には目の前にはいる。
謝りたくても、もう謝罪する事ができないのは事実。
その機会が永遠に失われてしまった事がとても辛い。
妻を手に掛けた瞬間、部下や聖職者を殺害した瞬間は、今や後悔する事はない。
記憶を手放した少女が今こうやって目の前に、確かに居る事も、そして涙を流している事も今確かに目の前で起こっている。
[#da=1#]が随分慎重に生きて来たという事がよく分かる。
腕の中で戸惑いの声を上げる少女に、腕を解いて耳元で「キスしてもいい?」と問い掛ける。
いつから握っているのか、レオンの服を僅かに掴んだ小さな指に気が付いたのは少し腕の力を緩めた時だったが、一切指摘はしない。
「…あの」
僅かな間を空けて、ゆっくり頷いた[#da=3#]は実に愛おしく感じてしまう。
「目、閉じて…?」
声をかけると、やはり戸惑う瞳がこちらを見上げているが、ガラスの様に美しく透明な、しかしオーロラを切り取った様な瞳はゆっくりと瞼を閉じる。
ただ服の端を持ったままの指が僅かに震える。
大きな掌で包む様に少女の肩に手を置いて、静かに身体を近付けていく。
唇を合わせる瞬間、肩が少し上がる[#da=3#]の僅かな反応が愛おしくて仕方ない。
下唇にゆっくり舌を這わせると唇が物言いたげに僅かに開く。
その瞬間を狙って舌を差し込むと小さな舌を捕らえると、レオンの手が、逃れようとする少女の身体を封じる。
服の端を持ったままの手がレオンを引き離そうと服を引く。
唇を離してやると、[#da=3#]の瞳は薄っすら潤んでいて――
「今のだって、キスの一種なんだけど?」
「うそ…あ、」
紅潮した頬を撫でてやると、くすぐったそうに一度跳ねた。
「他のも、知りたいか?」
身体を持ち上げて引き寄せると、腕の中で「や、あの、あ…待って?」と慌てる少女が可愛い。
口端が笑っている。
いや、もしかしてもう声も出てしまったかもと思う位口元が笑ってしまっていた。
・
ただのデレデレ作品やないか。
けしからん、もっとやれ。
・