- Trinity Blood -4章
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自分が付いていけない理由を探していたのだろうか。
一人なら生き延びる可能性が上がるのに、どうして――
白紙に戻したいと言い出さないか不安だと、レオンが打ち明けた胸の内を知りながら、それでも自分が居ない事が生存率を確実に上げるのは解っている。
自分が居る事が妨げになって、負傷したり、ましてや死ぬかもしれない未来を、想像するのが怖い。
だからこそ、ついて行くのが怖いと思っているのに。
解決できない疑問に、心が凍り始めているのを感じてしまう。
「けれど、」
[#da=3#]の戸惑いは理解できる。
ただ、彼女にとってこれからどうするかを決めるのは自分でも、カテリーナでも、アーチハイド伯爵でもなく、ましてやレオンでもない。
[#da=3#]自身なのだ。
「君が正直に不安を口にできないのなら、ついて行かない方がいい」と、付け加えた。
あと僅かなその瞬間を誰と共に過ごすか決めるのは、君なのだから。
ゆっくりと見上げこちらを向いた少女の瞳は、硝子玉の様な透明の瞳。
いや、一見硝子の様ではあるが、よく見ると切り取った様なオーロラが薄く見える。
とても、綺麗だ。
「暫く君と会えないと思うから、」
ワーズワースはゆっくりと、柔らかく流れていく髪に指先が触れる。
僅かに肩が震えたのを指先で感じながら、[#da=3#]が恐怖を感じてしまわない様に柔らかい口調で「初めてだけど君に無理を言っても、良いかな?」と伝える。
白髪はヴェールの様に肩から流れ、光を纏っていて。
緊張した様子で身を寄せた。
何が起こるのか分からない。
不安な様子でこちらを伺っている[#da=3#]は、その瞳には何も映さないのに「大丈夫、」と笑い掛けた。
ただ、ワーズワースにとってこれだけは重要であると言わんばかりの口調で「とても簡単だけど、君にはとても難しい事かも知れないね」と言い切ってみせる。
僅かに首を傾げるその仕草に、危うげな心が宿る。
無意識の内に行ってしまうのは、あまり良くない。
自分があまりそういう事に興味が無いと言っても、他の者達全てに当てはまる訳も無く。
こういう仕草や行動を、見逃さない者も多い。
彼女にとって、いや、彼女を取り巻く周囲の環境は恐らく茨の道となるだろう。
何を言われるのだろうかと、不安で心を埋める少女の前で、ただワーズワースは静かに一つ呼吸をした。
「君が少しだけ、正直になる事だよ」
少しだけ大きく見開いた瞳に、にこりと笑い掛け「ここからの道を歩くのは君自身だからね」と声を掛ける。
自然と触れてきたワーズワースの指に驚いて少しだけ肩が上がってしまう。
「私の言葉を、信じるかい?」
あの時と同じ言葉――
ぐるりと巡る記憶。
カテリーナ・スフォルツァ枢機卿に面会に行ったあの時に、暗闇の中で立ち止まるか、自分の足で歩くかと問われた時。
「貴女の努力次第で、今見えてる世界は変わるんだよ」
その話は雲を掴む様な、いや夢物語の様な話ではあった。
けれどその話が本当ならば、何と魅力的な話なのだろうか。
嘘を言っている様には何故か、思えない。
思えなかった。
「信じます、」
消えそうな声が静かな室内で、けれど強く響いた。
何故信じようと思ったのかはもう覚えていないし、どうして一瞬も迷う事無く返事をしたのかは分からなかった。
空間を把握する為だと言われ、山の奥地へ建てられた山荘の様な場所へ連れて行かれる事になった。
養子へ入った先のアーチハイド伯爵邸から出発した時に道案内として来てくれたトレスに連れられて到着した場所で訓練が始まった。
普段は独りで過ごすし、調理も自分で行う。
何も見えていないが厳しい状況でも独りしかいない状態が続くので、怪我をしても何もできなくても誰かの責任にはならない。
感覚を研ぎ澄ます事が一番だから、室内だけを歩く訳にもいかない。
山道も真っ直ぐ歩き、川にも入り、転落して怪我をした事もあった。
ただ、訪ねたワーズワースが手に置いてくれたものが「未だ調整は必要だけどね…補聴器の様なもので脳に特殊な電波を送って空間を再現させてる装置、と思ったらいい」と言って、左耳に装置を装着してくれたあの時の感動は忘れられない。
いや、忘れたくない。
音を鳴らすと同時に。
真っ暗で何も見えない世界が、薄っすらとではあるが世界が浮かび上がった瞬間。
突然灯りが消えて、その中でじっと目を凝らしていると薄っすらと世界が見えてくる、あの時の感覚。
そう思えたのは、自分が「目が見えていた」という証拠である。
視力は失ってしまったが、頭の中で、室内の景色が再現されているというのが凄い。
仕組みを説明されたが見えないと分からない部分もあり、ある程度までしか理解できないのが残念ではあった。
あの時にワーズワースが開発してくれた機械のおかげで、自分が今こうやって歩く事ができるし、周囲を知る事が出来る様になった。
訓練の結果か、いつの間にか白杖を使う事も無くなっていて、生活は一層に変化する事になる。
勿論人間というのは涼しい顔をして嘘を重ねる事もある。
ただ何故か目の前の彼の言葉は嘘を言っている様には思えない。
暗示にかかっている様で、頷かされているのかも知れないけど。
「信じます、」
ワーズワースは間を開けず「よろしい」と、笑って。
安心材料の一つであると思ってくれているのだろうか。
真意は分からないが、彼女にとって信じるに足る存在である事を再認識させられた。
子供は、いや外見は兎も角――彼女は立派な女性である。
自分に打ち勝てる強さを知っている。
「君の意識が途切れるのは――
君が不安に思う心で自分の意識をシャットアウトしてしまうから、なんだよ?」
’お茶会’と称して[#da=1#]とよく色々な話をしてきた。
視野の広さには驚かされる場面があったし、また、子供のもつあまりない逞しい想像力が活力になったり、お互いに意見が合わない話題もあり不思議な気分になった事があった。
ただ、解釈の違いこそ個性であるとお互いに理解しているので歪み合う事や口論になる事は、一度もなかった。
「君がきちんと不安を伝えたり、言葉しないと心が意識を途切れさせてしまうんだ」
彼女には、伝える勇気があるのは知っている。
不安な事や不満に思う事を言葉にして伝える事を言っておかないと心が居場所を失くす。
[#da=3#]は精神的な事柄が原因となり意識消失が発生する様になったが原因は外傷ではない。
精神的な要因である。
意識が消失する原因は、抽象的で言い表し難い『不安』に支配されると仮定するのは結論付けるのには容易であろう。
しかし数値として出難い以上、答えとしては弱い。
心が不調を訴えている事を、相手に――レオンへ言葉として届ける必要がある。
「レオン君には、君の心の声がよく聞こえている様だがね」
心を読む特異能力がある訳ではないのに、どういう訳かレオンはよく[#da=1#]の考えている事が分かっている様だった。
遠巻きに接している姿を見掛けるとやはり言葉は殆ど要らない様子だが[#da=3#]は、あの頃よりはよく話をしてくれる。
その点だけは少し、安心しているのだけれど。
「誰もがレオン君の様な特技を持っている訳ではないんだ」
ワーズワースにとって心配なのは、誰もがレオンの様な人間ではないというこの一点である。
聞いている限りこの所少し意識を失う瞬間は減っている様だが、今の環境に油断してはいけない。
「君が心で思っている事は、言葉にしないといけないよ」
ワーズワースが話しているのをじっと、聞いて。
ただその瞳は不安を帯びている。
[#da=3#]の硝子の様な透明の瞳は、一見すると硝子の様だが色素が薄くなって、オーロラの様な靄が薄っすらと膜を張っている様な美しい瞳である――瞳は逸らされる事も無くワーズワースの方へと向いていた。
「君と過ごせるのは限られた時間だけだったけれど、どれ程君の言葉に考えさせられ、君という存在に癒やされたか分からない」
あまり他人を好意的な目で人を見る機会は無かったが、しかしワーズワースにとって[#da=1#]と出会えた事も、[#da=3#]として再会できた時間というのはどちらも貴重な瞬間だった言えるだろう。
考えや不安や感情を言葉にしなかった君が、こうやって自分の今をきちんと伝えてくれるのは正直とても嬉しいんだがね――
言葉にはしなかった。
ワーズワースにとって言葉にしない事は大きな意味があった。
しかしそれは、言葉にしなくても伝わるものだろうか。
一度強く瞳閉じた女性は静かに「今でも…迷っているのは変わらないんです」と言った。
そう。
自分は迷っている。
ゆっくり開いた瞳はけれど、下を向いてしまっていて。
付いて行くと返事をしたが、それはレオンの命が優先されない事が決定した事である事に変わりがない。
できれば傷付いて欲しくない、そう思うなら付いて行かない事が最善策である事は間違い無いのに。
それでも私を伴いたいという理由って――
解決する事が無い問い掛けは何度も繰り返され、心が迷ってしまった瞬間はあるし、不安を払拭するのは難しいだろう。
君が成長している証だろうね…――
「君にとって、必要なのは『助けて欲しい』とはっきり伝える事だよ。肝に銘じておき給え」
言われて少女は、その声に導かれる様に静かに頷いた。
[#da=3#]が近くにいて、会いに来てくれる環境がまた遠ざかってしまうと思うとそれが一番残念だ。
けれどレオンと歩くと決めた少女を惑わす事も、きっとこの紳士には可能だろうがそれは酷というものだろう。
「さ、装着けて」
手渡した装置を左耳へ装着して立ち上がる。
踵を鳴らして、左右を見渡す。
「調子は、どうかな?」
「有難うございます、ワーズワース神父」
反響した音が装置を通して部屋を隅々まで脳内で構築させてくれる。
棚には資料や書籍が詰められ、それでも足りないのか広い筈の部屋はあちこち無造作に書籍が積み上げられている。
今迄も良く、知っていた様な。
端にある暖炉で何度か座らせて貰ったが、何故かとても安心して過ごせた。
過去の自分が「お気に入り」だったという場所。
今左斜め前に腰かけているワーズワースは、どんな表情をしているのか残念ながら知る事が出来ないが。
「レオン君は細かい作業が得意だからね、多分メンテナンスを頼んだらやってくれると思うよ」
ややあって短く頷いた少女。
「暫く会えないと思うと、寂しく感じるね」
とはいえ、記憶を失くした少年――いや、少女とはもう二度と会う事は叶わない。
ただ、彼女は元の自分を取り戻している。
本来願った形では無かっただろうが。
どうあれ全てを記憶している紳士にとっては複雑である。
「必ず戻ってくれ給えよ」
全てを、飲み込む事は難しかった。
感情が抑えられなかった事に驚きつつ、ワーズワースは口元には笑みを浮かべる。
見えてはいない事は、分かっていたのに。
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注:危うげ
読み直している時に「これ造語?打ち間違い?」と思って探していると、一応ちゃんと言葉として正しい様です。危ない危ない…
いやー、
何度書き直して何度書き足しても
教授は動かしにくくて……
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