- Trinity Blood -4章
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戸惑いの天使。教授?
戻ったのはワーズワース神父が普段仮眠室として使用している一角だった。
せめて自室へ戻れたら少し違ったのに、とため息をつく。
でも自室に戻って、レオンがまた尋ねてきたら、自分はどんな顔をしていいのかが分からない。
会って気まずい訳ではないが、今は会いたくない。
気持ちの整理が付かないし心が落ち着かない。
これが、気まずいと、やはり言うのだろうか。
「大丈夫かい?」と先程一度だけ声を掛けられたが、それ以降ワーズワースは声を掛けてこない。
「大丈夫です」と一度返事はしたものの、大丈夫な訳がない。
今自分がどんな顔をしているか、想像もつかない。
次にワーズワースに何か声を掛けられたら、もう自分は返事ができないだろうと思っている。
何故レオンに「連れて行って下さい」と言ってしまったのかは分からない――けれど、何故か断る事が出来ずに返事してしまった。
あやふやな気持ちで返事をしてしまった訳ではない。
誰かに相談する訳でもない。
感情に流されてしまった訳でもない。
ただ何故か。
本当にこれで良かったのかと、未だに自問自答を繰り返している。
深いため息が奥から聞こえてきた。
レオンの香りが一緒に部屋まで付いて来ている事から、暫く一緒に居たのだろう事がよく分かる。
髪の染色の具合を観察する為にここに滞在する様にという言いつけを守り、ここへは戻り難いだろうに、少女はワーズワースの下へと戻っていた。
挨拶もそこそこにすぐに仮眠室へ向かってしまったが。
カテリーナから連絡を受けていた為、経緯は何となく想像がつくもののどういう話をしたのか詳細は分からない。
昨夜予定していた分を取り戻そうと、忙しく過ごしていたワーズワースにとって手を止めるきっかけになったのは、戻った少女の表情を見てしまったからだった。
何か話をしたのか。
何を話したのだろうか。
複雑そうな表情で下を向いていた少女。
大丈夫な訳がないのに「大丈夫」と返事をするところは、一切変わっていない。
そんな少女の顔を見てしまったものだから一区切りついた訳でもないのに、パイプへと手を伸ばしてしまった。
椅子へ背を預けると窓へ目を向ける。
コトコトと窓を叩く風が吹いている。
仮眠室から何か、聞こえて来ている様な気がして。
慎重に姿勢を戻しながら耳を澄ませる。
彼女はあまり多くは語らないが、頭の中で色々と難しく考えてしまっている。
頭の中に彼女の思考が入り込んで来るような、心の声が聞こえてくるような錯覚に陥ってしまう事が有るのだ。
本人は何も言っていないのに。
音を立てない様にゆっくりと立ち上がって、ワーズワースは仮眠室へと足を進めていく。
覗いてはいけない、というより、行かなければという感情に囚われて背中を押されるように足が進んでいって。
辿り着いた先には扉が無い。
トントンと壁を叩いてやると、小さく丸まった少女が戸惑いながらゆっくりと起き上がりこちらへと顔を向ける。
「そっちへ行ってもいいかな?」
紳士はそう言いながらゆっくりと傍へ寄った。
「ワーズワース神父――」
ベッドの端に座った優しい声のこの部屋の主人に瞳を向ける。
何も言える事もなく、何を言っていいのかも分からない。
髪をさらりと撫でると、人工的に染まった金髪が揺れる。
僅かに肩を上げた少女に口元が緩んだ。
可愛らしいと思ったが今はそんな事を思っている場合ではない。
「わたし…――」
どうして自分が、選ばれたのか。
自問自答しても答えが出ない。
一見すると色素の無い硝子玉の様に透けた瞳だが、じっくりと見るとオーロラを切り取った様な美しい瞳だ。
硝子を思わせる瞳が不気味だと誰かが言ったのだろうか。
美しい筈のオーロラの瞳が曇っている。
全く分からないとそう言って、[#da=3#]は小さな声で呟いて視線を下に向けてしまう。
どうやら抱いた事が無いだろう感情に戸惑っている様子だ。
となるとレオンとどんな話をしてきたかは安易に想像できるが、そんな事に考えを巡らせているばかりではいけない。
ワーズワースはオーロラの瞳を覗き込みながら。
「私が口を挟む事ではないけれど」
[#da=3#]にこんな話をする日が来るなんて、全く考えもしなかったが、今その瞬間が目の前で起こっていて。
いや、自分が誰かの心をこんな風に押す事があるだなんて予想もしていなかったと言っても過言では無いだろう。
自分自身にさえも驚きを隠せぬまま、しかしさも道を説いて来たかのように振る舞うワーズワースの瞳へと[#da=3#]はゆっくり顔を上げた。
彼の、[#da=3#]への――
いや。
[#da=1#]への愛情は偽りはないだろう。
レオンが抱いていた感情が一時的なものでは無かった事だけはここまで来るとはっきり理解できてしまう。
「レオン君は君が記憶を失くす前からずっと、君の事を愛しているんだよ」
動揺を隠せない少女が不安な表情でこちらを向いている。
こんな表情を見せてくれる日が来るなんて。
彼女が性を手放した時に、見せぬ様に努めていた表情。
トレスと共に行動し『女性』である事を表に出さない様に訓練を行っていた[#da=1#]。
兄の手で家族が、友人が、街の人達の生命が奪われなければ。
幼い少女は兄への復讐を誓う事も[#da=1#]と名乗る事も、その身を餌にして戦いに身を投じる事も恐らく無かっただろう。
[#da=3#]にとって一体何が、どれが、本当の幸せであるかどうかを知る術は本人しか知る由も無いのだ。
記憶を手放した少女は――勿論記憶を手放すのはこれが初めてでは無かったが、以前とははっきりと状態が違う。
もう記憶が戻る事は無いという見解だと、養父であるアーチハイド伯爵がそう言っていた。
記憶より生命を選んだのではとも、言っていた。
非科学的な事であり、遺伝子研究の第一人者であるアーチハイド伯爵らしくない言葉ではあったが、実際彼女を見ると納得できない事ではない。
あの時そういえば。
レオンに手を差し出された際に、その手に導かれる様に立ち上がった[#da=1#]に驚かされた事を思い出していた。
あの時、既に何かお互いに惹かれる事柄でもあったのではと振り返ってしまう。
性別などを通り越してしまう恋愛関係の中では、そういった話も生じる事があるだろう。
一般的にはそれを『普通の幸せ』と一括りにしている者の愚かしさを見下している。
愛しき婚約者を失った過去が関係しているのだろうが、主たる二人の気持ちを考えず、話のタネに想像し面白可笑しく四の五の言う外野は鬱陶しいものだ。
何故そういった話に繋げたいのか理解できない。
愛する者を失ったワーズワースにとって恋愛の話はどこか醒め切った感情で見ていたが。
嫉妬心に近い、黒い感情を持った自分が、彼――
いや彼女と接する事で心の奥の黒い感情で鍵を掛けた『愛情』という感情が、自身に再度芽生える日が来るなんて思いもよらなかっただろう。
勿論、自分自身がその感情に一番驚いているが、これは愛しい女性と育んだ愛情とは少し違う。
子供がいる訳でもないのに子供への愛情が芽生えている様な不思議な感覚だ。
服の裾が引かれていっている様な感覚。
彼女の僧衣を握っている指先が僅かに震えている。
「…驚いたかい?」
昨夜僧衣を握った時とはまた表情が少し違う。
勿論あの時は眠っていたが。
もしかしたら[#da=1#]と任務を共にする事が多かったレオンは、こういう表情を一番見る機会があったのかも知れない。
羨ましいという言葉が過ってしまうのは一種の嫉妬心からなのだろうか。
「記憶を失くす前の君は、ずっとレオン君からのストレートな愛情表現に戸惑っていてね」
表情を見詰めながら。
記憶を詰めた箱の鍵を失くしてしまった少女は、不安定になると意識が消失する事が有る。
不安定な状態が続かない様に、慎重に、ワーズワースは物語を語る様に話を続ける。
「記憶を失くした君を、もう一度口説くなんて」
不安なのだろう。
なるべく冷静に振る舞ってやらないと。
優しい口調で「君への愛情は本物だろうね」と伝えてやる。
想像以上にレオンは[#da=3#]の、いや[#da=1#]への想いは強かった様だ。
そんな記憶が無い[#da=3#]にとっての心境は複雑だろう。
「…私、迷惑にならないでしょうか?」
目が見えない事でレオンに迷惑を掛けるのではと、気にしているのか。
口を挟まずにじっと続きを待つ。
「私が居ない方が、お仕事の妨げに成らないのに…」
声が、僅かに震えていて。
指が、微かに僧衣を引いて。
自分が光を失っている事で、レオンが傷付くのを恐れているというのがよく理解できた。
「君の不安は分からなくもないけれど」
レオンにとって、障害にもならないだろう。
いや、そのリスクさえ愛しく思うのだろう。
任務や自分の生命の危険より優先される事柄が、彼女なのだ。
「それでも君を選んだんだよ?」
勿論見えている訳ではないが、彼女にとっても、自分で気付かない間に大切な存在になってしまっていた事に戸惑いを隠せないのだろう。
「妬いてしまうね」
ふふ、と。
喉奥でワーズワースが静かに笑う。
愛しき人よ。
私には貴女だけ。
永遠を誓い合った婚約者へと想いを巡らせながら。
我が子の様な愛しさで接してきた事に、今やっと気付いた。
ああ。
愛しき我が子よ。
君を見送る日がこんなに早く来るなんて。
腕に縋って、静かに涙を流す[#da=3#]を見下ろしながら。
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ああー
ただの純愛になってない??
恋愛要素がほぼなかった自HP小説に、一番戸惑ってるわ(どういう事)
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