- Trinity Blood -4章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
仮眠室で。教授
随分と長くなった髪は膝裏を越すか越さないかという手前。
すっかり色を変えた髪をトレスに結い上げて貰い’教授’の部屋へと移動した。
髪の染まり具合を確認して貰ってからは、この部屋のバルコニーで過ごしている。
バルコニーの一番奥に規則的に並べてある柵へその身を寄せ傍へ座っていたが、暫くして肘を手すりへ置いた。
見えてはいないこの景色は何故か懐かしく感じて。
「ああ、」
この世界が見えたら、とため息。
頬を撫でた風が何かを問い掛けている様な、頭上を通り掛かったらしい小鳥が何かを囁いている様な。
小鳥の姿を確認する事は出来ないし、目視で風が見える訳ではない。
ここからの景色は、とても好きだった様な。
背中を伸ばして天を仰ぐと、そのまま手が身体を伸ばしていく。
伸び切った身体が心地良くて、喉元で小さく声が漏れた。
ハッとして、両手を降ろす。
以前レオンにあまり不用意にそういう事をするなと注意された事を突然思い出したのだ。
人影が無いか、誰かの視線を感じないかと注意深く左右を確認したが、視線などを感じる事は無い。
しかし、ふと。
それがいつの事だったかを思い出せずに首を傾げた。
コーヒーの苦い香りが脳裏に蘇る。
レオンと一緒に居る時は何故かコーヒーを飲む事が多い。
他の同僚と居る時や、お世話になっている養父のアーチハイド伯爵の家族と過ごす時は紅茶が主体の為、レオンがコーヒーを出してくれる印象がとても強い。
レオンを思い出す時は、コーヒーの香りを色濃く思い出す。
脳裏に焼き付いているらしい香りが、しかし何故脳裏に焼き付いているのか記憶には一切無い。
膝を抱えて柵へとその身を預ける。
思い返してみれば、ここ暫くレオンとは会えていない。
初めて逢った時にはとても紳士的な印象だった彼は、次に逢った時に全く別の印象で。
ただそちらの方が、何故かずっと好きだった様な。
笑った時に感じた、子供みたいな表情がとても好きだった様な。
けれど、何故かは全く覚えていなくて。
それが少し。
記憶の箱が勝手に開いて、全てがこぼれていった様で悲しいと感じ、涙を流した事が有った。
ここから先、自分がまた何かのタイミングで記憶が消えてしまったらと思うと、不安になってしまって。
そんな事ばかり考えていてはいけないとは分かっているが、過る不安が拭えない。
バルコニーの扉が開く音が聞こえたのはその時だ。
「[#da=3#]君、あまり長い時間外にいてはいけないよ?」
そうだ、以前。
僅かなスペースに登って座って、いつの間にか眠ってしまっていた事を突然思い出す。
『無防備にするな』というレオンの言葉が頭の中でぐるりと回った。
「あ、はい」
慌てて立ち上がる。
レオンがその場にいる訳でもないのに。
周囲を気にしてしまった。
これだけ高い所に居ても、どこから誰にどの様に見られているかなど、全てを把握できる訳ではないのだ。
無防備で居てはいけないと、言い聞かせながら過ごす様にしている。
けれど風を感じるバルコニーで過ごす時間はとても好きで、ついこうして長時間を過ごしてしまう。
こちらへ戻る迄待っていてくれたらしい’教授’が「この時期でも日が暮れたら気温は下がるからね」と、出迎えてくれた。
「さ、ついて来給え」
「はい」
’教授’の後ろ、3歩離れた先を追い掛ける。
通された先は、研究などで時間が不規則になるとここで寝起きする事が有ると、一度教えて貰った、ベッドのある部屋だ。
その時は「仮眠室の様な所だけどね」と話してくれたが、その場所で滞在する。
「今回は試験的な事だから直ぐに色は落ちる。けれど経過を見る為、私と一緒にここから先3日間はこの部屋に滞在するんだよ」
「分かりました。宜しくお願いします」
窓のない静かな場所の様だった。
普段’教授’から香る甘い香りに包まれていく。
左右をゆっくりと見渡して距離を測ると4畳程の距離だそうだ、という事が分かった。
「元々資料室のつもりで用意してくれたみたいでね」
しかし研究や資料の作成で日々忙しく過ごすワーズワース自室に戻る時間が惜しい事が多く、資料室として設置された場所を仮眠室へと変更させたというのだ。
経過を見て数日の間、夜はここで過ごす。
なんとなく初めて来た感じはしないが、以前もここに来た事があるのだろうか。
記憶を失くす前に何度か足を運んていたという事は、少し前にワーズワースが教えてくれた。
『お茶会仲間だった』と言うワーズワースの言葉を思い出して心が少しだけ、痛くなっていた。
・