- Trinity Blood -4章
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瞳は既に光を失っており、手で胸の上に載っているものは何かと確認する行為は仕方のない事だろう。
非難できる訳が無い。
あちらには何の否も無のに。
自分が心臓の音を聞いていたのだし、その音が心地良くてうたた寝をしてしまったのだから。
一見レオンの髪は癖があり櫛の通りも悪そうな髪質だが案外と手触りが良いらしい様だった。
レオン本人にしてみれば髪など日常触れるものだから気にした事もなかったのだが、申し訳なさそうにしょんぼりと肩を下げた少女に非難の仕様などはない。
「最初…大型犬、かなって」
「…大型犬」
危うく笑うところだった。
いやもしかして口元は笑っていたかも知れない。
これだけの大漢に向かってそういう印象で見ているのかと思うと照れくさいなど、言葉に合わない。
いくら『獣人』の遺伝子を組み込まれて生まれた'試験管ベビー'ではあるレオンでも、大型犬と言われるとは微塵も思っていなかっただろう。
流石に前例が無い。
今言われた事は、気恥ずかしいので誰にも言わないでおこうとレオンは静かに思った。
待てよ――
じゃあ先程夢を見ている時に感じた、髪を抜けていく風の様なあの感覚はもしかして。
あのゆっくりと髪を撫で、くすぐったい位の風で髪に絡まった感じはやはりあれは風ではない。
[#da=3#]の小さな指が髪を撫でたのだ。
人に髪を触られる事はあまり無かったが、今迄で一番心地よく感じた、様な気がした。
自分の上に何か乗ってると思って、恐らくとても緊張しながら指を寄せて撫でた筈だろう。
不健康で細い[#da=3#]の指にレオンの髪が当たって。
少女にとってもこんな場面に遭遇するなど、思いもよらなかっただろう。
柔らかく耳へ当たった指の感触は、髪をくすぐる様な感覚は、鋭い牙を持った獣を酔わせて――
軽く頭を振った。
伸ばし掛けた手を引っ込める。
危ない。
危険過ぎる。
誘惑に負けてしまいそうになる。
その時だ。
レオンのシャツを身に纏った少女の左足がゆっくりと目の前で上がって行く。
思わず声を上げそうになったその声を何とか耐える事ができた自分を盛大に褒めてやりたい。
やがて膝を抱え小さく丸くなった少女の素肌――勿論不可抗力である訳だが、露わになった内腿を僅か下から見上げてしまった事でレオンは短く声を上げて慌てて立ち上がる。
同時に小さな悲鳴が聞こえた。
音を立てて立ち上がってしまった事で、肩を上げ驚いた様子でレオンを見上げる[#da=3#]に「や、すまねえ…向こうを誰か通った様な気がして」と適当に苦しい言い訳をして、隣へ座った。
実際、誰かが今の無防備な姿を見てしまったのではないかと慌てて周囲の状況を確認してしまった。
滞在中に用意された部屋は、誰も入ってくる様子もない。
柔らかさを知っているあんな白く無防備な内腿を見たら、また押し倒しかねない。
膝を抱えて座っている事は確かにあった。
何度もあった。
けれど、まさか今この瞬間にやるだなんて流石に想像もつかなかった。
ふっと、短く呼吸をして。
レオンは「なあ」と声を掛ける。
大きな音を立てて立ち上がったレオンに対し、動揺を隠せないまま呼び掛けられた方へ瞳を向ける[#da=3#]。
返事の代わり――
そう、いつもこうやって。
返事の代わりにこちらを見た。
「もう一回やって?」
「…あの?」
言葉の意味が分からない様子で首を傾げる[#da=3#]。
「さっき、良い夢見てたから――」
腰元から肩口を筋肉質の腕で支えながら、ゆっくりと身体をソファへ降ろしていく。
強く瞳を閉じた少女が、再びその瞳を開いた時。
[#da=3#]の視界には勿論誰にも映らないが、それでもレオンはしっかりと瞳を合わせてじっと彼女を見詰めた。
「続きが見れるかも」
そういって、ゆっくり腰元へ腕を回して耳を胸元へ押し当てる。
髪を撫でてと、言っているのだろうか。
緊張して硬くなっていた身体が、徐々に緊張が弱まっていく。
腕に体重が乗ってくる。
しかしレオンにとってこの位の体重など何という事も無い。
外観が8歳程の少女は、言動や知識の豊富さを考慮しても10歳程。
しかし成長を手放しただけの[#da=3#]の身体は、17歳を目前にした女性である。
緊張が徐々に解けていく少女の身体を感じながら、レオンは胸元で鼓動を刻み続ける心臓の音を聞いている。
眠っていた時よりも、当然と言えば当然なのだろうか少し心音は早くなっているが、とても心地が良い。
戸惑いながらも、少女の腕はゆっくりとレオンの頭を抱いた。
風が撫でる様にゆったりとした動きで、指がレオンの髪を通り過ぎていく。
深く息をすると、甘い香りが鼻腔を刺激する。
あまり高くない体温の[#da=3#]は抱いているととても心地が良い。
柔らかい肌が頬に当たって、指先が耳に触れるだけで最高の気分だ。
もう離したくない、一心で。
腕の力が自然と強くなっていく。
「んっ」
「あ、」
同時に声が上がる。
「すまん、大丈夫か?」
先に声を上げたのはレオンだった。
「いえ…すみません」
腕の力が強かったのだろう。
気が付いてからばかり、反省する。
[#da=3#]の細い両腕が頼りなくレオンを頭の部分を抱いている。
耳で感じる心音が一層高鳴ったのを聞きながら僅かに震えたその指先を肌で感じた。
記憶にはなくても、やはり身体は覚えているのだろうか。
ソファへ押し倒し、乱暴をはたらいたあの日の事は鮮明に覚えている。
[#da=1#]に深い傷を負わせてしまったのはレオン自身だ。
あの時の事を、記憶の奥深くへ閉じ込めてしまった[#da=1#]の傷の深さは計り知れない。
手を離したくなかった。
原因は自分なのに。
探したいと思いながら、探す権利などないと思っていた。
心臓の鼓動を聞き、全身で感じて。
この奥深くに[#da=1#]は居る。
シャツが邪魔だと思いつつ、格別な瞬間を味わっている。
この心地良さは、例えようがない。
今は解放したくないし、何より離されたくない。
このままじっと。
ふと、こんなに人に甘える様な態度を取った記憶がない事が突然頭にぐるりと巡った。
当時深く愛し合った妻でさえ『獣人』の子孫である事を隠し心に秘密を抱えて結婚し、娘が生まれた時でさえこんなに誰かに甘え無かった筈だ。
妻を抱きしめ娘を生んでくれたので事に感謝はしたが、妻も同じく抱きしめてくれたが、それは『甘え』の感情ではない。
父親として、子供に最大限の愛情を注いでいたがそういう感情は『甘え』とは形が少し、いや全く違う訳で。
勿論女は幾人も抱いたし、自分から抱きしめる事は数え切れない程していたと思ったが、誰かに抱きしめて欲しいとか、髪を撫でて欲しいとか、そんな感情は浮かばなかった。
やや戸惑った様子であった少女の腕は再びレオンの頭をゆっくりと抱きしめて、柔らかく触れる様にして髪を撫でてくれた。
とても心地良くて、つい「ああ、」と声が漏れる。
小さな[#da=3#]の指の腹が時々耳に当たる瞬間が気持ち良くて、つい腕に力が入る。
身体がぴくりと跳ねるのが、愛おしくて。
間違って当たってしまったという様な少女の小さな指の先に「もっと撫でて」と言いたくなる。
頬に手のひらが少し触れる瞬間に「もっと触れて」と声が出そうになってしまう。
指に少し絡める様にして、優しく撫でてくれるだけでこんなにも夢心地になっていく。
動かない様に、落ちない様にとでも思っているのか時々腕で頭を支える様に抱きしめる。
本当のところ恥ずかしさもまだ残っているが、それを超えてしまう程に彼女に『触れて欲しい』という感情が先走っている。
こうやって抱きしめるだけでも本当は幸せだった。
それなのに、自分の犯した過ちがきっかけで、結局は自分の全てを取り上げてしまったのだ。
後悔は毎日した。
あれからずっと。
彼の秘密を暴いてしまった瞬間から。
彼の――彼女の心を壊してしまったあの夜から。
知って、いたのに。
可能であればもう一度あの夢に戻って[#da=1#]と心を通わせたいが、そんな事など叶う筈も無い。
そう思いながら、心臓の音を聴いて。
いざという時には自分を犠牲にする危なっかしさ。
いつもずっと、何かを難しく考えていて。
古新聞を丁寧に一文字ずつ読んでいる様な少年。
街や家族を残酷な形で、身内である兄によって葬られ、復讐を誓い兄の名を餌にし自ら[#da=1#]と名乗っていた。
兄の名で呼ばれていた間、トレスと共に行動し冷静さを学んでいただろう少年は、レオンと行動する事では一体何を学んでいたというのだろうか。
今はもう、そんな事など本人に確認の仕様がない。
抑えてきた[#da=3#]という人格を、レオンは自分がどれ程垣間見ていたのであろうかと、自分自身に問い掛ける。
今更解決できる問題など何も無い。
ただ。
一緒に行動をする中で、無防備な姿を見せる瞬間があった。
何度も喉を鳴らしていたかも知れない。
異性のそういった仕草を見逃す筈もないレオンにとって、一挙手一投足に目が離せない位に気なっていく同僚の姿に、危機感を感じた瞬間は何度もあって。
けれど少女は、以前同僚だった頃の少年とは違う。
あの時[#da=1#]は――
いつも『何と言えば良いのか』と悩み、言葉を慎重に選びながら言い難そうに声を掛けてくる[#da=1#]の掠れた、しかし何故か耳にはっきり届く不思議な声。
何故かとても心地の良い音域で、彼があまり言葉を連ねる事は無かったが不思議と好きだった。
傍にいるとつい、言葉が漏れ出ないかと気になって。
ただ、そんな少年には『体温』という障害があった。
どうしても近くにいると恐怖し、戸惑った様子を見せる[#da=1#]にレオンが提案したのは訓練をする事。
体温は誰にでもあって――
勿論本人は「人ではない、機械だ。体温など無駄な機能は存在しない」と否定していたが、トレスにも『体温』を感じる瞬間はある。
体温に動揺したり取り乱す事で、任務に就いた時にそれが妨げになってはいけない、と判断したレオンが提案した訓練があった。
眠る時に身体の一部を持って眠る、という訓練。
時間は掛かったが効果は少しずつ見られていて、日を重ねる毎に『彼の為』だった提案が『自分の待ち望んでいる時間』に換わってしまっていて。
隣で眠る少年、いや、[#da=1#]に愛しい感情が芽生えてしまって。
体温を苦手とする彼への対策のつもりだったが、いつしか大切で一番心待ちにしている時間となってしまって。
あの夜ついに。
過ちと知りながら、誰にも渡したくないという支配欲に囚われていって、一番の愚行を行った。
「――誰にも触らせたくなかった…愚かだった、俺は…」
声が聞こえる様な気がして。
姿が見えている様な気がして。
「お前と逢えなくなって、身体の一部を失くしちまった様で」
自分を責める毎日より、彼への行為に後悔が増して。
今迄自分で選んで来た道に後悔など、あまり無かったのに。
「どんな形であれ、お前と再会できた事が――」
「ん、ぅっ」
苦しくて、思わず声が出る。
誰かに何かを話している様だが、逃れるのに必死であまり分からないままで困惑している。
何故かすっかり眠っている様だった。
起こしてはいけないと思いながら、でも、苦しくて。
もしかしてこのまま潰れてしまうのではないかと思いながら、けれどこれだけの力で抱き締められていると、身動きなどできる筈も無い。
呼吸が上手くできなくて、けれど助けを求める相手などこの部屋にはいない。
「レオ…――」
一番呼吸を妨げている大漢の頭部の位置だけでも少しずらせないかと試行錯誤するが、呼吸はあまり楽にはならない。
どうする訳にもいかない。
苦しい状態が続くまま、少女の意識は徐々に薄れていった。
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いや、[#da=3#]さん…それ大丈夫?
酸素が薄くなるのって、
本当にめちゃくちゃ辛い筈なんですけど…
あ、この作品はフィクションです←
(今更)