- Trinity Blood -4章
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強く抱き締めたのは、性欲が支配しつつあったから。
今、ここで耐えないとあの時と同じ過ちを犯してしまう。
腕の中で戸惑う[#da=3#]にレオンが問い掛けた。
「なあ[#da=3#]――
お前が神なら、お前は俺を赦すのか?」
あの時[#da=1#]が「神は赦される」と、そう言った。
腕の中の少女は、何と答えるのだろうか。
今お前を抱いたら、俺は同じ過ちで後悔するのだろうか。
不安ながら、気になって仕方が無かった。
「…あの――」
胸の中に収められた少女は、言い難そうに声を掛けてきた。
「わたしと、何か…あったんですか?」
意図せず、腕から解放する事になった。
記憶が――?
いや、そんな筈はない。
そうだとしたら、今の言葉は変だ。
どこまで、知っている?
もう。
全部知っていてもいい。
けれど怯えた様子も無い少女の表情。
ならば、答えは一つ。
「誰かに何か、言われたのか?」
しかしこういう時、何故か名を明かさない。
少女の顔を見詰める。
何かを感じたのか、聞いてはいけなかったかと、表情が僅かに曇った。
記憶を取り戻している風でも、顛末を知った様子も見られない。
ただ、自分の発言を聞いて、過去に何かあったのかと感じた印象だった。
あの夜を「悪夢だった」と、捨てる事が出来ない過ちである事も知っていたし、簡単に忘れられる訳が無い。
「お前への愛が抑えられなくなって――」
彼を、いや、彼女を裏切った事を、告げる瞬間が今、やってきたのだ。目を離さない。離せない。
レオンには、言わねばならない罪の一つ。
普段前髪に隠れて見えない瞳が、不安そうな表情で、しかしこちらをしっかりと見ている。
見えていないその、光を失った透明の――
いや、透明に見えるその瞳はうっすらとオーロラの色を纏った美しい瞳。何も言わずに、けれどその瞳は逸らす事は無い。
いつか言わなければと思っていた、その瞬間がたった今になっただけだ。一つ大きく息を吐いた。
覚悟を決めて「過去、無理矢理お前を抱いた」と告げる。
途端。
僅かに表情が強張った。
恐らくそんな過去があった事への驚きと、記憶の途切れたその後に性的乱暴を受けた過去を思い出してしまったのだろう。
下を向いてしまった彼女に自分の欲に負けた話をするなんて、それがどれだけ残酷な事か十分に分かっている。
「最低の形でお前の信頼を裏切ったんだ――お前の気持ちも確かめずに」
大切な時間を何度も共にしてきたのに。
少年がひた隠しにしていた、真実には早い段階で気が付いていたのに。
動き一つで、呼吸一つで。
口数も多くなってきて――いや、実際に言葉を交わしていた訳ではないが、そう。
何を考えているか、何が言いたいか、何を伝えたいかが分かる様になってきて。
それなのに。
悔いても遅いのに、何度も悔いて。
これ程自分を憎く思った事など無かったかも知れない。
いや。
実際は色々あったのだろうが、それすらも色褪せてしまう程に自分が憎い。
「次の日俺は、お前に朝一番で謝罪したんだ」
一方で[#da=1#]は怒鳴ったり、涙を見せたりしなかった。
これがむしろ、自分の罪に重みを与えたのだ。
後悔が押し寄せた瞬間。
あの時の少年の…いや、その時にはもう、性を暴かれてしまった少女は心を涸らしてしまっていた。
枯渇した心から涙など出なかったのだろう。
あの時。
少女はただ静かに言葉を重ねて。
けれどきっと、とても怖かっただろう。
きっと目の前に存在する事でさえ怖かったに違いない。
「謝って済む問題な訳がねえ…
その日の内にお前は出て行っちまった」
当たり前の話だが、レオンには非常に大きな後悔となった。二人の間に慎重に積み上げられていた筈の信頼関係は、あの夜に全て崩れ去った。
「再会した時お前は記憶と視力を失っていて…――」
言葉で言い表せない、自分に対する怒りと後悔が心を支配してしまって、彼と、いや彼女と再会するのが怖くて逃げる様に`別荘`へと戻ったていった記憶。
彼女がその後どういう辛い経験をしたのかも知っている。
その原因を作ったのが間違いなく自分である事は逃れようのない事実。
男はすぐに突き止められて処罰されたと聞いたが。
「軽蔑してくれたらいい…俺にとって、傷付けるべきでない人間を傷付けてしまったんだ」
浅く深く、呼吸を繰り返す少女から目が離せなかった。
「お前を傷付けてしまうなんて…」
レオンの声を聞きながら、[#da=3#]は「処女が一番狭くて気持ちがいいっていうのによ!!」と罵倒されながら首を絞められていた、恐怖の中で性的暴力を振るわれていた瞬間を思い出していた。
左手に枷。
右手と右足を紐で縛って、左足の自由は男奪った。
腰元馬乗りになって、首を絞めて。
あの時首を絞めながら、無理矢理抑え付け性的暴力を奮った男は、養子として迎え入れてくれた伯爵公の手の者に直ぐに捕らえられて処分されたが、恐怖だけが渦を巻いていた。
その時に言われた言葉など、今の今迄すっかり忘れていた。
記憶の無い中で捧げていた処女は、目の前の男性に、レオンに奪われていたものだとは夢にも、思っていなかった。
首を左右に振ってまとわりつく記憶を振り払う。
「――レオン」
重々しい空気の中。
[#da=3#]はレオンの手にそっと、自分の手を乗せる。
「あ、の――何と言って良いか…」
記憶にない事だ、どう言葉で表したらいいのか。
記憶にない過去の自分は、あまり言葉を知らなかったのだろうか。
先程やっと治まった筈なのに、視界が再びぐにゃりと捻じ曲がっていく。
けれど、今話を止めてはいけない。
不安が脳内を支配していく。
止める訳にはいかない。
同じく目の前にいるレオンも不安で仕方ない筈だと、一つ息を吸った。
混乱したままの頭で、言葉をひねり出す。
「どうして…?
あの、だって――私には…」
記憶が無いと知っているのに。
隠し通す事だって、出来た筈なのに。
喉元で言葉が詰まっていく。
きっとぶつけたい言葉は幾つもあった。
言葉が出て来ない。
吐き出せない心で、息が出来ない。
「お前にだけは何も隠したくない」
世界が揺らいでいく。
その表情を垣間見る事はできない。
けれど、知っている様な。
あまり誰にも見せない様な子供の様な、困った様な顔が浮かんでいる。
今のこの光を失った瞳ではレオンの顔なんて、知る術はない。
失った筈の記憶が見せているのだろうか。
ぐにゃぐにゃと暗闇がつぶれていく様な不快な景色に意識を持って行かれそうになっている。
震える指から[#da=3#]の動揺が伝わって来る。
あの時の夜へ戻れたら自分を止めたい。
[#da=1#]を傷付けてしまった事実はもう変わらない。
彼女の世界には暗雲をもたらしてしまったのだ。強い後悔を背負った夜だった。
「ストレートに想いを伝えておけば――って、何度も後悔した」
言えない理由は、あった。
彼が神に偽った、唯一の嘘。
彼にとって、女性に戻る未来など頭に無かったのだろう。
自分があまり長くない事をよく理解していたという事だろうか。
「心無いヤツに秘密を暴かれたら…そう思うといつも不安で――」
頭では理解していたつもりだったが、結局、自分が欲を抑えられなかったのだ。
「だからずっと、お前を無理矢理傷付ける様な奴がいたらと思うと、」
突然湧き上がった『独占欲』は、本能をあっという間に支配して。
何の前触れも無く、彼女の心を壊してしまった。
誰よりも、大切にしたかった相手だったのに。
一つ悔いるなら、この愚かな行為を悔いたい。
同僚や直属の上司では気が付けない変化もあっただろうが、レオンにとってそういう変化はとても鋭い。
あまり頻繁に会えないという部分が『前回との違い』に磨きを掛けてしまっているのかも知れないが。
初めて会った時よりも外見はあまり変わらないのに、会う度に隠しきれていない本来の性の部分が気になってしまって。
「――俺は普段、お前を護れる距離には居られねえからな」
誰にも触れさせたくない、奪われてしまいたくないという焦りもきっと、あったのだろうが。
だから何だと言うんだ?
あれは間違いなく、愚行だったとしか言いようがない。
本人の気持ちを大切にしたくて、寄り添ってきた筈だったのに。
押し寄せる後悔の波がレオンを日々苦しめていて。
レオンを、赦せるのか。
自分の心に問いかけても、答えなど出ない。
『お前を抱いた』と言ったレオンの言葉を聞いた時、それが意味する何かを思い出す事は叶わなかった。
本当に無理矢理だったのか、それすら知る事はもうできないなんて。
記憶を失う前の自分は、果たしてどんな気持ちだったのだろうか。
どうして何も、覚えていないの?
果たしてレオンに対してどういう言葉を掛けたのだろうか。
いや、もしかして言葉は掛けなかったのか。
今座っている、安定した場所にいると、自分に言い聞かせながら、ぐらつく視界の中でレオンの手に乗せた手をゆっくりと滑らせた。
「きっと、神は赦されます」
小さな両手で包んだ、レオンの大きな掌。
その指は震えていて。
心が迷っていて。
どうしたらいいのか、何と言えばいいのか。
悩んでいる場合ではない。
時は流れている。
止まらない。
死を迎えたその瞬間でも、周りの者は時を刻み続けるのだ。
その仕組みは今迄も変わらなかったし、これからも変わる事は無いだろう。
「けれど私にとって、これは――試練となる」
[#da=3#]の言葉と同時に。
レオンの指先がピクリと、動いた。
「流石に、2度同じ事を言われるのは厳しいな」
長く息を吐いて笑う。
思わず笑ってしまったが、果たして本当にこれは笑っていたのだろうか。
正直笑えていたかは分からない。
表情を読み取られていないか不安になる。
何故なら、そういう事にとても敏感だったから。
今は全然見えていないのに。
じっと、表情が変わる瞬間を見て、細かい仕草を見逃さない。
観察力の強さは、トレスやワーズワースの様に汲み取るのがとても上手い。
勿論、レオンにとってもそれは得意分野だし、厳しい拷問でも口を割るのは嘘の情報である位に、嘘は得意分野である。
[#da=1#]にだけは次第に自分を偽れなくなっていった。
好意的な目で、いや。
いつの間にか性的な目で視ていたなんて、現実は残酷。
自分を制御できなくなる位にレオンの中で大きな存在になってしまっていて、言い訳にはなるがこれが[#da=3#]を深く傷付ける結果になってしまった。
そして、それが今目の前の彼女を創り上げてしまったのだ。
盲目となり、黒に近かったその髪は白髪に、血の様に赫く美しかった瞳は色素を失い一見すると硝子玉の様な、しかしよく見るとそこには薄くオーロラの様に膜を張った様な色へと変わって。
ガラリと変わってしまった[#da=3#]。
記憶を詰めた箱の鍵を失くしてしまったが、けれど内側は一つも変わらない。
外見こそ幼いが立派な女性である彼女、その瞳にはもう自分を宿していても一切見えてはいない。
彼は――いや、
「やっぱりお前は――」
小さな両肩をすっぽりと、掌で覆ってしまう。
静かに。
強張る身体をゆっくりと抱き寄せる。
最期まで傍に居て。
白紙に戻したいなんて言わないで。
レオンにとって、[#da=3#]が今、この瞬間にも「やっぱり無理だ」と言い出さないかを一番心配していて。
「なあ、[#da=3#]」
俺の。
「俺の傍に、居てくれ」
小さな身体はその身を固くして、段々と小さくなっていく。
震えているのが伝わってくる。
けれどもう、離すつもりなんてない。
「俺には、お前が必要なんだ」
隅から隅まで俺のものだ。
赦して欲しいとは言わない。
ただ。
俺の傍を離れないで。
子供の様に。
そう一心に願っていた。
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レオンさんが甘えてしまう、そんな瞬間や、独占欲で支配してしまいそうになるそんな瞬間を描いてみたくて、でも段々と文が伸びて行って、収拾がつきにくくなってしまって、もうダメかもっていう所まで来てしまって。
[#da=3#]さんに、いやもしかしたら、本当は[#da=1#]さんにちゃんと伝えたかった事を、順番に伝えようとしている、実は不器用なレオンさんが今この瞬間正直に自分を伝えているのがとても好きだなと思ってしまって。
原作にはこんな描写は無いです。
妄想でしかないのだけれど。
でも、愛娘であるファナちゃんに、会いたいけど前回より時間が空いちゃったから、会うのが不安で仕方ないレオンさんの描写があったので、やっぱり「本当に好きだと感じる人」には、めちゃくちゃ不器用なんじゃないかな?と思うとちょっと微笑ましい…(待てよ
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