- Trinity Blood -4章
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店から連れ出して、通りとは少し離れて歩いている。
横道に逸れて。
短い間に、何度もこの道を歩いた。
何故か昨日の事みたいだ。
もう何年も前の事なのに。
階段を上がり、道に沿って歩いていく。
少し小高い先から、随分遠い所まで見渡せる広い所へ行けた筈だ。
小路を歩いて。
階段を登って。
少し開けた所へ出た。
そこは街を一望できる高台だ。
太陽がゆっくり景色の向こうへ進んでいる。
日が暮れるにはこの時期のこの時間では少し早い様だ。
[#da=3#]を伴って高台の先端へ足を進めていく。
少し後ろから付いていく幼い顔立ちの、記憶を失くした少女はレオンに引かれる様に歩いていて。
立ち止まったレオンに気付いて、すぐ後ろで足を止める。
風が少し強い。
どうやら高台の様な見晴らしのいい場所の様で。
何故か懐かしく感じる。
瞼の奥に瞳を仕舞い込んだ。
風が自分の存在を確認するかのようにゆっくりとすり抜けていく。
「ここへ来たら、今日は終わり…か」
3歩程前で、レオンがぽつりとつぶやいて。
ここは何度も来た。
[#da=1#]が記憶を手放した時、毎日この界隈を歩いていて。
幼い神父が前を歩いて、レオンはそれを追っていた。
――この場所に来ちまうなんて俺の思考はどうなってるんだ?
高台の端へ寄り、柵へ手を置いたレオンは[#da=3#]の方を向いた。
「来いよ、」
声に導かれる様にして、やや躊躇いがちに少女はレオンの傍へ寄った。
声のする方へ顔を上げた。
見上げた少女は前髪で器用にその瞳を隠していて。
そういえばあの時もここでレオンを見上げた。
あの時こちらを見上げた瞳は赫く血の様で。
美しくとても綺麗だったが、何故か瞳を隠してしまっていた。
レオンは大きな手で細く折れそうな少女の手を引いた。
並ぶ様に柵へ寄せると「まだ夕陽にはちょっと早かったか」と呟くレオンへ、[#da=3#]が顔を向けている。
「多分今後、この話をする事は無いと思うが――聞いてくれ」
レオンは柵へ腕を置いて、金色の瞳は前髪で器用に瞳を隠している幼い少女へと向いている。
「俺は囚人だ――」
ぽつぽつと、しかしはっきりとした口調でレオンは話を始めた。
遺伝子操作技術によって造られた「獣人」の子孫である事。
妻にその力を恐れられた事で裏切りに遭い、結果30名もの聖職者を手に掛けた事。
娘が難病で、ミラノの特別病棟で加療中である事。
今は、刑務所で服役中だという事も。
禁固刑は千年であり、任務の度に減刑が約束されている。
娘の安全が保障されるなら、どこにでも身を置くと言った。
話を聞いている間、[#da=1#]はレオンの僧衣の端を持っていた事を思い出しながら。
記憶のない自分の事を知ってどう思うのだろうかと、一抹の不安はあった。
話を終えてから暫く。
何の言葉も発する事はなかった。
自分の事を軽蔑しただろうか。
いや、その通りだろう。
妻に裏切られ結果30名もの聖職者を手に掛けた事は事実。
消える事が無い過去。
ただ短く「後悔はしてないぜ」と、レオンはっきり言った。
風が横切っていく。
柵に手を置いた少女の横顔を露わにして。
色素のない、硝子玉の様に透けた瞳が垣間見える。
瞬間。
惹き込まれそうになって。
レオンは覗き込む様に瞳を見た。
よく見ると薄くオーロラの様な。
とても、綺麗だ。
瞳に魅入られてしまうになる。
何故こんな美しい瞳を隠しているのか。
喉が鳴る。
肩へと手を伸ばして――
しかし肩へ辿り着く前に手が止まる。
[#da=3#]が一筋の涙を流したのだ。
それがどんな言葉より強く、重いものであったか。
レオンが手を止めたのにはこれ以外にも理由があった。
あの時、[#da=1#]が涙を流した瞬間を鮮明に思い出した。
行き場を失いかけた大きな手が[#da=3#]の肩へ辿り着いて。
「な、えっ」
言葉が続かない。
目の前の大漢――いや、レオンが。
[#da=3#]を抱き締めた。
呼吸ができない位、強く。
「待っ…」
全身が体温に包まれて。
同時に、恐怖で心が支配されていく。
「ガルシア、神父…っ」
強い力で、抱き締めるその腕が。
知らない筈なのに――記憶にあって。
怖い。
でも、どうして。
ずっと、知っていた様な。
「[#da=3#]…ッ」
「…ん、っ」
風の音でさえ、草木の音でさえ、レオンの心音には敵わない。
心臓の音が近い。
腕の中でその音を感じて。
こんなに怖いと感じているのに、どうしてこれ程までに。
「もう――居なくならないでくれ」
手の届く距離に居て。
目の届く範囲に居て。
レオンの心臓が叫ぶ様に、近くで聴こえて。
不安になる。
「なあ[#da=3#]――今、すげー情けない顔してるからよ」
その腕に抱き締められたまま。
レオンが小さく笑った。
「見ないで、そのまま聞いてくれ」
腕の力が少し強くなって、心音が高まって。
見える訳がないのに、何故そんな念を押すのだろうか。
「お前がこの先どれだけの人間に逢うか分からねえけど」
抱き締められているからか、分からないが。
全身に言葉が降り注いでいるような。
「誰か一人を選ぶなら」
言葉に染められていくような。
言葉が流れ込んできて。
腕に、指に。
力が入ってしまう。
「俺以外を選ばないでくれ…っ」
恐怖に溢れそうになっていた[#da=3#]の心が、突然戸惑いの色に変わる。
心音が入り込んできて、少女の心音と重なっていく。
「――あ、…レ、オ…ッ」
呼吸が。
「いき、が…」
「あ、おっと…わり」
力が緩んだ。
抱き締めたその腕が少し震えて。
「へっ、締まんねぇな――」
レオンが喉奥で笑う。
腕の力を解いてから、人工定期に染まった金髪を撫でる。
髪がするりと重力に従って、レオンの指をすり抜けていって。
「なあ[#da=3#]、いや…」
風がふわりと、二人を包んでいく。
左手を取ったレオンに、しかし[#da=3#]の手はその動きに逆らえなかった。
「ついて来て、頂けませんか――お嬢さん?」
心臓が跳ね上がる感覚。
どうして。
左手が引けない。
動かせない。
何故。
[#da=3#]の瞳は既に何も見えていないのに、レオンの方を見ている。
「私…本当にお役に立てないから――」
足手まといになってしまうのはつらい。
[#da=3#]から、レオンは目を離さない。
「俺が生きる理由になる」
指の先まで暖かい大きな手。
「生きる理由…」
「そうだ」
言葉をくり返すと、すかさずレオンが短く言い切る。
「返事は急ぎたくない」
左手を引いたレオンが「けど」と、少し低い声で続ける。
「さっきも言ったが、6日経って返事が貰えなかったら――もう一度お前を説得しに来る」
何故か頷いてしまいそうになる。
けれど「一緒に、俺と来てくれ」という言葉は『仕事だから』という誘いではない様な気がして。
引かれたその左手に、[#da=3#]はゆっくり自分の手を乗せて。
どうして同行の相手が同僚の神父でもシスターでもなく、入ったばかりの、まだ研修中の身の自分なのかが分からない。
この話、続きはあるのだろうか。
レオンはこの、同行の理由を果たしていつか説明してくれるのだろうかと、心の奥で投げ掛けながら。
「私が貴方の…生命を紡ぐ理由になるなら」
消えそうな、小さな声で。
大きなレオンの手に乗せたその手が、少し震えている。
「どうか、私を連れて行って下さ、」
言葉も終わらぬ内に。
突然少女はレオンの腕の中に再び抱かれた。
「あ…えっ」
足が地面に付いているだろうか。
軽く浮いている、様な。
想像以上にレオンは大きいという事なのだろうか。
バランスを崩した不安定な身体は、その身を任す事しかできない。
下手に身体を動かすと落ちるかも知れない。
背中を照らす夕陽が脳裏に描かれていく。
ここから見る夕陽が好きだった様な気がして。
――…でもどうして?
[#da=3#]の疑問は言葉になる事は無かった。
「俺は順番を間違えた」
耳元ではなく、上からゆっくりと降って来る様な言葉。
「簡単には会えない距離に居たから、焦っちまったんだ――」
無理矢理組み敷いたりして…
無理に抱いた事を後悔している。
軽率だった事を、後悔している。
「…怖かっただろ?」
誰に語り掛けて、誰に問い掛けているの?
しかしこの疑問も言葉にはならない。
怖い筈の体温が、身体中に染み込んでいく。
身体がレオンの体温を求めているとでも言うのだろうか。
でもどうして。
知る事がとても、怖くて。
でも知らないと、いけない様な。
思い出さないといけない様な。
どうして、こんなに懐かしく感じてしまうの。
「今度こそ順番は間違えねえから――
もう一度俺に口説かせてくれ」
体温と共に染み込む様に、今度は、ゆっくりと抱きしめられて。
身体に言葉が響いていく。
鍵を失くしたままの記憶の箱を、優しく包まれていく様な。
失った筈の鍵が形を取り戻そうとしている、様な。
感覚が、狂って。
・
記憶を取り戻す予定はありませんが。
このままじゃちょと路線が変更になっちゃうからちょっとストップ。