- Trinity Blood -4章
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中庭で待つ
広い場所――
といってもそれ程広い訳でもなく、4畳ほどの中庭のスペースである。チェアが置かれて緑を楽しめる場所で、座って空を見上げると視界が開けているように見えるだけだ。
別に楽しむつもりは無かったが、[#da=3#]が戻るまで暇だからこの場でぼんやりと時間を潰している。
前回ここへ来た時は、よく分からない芸術系のモニュメントが置かれていたと思ったがどうやら限定的なものだったらしく撤去されていた。あるか無いかというだけで随分印象は変わる。
渡り廊下を歩いてこちらへ向かってくる白髪の少女。
左手に封筒を持ったまま左右を見渡す様にしながら歩いてくる少女を見ているだけで愛おしく思ってしまう。
こうやって見ていると分からないだろうし、街を歩いていても気付かない位自然に振る舞うものだから少女が視力を失っている事に気が付かない者も沢山いる。
しかし彼女がこの景色を見る事は無い。
光を失った元凶が、自分であるとは思っている。
「おう、終わったか?」
声を掛けるとこちらに気が付いた様子で、渡り廊下を少し早い歩調で渡ってくる。
ああ、もし叶うのならば今すぐ抱き締めたい。
こんな事気軽には言えない。
白髪の少女――[#da=3#]を今すぐ抱き締めたくて、けれど心を乱したくはないという葛藤の中で思い留まる。
傍で止まった小柄な少女は、レオンの半分ほどの身長である。
立ち上がったレオンを前にすると実際の身長より更に小さく見える。ただ、彼女はその外見とは裏腹に17歳の女性である。
レオンの方へ顔を上げると普段器用に隠されている前髪がさらりと額を流れ、その瞳を見せてくれた。
一見すると硝子玉の様に見える色素の薄い瞳は、よく見るとオーロラを切り取った様な美しい虹色の瞳がこちらを見上げている。
白髪を指先が撫でると、少しだけ両肩を寄せた。
小さく幼い外見とは裏腹に、彼女は17歳を目前にした立派な成人である[#da=3#]の絹糸の様な長い髪が、光を纏ってヴェールの様に美しく輝いている。
「あの」
危ない。
もう少しで触れてしまうところだった。
ただ、少女の声は疑問を持った声ではなくただ問い掛けただけのもののようだった。
「ん?」
平静を装いながら、伸ばし掛けていた手を降ろした。
美しいオーロラの瞳には残念ながらレオンを見る事はできない。
「これ、渡す様にって」
差し出して来た封筒を受け取りながら、透き通る様な瞳を見つめる。
抱き締めたい。
脳裏に浮かんでは消える言葉。
葛藤が続く中、まだ冷静でいられる自分が存在している間に部屋へ戻りたい。
立ち話も嫌いな訳ではないが[#da=3#]が目の前に居る事で、申し訳ないが冷静ではいられない。
返事が無いままでいるレオンを不思議に思ったのか、返事を聞き逃したのかと不安に思ったのかは分からないが、[#da=3#]が覗き込む様にしてこちらを見つめている。
「おお、…ああ、」
受け取ったその手で封筒の中身を素早く確認して「メンテナンスの説明書だとよ」と続けた。
「ご迷惑を――」
「お前が気にする事じゃねえよ、」
言葉を遮ったレオンは封筒を持っていた右手を取って歩き出す。
レオンの左手の中で僅かに抵抗を示した右手は、無理矢理に引く事がない事に気が付いた様子で、しかしまだ身体は僅かに強張ったまま。
身長差を考慮されているのか足の進みはそれ程早くはなく、あまり時間を掛けずに歩調を合わせて歩き始める。
進む内に左手の力は弱まり、その手は間を置かずに離れていく。
「それに」と続けるレオンの方に、覗き込む様に顔を向ける少女。
ただ声は近く感じる。
どうしてかは分からない。
「’教授’がお前の為に造った『目』だからな」
何故だろう。
どうしてか、笑顔が浮かぶ。
いたずら少年の様な笑顔。
「一度部屋に戻るか」
声に導かれる様にしてレオンの少し後ろを追い掛ける様に歩いていく。
こうしてレオンの傍を歩くのは嫌いではない。
ただどうしてなのか、この意味だけは自分では解らなかった。
大漢と白髪の少女、2人はレオンが滞在中の自室として開放されている部屋へ、引き返していく。
暫くまっすぐ歩いて、そこから階段を上がって。
右や左に歩いていくと今度は階段を降りていく。
難しい構造になっているのは万が一の襲撃に備えている形ではあるが初めてここへトレスの助けを受けながら歩いている時は覚えるのに一苦労するだろうなと思っていたのに、案外と足は進んでいった。
身体が覚えている…という事はないと思っていたが、どうやら記憶の端々をワーズワースやレオンから聞いている限り、何度もここへ足を運んでいたらしい事は分かった。
風と共に廊下を渡り、そこから扉をくぐる。
一言も発しないが男性が2人左右にピタリと扉へ張り付いているという事は説明された。
初めてここへ来た時は道を覚える事に必死であまり気にする事ができずに居たが、一度風に足を取られてバランスを崩した際に、杖を拾って貰った事があった。
そんな事を思い出しながら暫く歩いていくとレオンが2歩程先で立ち止まり、扉を開けてくれる。
「なあ[#da=3#]――」
返事をする間もなく。
「抱きしめてもいい?」
扉を閉めたと思ったらそんな事を突然に。
「あの…」
戸惑う少女に、大漢は静かに「ちょっと触ってもいいか?」と言葉を変えて問い掛ける。
ややあってから頷いた途端、抱え上げられた。
「ちょっと」と言った筈なのに。
喉奥で小さく悲鳴を上げる少女は宙に浮いた不安定な感覚に恐怖心からだろうか、小さな手が安定を求めて手を伸ばす。
丸まった身体は自分からその身を寄せている事に気付いているのだろうか、小さくて少し体温の低い身体を感じながらレオンは足を進めていく。
近くなった身体から、鼓動が聞こえて来る。
ああ、本当に気持ちいい――
「お前のその、心臓の音」
身体を寄せていた事に気が付いた様子の[#da=3#]が慌てた様子で身体を起こした。
「すげーいい夢が見れるんだ」
レオンの腕に揺られながら部屋の奥へと進んでいく感じだ。
「あ、わ…私」
言葉が続かない。
指先が掴んだレオンの服の端、場所ははっきり分からないがこの感触はもしかして僧衣の襟辺りではないだろうか。
急な事とは言え不用意に衣服へ触れてしまった事を謝ろうと思ったのに、どう言葉にしていいのかもう分からなくて。
ただ、この両腕に抱かれるともう逃げ場はない。
広く狭い両腕の中で、戸惑うばかりの少女。
足を止めてといえば止めてはくれるだろう。
ただ、今立ち止まっても多分降ろしてはくれないだろうし――
強い恐怖は感じない。
けれど身体に触れられる事が何となく怖くて――いやこれは別にレオンに限った事では無いのだが、誰かが身体に触れる行為は何故か恐怖で心が一杯になってしまう。
ただ何故か、レオンの体温は――
そういえばレオンが以前「それとも俺の体温には免疫があるってか?」と発言した事を思い出す。
でも、一体どうして?
混乱しつつある頭を軽く振ると、進んでいた足がぴたりと止まる。
バランスが崩れない様に強く一度抱き寄せられた身体はゆっくりとした動きで下に降りていく。
降ろされた先がベッドであると気付くのに時間はあまり掛からない。
「ちょっとだけ、いいか?」
何故か問い掛けてくれる。
確認をしてくれるのはもしかして、目が見えないから?
とても紳士なのかそれとも――
やや間があって頷いた少女の肩にそっと触れ、添えた手で肩を支えながらゆっくりとベッドへと下ろしていく。
今キスをしたい。
喉元迄出掛かった言葉を抑えつつ、小さな身体を横たえた。
不安な様子で口元へ手をやる仕草に愛しさが募る。
左手首に手を添えて外側へ動かすと、少女の左手首はその動きに従って動くが、不安は隠せない様子で身体は少し強張っている。
普段前髪で器用に隠してしまっている瞳がこちらを覗いているが、身体の向きが変わると髪はさらりと流れて硝子玉の様でうっすらとオーロラを切り取った様な虹を描いていて、見ているだけでも全く飽きない。
いつまでも覗き込んでいられる位好きだ。
体温が近くなると、目を瞑ってしまった。
視界が遮断されているからあちこち触っては怖がるだろうと、あまり沢山触らない様に細心の注意を払いつつ、目の前の異性に喉を鳴らしてしまう。
細く、少し不健康な肌の色。
頼りない二の腕、柔らかそうな唇。
首元に顔を近付けるとほのかに甘く香って。
欲情した気持ちを抑えながら小さな胸にゆっくりとその身を下ろしていく。
僅かに仰け反った身体を捕らえた腕は身を捩らせる細い腰元を引き寄せる。
鎖骨へ一つキスを落とし――
途端。
反射的に丸めた身体の隙間をぬって滑り込んでやると、意図せずレオンの頭部を抱き締める形となった。
小さく悲鳴を上げた少女が喉奥で何かを言ったが「そのまま、そうしといてくれ」と言いながら腕に力を込める。
[#da=3#]を抱え込んだままの腕は、ゆっくりベッドへと横たえていった。
強張った少女の身体を感じながら静かに耳をつける。
鼓動は早い。
緊張しているのは分かっていたが止めるつもりは無くて。
だってこの脈打つ小さな心臓の鼓動がとても心地良いから。
大きな腕で身体を抱きしめ、柔肌を隅々まで感じる。
甘い香りを吸い込むと気持ちはすっかり高揚していて、下半身が疼き出していく。
ただここだけは我慢が必要で。
まだ傷付けたくない。
レオンにとって必要な事は、彼女をこれ以上傷付けない事。
それにしても本当に心地良い。
「ああ…」
思わず漏れた声が少女の肩を震わせる。
腰元へ回した腕でゆっくりと身体を引き寄せてやると、レオンの頭部を抱き締める両腕の力が入る。
心地いい拘束。
すっかり硬くなった身体の中心を小さな身体へぴたりと這わせて、興奮した身体に「耐えろ」と言い聞かせながら、眠りへと集中していった。
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