- Trinity Blood -4章
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見えない色。トレス
カテリーナ・スフォルツァ枢機卿の影武者の一人として活動していく契約をしている。
特に、執務室での『お務め』が主になっている。
『お務め』の一環として、一度試験的に髪を染める事になった。
成分を調整されている為、今回の染め剤の効力は2日程だ。
部屋へ入ってきたトレスは、テーブルへと何かを置いた。
音からすると、恐らくはジュラルミンケースだ。
しかし、妙にその箱は小さくて、本当にジュラルミンケースであるか自分の感覚を一瞬疑う。
「縦175㎜、横220㎜、奥行き80㎜の小型ジュラルミンケースだ」
自分の感覚を疑ったのを、読み取られたのだろうか。
不思議な話ではあるが、トレスには何故か心を読み取られている様な。
一度確認した事が有るが「卿は機械ではない、人だ。俺は人の思考回路を読み取る思考を組み込まれていない」という答えが返ってきた。
一息にそう言われただけだったが、何故か不安が取り払われた様な感覚になって。
「[#da=3#]・アーチハイド伯爵令嬢」
突然呼び掛けられると背筋が伸びるのも、もうすっかり「いつもの事」である。
「髪を染める、洗面台のある位置へ移動しろ」
「あ、はい――」
背格好は兎も角『お務め』らしく見える様、先日髪を一時的に染める事を提案された。
’教授’から預かった小瓶を取り出したトレスに誘導されて、傍へ寄った白髪の女性を誘導し浴室へと向かう。
「可及的速やかに衣服を脱ぐ事を推奨する」
自室として準備された部屋へは、先日移ったばかり。
普段とは違う空間に居る事で、周囲を警戒している様だった。
浴室へ着いても誘導したトレスの手を離さない。
不安がそうさせている様だった。
養女として迎えられて間もなく、その瞳は光を失って。
暗闇の世界を歩み始めた途端。
自室として用意された部屋で性的暴力を受けた記憶は、彼女にとって辛い記憶の一つだ。
光を失った世界で、突然に受けた非道の仕打ちを忘れろという方が無理な話。
「俺以外には誰も居ない。安心しろ」
声のする方へ向く白髪の女性。
僅かに震える手は、トレスの手を離した。
衣服を脱ぐとその背が露わになると、うっすらと凹凸のある肌を、硝子玉の瞳が巡る。
僅かな機械音と共に浴室に掛けられたガウンを手に取り、無駄な動きを一切せずにガウンを着せた。
肩口にバスタオルを掛けて洗面台の傍へと促した。
促された[#da=3#]は、肩を寄せる様に小さなその背をトレスに向けて座る。
小瓶の蓋を取り、[#da=3#]の背後でコチコチと音が鳴る。
スプレーを振り掛けている様子だ。
どこでどう身に付けたのか、手順を覚え込んできたのか。
手際よく髪を梳かしていく。
自分の髪がどうなっているかはどう見ても見えないが。
少し鼻を付く匂いが漂ってくる。
さらりと肩口へ流れようとする髪を反対の指で受け止めて、根元からゆっくりと毛先にスプレーしていく。
専門家だろうかと思わせる様なトレスの手際が、段々と心地良く感じる様になって。
背を向けたままの世界で、コチコチと音が鳴る。
その背の向こうで髪の色が少しずつ変化しているのだろう。
一度もまだ見た事がない、美しい金髪の巻き髪。
どんな色か、想像はしているが。
消えた記憶からすり抜けて、色を想い描く事はできる。
色を知らない筈のこの脳裏に美しいとされる金髪が描かれて。
枢機卿の緋の法衣をその身に纏い、澄んだ香りがする女性。
想い描いた女性の美しさは息を呑む程で――
不意に。
「いや、っ」
唐突に立ち上がった女性はトレスへと振り返る。
トレスは彼女が動くのを止めなかった。
恐らく彼女が立ち上がる瞬間に肩を抑える事は出来た筈だ。
しかしそれどころか。
「謝罪する。損害状況を報告しろ」
「…ごめんなさい――あ、のっ」
震えた彼女は一度その身を洗面台へ預けたと思ったが、そのまま脱力して床へ座り込んでしまった。
「[#da=3#]嬢」
[#da=3#]に合わせてトレスが腰を下ろしたらしい。
声が近くに聞こえる。
洗面台下にある棚部分に身体を寄せ、背中に押し付ける。
震えた身体を落ち着かせる様に努めている様だ。
「…わた、し」
視力失ったその身で受けた性的暴行。
相手の性癖は歪んでいて。
征服欲求を満たす為の行為だそうだが、信頼関係など微塵も無く、ましてやそれが無理矢理組敷かれた性的暴行であれば受ける相手は愛情など一切感じない。
それどころか死の恐怖を伴う。
首へ触れたトレスの指に身体が反応し、奥底へと閉まっていた恐怖を呼び起こしてしまった様だった。
「今のは不可抗力によるものだ」
強く瞼を閉じて、呼吸を整えようと必死な様子の[#da=3#]に、トレスのその手は行き場を失くしている。
――俺には恐怖を計測出来ない
小さくなりその膝を抱えて伏せる様に下を向いた[#da=3#]へと、声を掛ける。
返答の無いまま震える幼い女性。
トレスの表情は変わらないが、僅かな機械音が静まり返った狭い部屋で響いた。
気を付けてはいたのだが。
自分の行動を計測して指を動かしていたが計算が間違っていたのだろうか。
素肌へ触れぬ様に細心の動きを再計算する。
完全に困惑してしまっていたが、トレスにとってそういった感情は表現し難い。
「俺はどうすればいい。回答を」
けれどその質問には答えない。
答えている余裕がないのだろう。
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