- Trinity Blood -4章
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夢と少年。
「[#da=1#]?」
浅黒い肌の大柄な漢は、静かな夜に月を見上げる少年を見付けて声を掛けた。
少年は一見答えなかった様に見えるが、実際はよく応える。
実際の年齢よりずいぶん若く幼く見えるが、これでも教皇庁国務聖省特務分室に所属する巡回神父であり、レオンとは同僚という身である。
僧衣を纏っていないこのバルコニーの扉でさえ頭を低くしないとぶつかってしまいそうな程の巨漢は、神父とは到底呼び難い。
[#da=1#]少年と、目の前の大漢との信頼関係は少しずつではあるが確実に積み上がっているらしい。
最初は視界から逃れる様な場所に居たりトレスの傍から離れなかったり、’教授’の研究室端の暖炉で過ごしているのを見掛ける事が多かった。
単独で動き任務を行ってきたレオンに、直属の上司であるカテリーナの意図がくみ取れないまま幼い少年と任務に赴く事が多くなって、任務は難なく遂行する事は出来たが疑問は積み重なっていた。
バルコニーの石の手すりへ座った小さな少年の隣へと並んだ。
黒の髪がさらりと風に揺れる。
いや、実際は黒に程近い青なのだが、月夜に照らされた髪は美しく黄金色に輝いている。
今目の前にいるのに何故かとても、懐かしく感じてしまう。
でも、一体何で?
横目でちらりと見る少年の瞳は、前髪で器用に隠してしまっている。
風で揺れると時折その瞳を覗かせてくれるが、本人は努めて人に見せない様にしている。
吸い込まれる様な美しい色をしていて、密かに[#da=1#]の瞳を気に入っている者は多いのだが本人だけは知る由も無い様だ。
実の兄に、母に護られたまま心臓を貫かれた少女は、確かに死を迎えた筈だった。
しかし目が醒めると無傷。
街で唯一の生存者として保護された。
何か思う所があったのかカテリーナは少女の身柄を引き取る事にし、その謎の解明に当時DNA配列に於ける第一人者として名を馳せていたアーチハイド伯爵へ彼女を預ける事にした。
謎は解明できないままであったが、回復能力が身についているらしいという事は判明。
しかし研究を重ねている間に瞳の色が赤く、血の様だと言い出した者が居た。
いつしかそれが恐怖の視線に変わり、街の人間の血を吸ったから赤くなっている、殺されるかもしれないなど、少年は奇異の目で視られるようになっていったらしい。
能力を発動する際に瞳が光っていると発狂した者も、目をえぐろうとした者も、突然暴れない様に鎖につながれていた事もあったという話を聞いた。
瞳が見えない様に器用に前髪で隠して過ごしているのはそれがきっかけだったと。
本人だけでなく、相手にも使用が可能であるという能力が今後の計画に必要となって来ると考えたカテリーナはシスターとしての資格を取得させることにした。
ところが。
彼女は派遣執行官として登録する際に『神父』としての登録を強く求めてきた。
彼女の能力を手放す訳にはいかないと、派遣執行官として活動している間は神父として活動を認め、身分証も神父である事を証明する書類を発行。
少女は神に性別を偽り、少年となった。
研究施設で幾度となく切り刻まれた身体、新薬の研究被験者となって報酬を得る事にした少年は何日も寝る事を赦されない時があったり、副作用で取り乱し鎖に繋がれる事もあった、薬を打たれて眠る夜もあった。
月をこうやって並んで見上げるのは、いつ振りなのだろうか。
その時。
ふと、風が髪を撫で――
風が柔らかく通り過ぎていく。
風がゆっくりと髪を撫で、くすぐったい位の風で髪に絡まってくる。
柔らかな風が耳に当たって。
いや…
今耳に少し触ったのは本当に、風か?
「んうっ」
甲高い声が突然耳を突いた。
一気に現実に引き戻される意識。
瞳を開くと眼前に広がったのは白いシャツ、指は柔らかい感触を捉えている。
心臓の音があんまり気持ちが良くて。
周囲を慎重に確認すると、枕に抱き着く様にして身体へと巻き付いた様だった。
随分と身体に合わないレオンのシャツを纏っていた少女の素肌へと難なく侵入してしまったらしい。
それにしても何と、心地の良い。
柔らかい弾力をゆっくりと撫でると、窪みへと辿り着いて。
「ひゃう、あ、っ」
引っ張られるシャツの感覚も、腰元を捻ろうとする動きも、その身体はレオンの腕から逃れる事が出来ないままでいる。
「い、…あっ」
引き上がる声。
甘く香るその身に顔を寄せると「いやっ、怖い…!」と、覆い被さっている大きな身体を小さな掌が押した。
力いっぱい押した[#da=3#]の掌はレオンにとって大した障害にはならないが、我に返るきっかけにはなる。
身体を起こしてすぐ。
腰下から掬い上げる様にして、寝たままの体勢から起こし、ソファへ戻してやる。
ソファへ膝をついて身体を支えてやるが少女の手はレオンのシャツを掴んだまま離す様子は無い。
身長に差があるだけにレオンにとっては無理な体制ではあるが、そのままの体勢で動かずにいる。
短い間隔で呼吸をする少女に「ごめんな」と小さく声を掛ける。
白髪を揺らす少女を落ち着かせる様にゆっくり、細く頼りない少女の肩を抱いた。
数時間前に髪を引っ張ったのを謝ったが、今髪を少し引っ張った事に気が付く余裕は無かった様だ。
それとも、レオンが「痛い」と声を上げなかったからなのか、今はそんな事分からない。
ソファへは無事に座らせたが、それ以上の体勢が戻せない。
前傾になった姿勢で、衣服は掴んだままの両手。
レオンにとって大した力ではないが、無理矢理引き剥がすのもどうかと思うとなかなか動けない。
衣服を掴んで身体を寄せたままの姿勢でいる[#da=3#]を無理に離さなかったのは彼女が普段と違う行動を取っている事に、本人が気が付いていないからだ。
勿論原因は自分にある。
けれどレオン自身が行った行動が要因になっている事も確かだ。
急ぎ過ぎているかも知れない。
「――ごめん、な…さい」
何故か、彼女は謝って。
目が醒めたらレオンが胸元へのしかかって寝ているなんて思いもよらなかっただろうに、何故[#da=3#]が謝る必要があるというのか。
衣服を掴んでいた小さな手の力が弱まっていく。
やがてその手は少し不健康な肌の膝へと辿り着いた。
肩を離した先で、[#da=3#]は呼吸を整えるかのように静かに大きく息を吸い込んだ。
ソファから足を降ろしその場に腰を下ろすと、ヴェールの様にするすると肩から落ちていく白髪が窓から差し込む太陽の光を受けて美しく光っている様に錯覚する。
「お前が謝る必要あるか?」
ばりばりと後頭部を搔きながら問い掛けると暫く言い難そうにしていた口許で「…髪を、撫でたから?」とそう言った。
少し見上げる距離にいるレオンの瞳を覗いている。
起きたら自分の上に何か乗ってたら、当然誰でも驚くだろう。
ましてや彼女は目が見えないのだ。
起きたら息苦しくて、それが何か確認したらレオンの頭がどんとのしかかっているなんて、誰に想像できたのだろうか。
「怒ったのでは…――」
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