- Trinity Blood -4章
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心の居場所。
カップを持ち上げたところで。
「よお、[#da=3#]!」
突然声を掛けられて。
「同席しても?」
[#da=3#]の返事を待たず、隣に座った相手。
声の主は教皇庁国務聖省特務分室に籍を置く、レオン・ガルシア・デ・アストゥリアス神父。
僧衣を纏っていなければおよそ神父とは言えぬ風貌だと聞いたが、瞳が光を閉ざした[#da=3#]にはレオンを想像する事は難しい。
しかし何故か、よく知っていた気はして。
レオンの指がカップの縁をなぞり女性の手の動きを止めると、そのままカップを持ち上げる。
テーブルに残っていたソーサーへカップを戻させ空にした[#da=3#]のその手をレオンの大きな掌が包み込む。
「あ、え…」
突然起こった事に戸惑いの声が漏れて。
見えている訳では無いがその瞳はレオンに包まれた手を追っていく。
「丁度車を調達しに行った帰りにお前さんが見えたんでな」
「え?ああ、あの――」
前髪で器用に隠れたその瞳。
そういえば、彼女の瞳の色は?
小さなその手は握られたまま。
レオンは[#da=3#]の瞳を慎重に覗き込みながら「こんな所で、食事か?」と問い掛ける。
手を引いても全く動く素振りがない。
肩を寄せて、緊張していく身体。
「ちょっとレオンさん!」
2人の間に割って入ったのは長身の神父だった。
「もー![#da=3#]さんがガラの悪い人に絡まれてるんじゃないかと思って焦っちゃったじゃないですか…っ!」
一緒に食事に出た長身の神父は僅かな間席を外しただけだったが、レオンにとっては都合のいい瞬間だった様だ。
怒るアベルに対しあまりに堂々と「おいおい、俺みたいな紳士に何て失礼な」とふん反り返る。
「何が紳士ですか!どう見たら紳士なんですか!」
「いやいや、お前さんは外見しか見てないからそういう事言うんだよ」
[#da=3#]を挟んで論争は盛り上がっていく。
左右で聞こえてくるその論争は、聞き慣れていたような、いや、違っていた様な。
この感じが、嫌いでは無かった様な。
そう言えば外見について聞いた事が、あるような。
ああ。
考えを巡らすごとに。
思い出そうと、するごとに。
心が潰れていく――
「そんな事…っ!いや、レオンさんはもっと外見も何とかして下さい!」
「ばーか、」と言葉を返し掛けたレオンがふと何かに引かれた様な感覚に気が付いて振り向くと、反射的に素早く手を出して[#da=3#]を抱き止めた。
突然糸が切れた様に意識を失い、その身をレオンの腕に預ける様にぐったりと倒れ込んだ。
「え――あの、?」
アベルは驚いた様子で暫く目を白黒させていたが、レオンの腕に受け止められた[#da=3#]へ掛け寄る。
覗き込んだその表情が、苦しそうな気がして。
しかしそれが、アベルにはまだ何か分からない。
「レオンさんこれは…あの、一体何が起こったんです?」
レオンはあまり驚いた様子ではなかったが「危ねえ危ねえ」と胸を撫で下ろしている。
「いや、前にこの瞬間に遭遇した事があってな」
何が原因かは、大事な部分は言わずに。
元を糺せば、勿論きっかけの糸口となったのは自分だったが、視界から光が消え去った事で起こった事件だ。
光が閉ざされた[#da=3#]が乱暴を受けた案件はアベルも報告を受けている様だ。
しかし意識を失う事があるという事実を知る者は確認している限りごく一部の者だけの様だ。
目の前でうろたえるアベルにレオンは説明はしない。
「この瞬間って…以前にも気を失っちゃった事が?」
ぐったりとその身を任せている[#da=3#]の身体に慎重に触れる。
椅子へと体制を戻してながら「ああ、」と短く返す。
「拳銃屋に聞いたんだが…何とかっていう、精神的に不安定になって意識を失う現象らしいぜ」
一見すると少女の様だが、外見に反して彼女は成長が止まってしまっただけで立派な女性である――を、抱き上げて、歩き出す。
「そんな――」
アベルは足早に進んでいくレオンを追い掛けながら、腕の中で苦しそうな表情を浮かべたままレオンの腕の中でぐったりとその身を任せる彼女を、不安そうに覗き込んでいる。
「意識を失っている時間は、時と場合によって違うみたいだがな…」
車の前で立ち止まり「悪いが開けてくれ」と言われ、アベルは言われた通り車の扉を開ける。
開いた扉の先、車の助手席へ[#da=3#]をその中に慎重に乗せてからシートベルトを掛けてから、レオンは運転席へと回った。
「戻るだろ?ついでだ、送るぜ」
アベルに「乗れよ」と声を掛け、エンジンを始動させた。
・
・
・
精神的な発作で意識が消失してしまったのは[#da=3#]としては2回目だが、実はもう何度もこの現場に遭遇している。
相棒と呼んでいた、[#da=1#]。
現在は別の人格を形成しつつあるが、[#da=1#]は意識を手放す瞬間が何度もあった。
彼の意識の消失は不安や病などではなく、能力消失に関わるものではないかと結論付けられており、実際彼は気が付いたら意識を消失している瞬間があった。
前触れはあった様だった。
'教授'が「最近よく眠っている」と、気にしていた件だった。
世界が揺れ曲がり、視界がぐらつく。
世界が粘土の様になりぐにゃりと世界を押し曲げる様で、視界が突然に変化するらしい。
言葉で具体的に説明してくれた事があった。
その瞬間の込み上げてくる様な気持ち悪さは一言では説明し難いと言っていた。
確かに吐く瞬間というのは気持ちが悪い。
しかし何かを吐く訳では無い。
腹の底が下から押し上がっていく様な、例え難いものだからだ。
彼とはもう、殆ど別人格となってしまったが。
彼女は、精神的な事とはいえ意識を失う事があるのだ。
本当に精神的な事が、原因なのだろうか。
’教授’は「能力の消失では」と、[#da=1#]へ話していた様だった。
窓から差し込んだ太陽の光を受けて白髪が輝いている。
寝息を立てる[#da=3#]の髪を撫でながら、美しいなとぼんやり思っていた。
髪色はすっかり違うが懐かしさを感じる。
「…う、ん」
少しの間を置いて。
慌てて起き上がった彼女は、左右を見渡していた。
目を醒ました瞬間、外ではない確認した様で。
周囲を警戒して。
勿論見えている訳では無い。
視界は相変わらず真っ暗で、もう既にそんな世界は見慣れている。
しかし、見慣れた世界はワーズワースが開発した骨伝導を応用した、補聴器の様な機械で鮮明に形作られている。
起き上がった時に腕に付いた十字架が鳴った。
反響音で部屋の広さが認識できる。
ゆっくりと頭を動かして、今自分がどこにいるか、誰と居るかを確認して。
なるべく冷静に声を掛けなければ。
「…よう、眠り姫」
「あの…すみません…」
静まり返った部屋にぼんやりと言葉が滲んで消える。
意識を失った事、レオンがここまで運んでくれたらしい事に気が付いた様だ。
「ずっと、無かったんだろ?」
「…はい」
下を向いてしまった。
暫くは意識を失う事が無かった様だった。
一過性の意識消失があり、脳全体が一時的に必要とする血液を十分に行き届ける事が難しくなる『神経調節性失神』という疾患で、気持ちが不安定になると起こる、という事だった。
慎重に、言葉を選んで。
「何か悩み事か…心配事でもあったのか?」
レオンに向いたその瞳は、けれどレオンを映さない。
光を失った瞳がたしかにこちらを向いている。
どう話せばいいか、どう伝えたら良いかと喉元で言葉を選んでいる様な女性。
不安な表情が垣間見えて。
兎に角今は、締め付けている不安が何かを明確にしたい。
「ん?」
促しても、[#da=3#]はその瞳を下へ向けただけ。
喉元で何か、言おうとしている様な。
何が引っ掛かっているのか、彼女は言葉を発しない。
「不安で感情が満ちてしまうと心の居場所が無くなる」
静かな室内で。
言い出しにくそうに、僅かな間口元で言葉を躊躇っていたが「覚えのない事を聞かれて…」と話し始める。
不安が渦巻いている様子で、苦しそうな表情が垣間見えている。
「[#da=1#]・[#da=2#]さんという方について覚えがないかと聞かれたんですが…――」
呼吸を整えながら。
どう説明したらいいかと、言葉を巡らせながら。
「もし大切な事だったらと思って…――
特務の後ワーズワース神父を尋ねたのですが、不在で…」
どうあるべきか分からない。
自分であるべきその『自分』とは一体、誰なのか。
誰であるべきなのか。
誰でなければいけないのか。
かき乱される心が悲鳴を上げて。
平静を保とうと必死だったが、限界になったと言う事か。
「誰がそんな無責任な…」
言いたい事をため息にして、一息大きく吐き出した。
「いいか?そいつは教皇庁国務聖省特務分室、派遣執行官の巡回神父だ」
意を決したレオンは、必要な情報を開示してやる。
本来なら上に指示を仰ぐべき内容だが、今そういう細々したやり取りを行っている場合ではない。
こちらを向いた白髪の女性。
その瞳には何も映さない。
しかし、光を失った瞳は間違いなくレオンを見て。
「…神父?」
「ああ、」と短く返事を返す。
「[#da=1#]・[#da=2#]はまだガキだったが、めちゃくちゃ頭の切れる奴で、俺や拳銃屋…トレスと組む事が多かった」
懐かしいとは、言えない。
彼は今この瞬間にも、人格を変えて目の前にいる。
同僚だったその子供が失踪した原因はレオン自身だからだ。
付かず離れない、あの距離が好きだったのに。
求めてしまった。
心が獣に取り憑かれた様に。
傷付けてしまって。
出来るだけ[#da=1#]と[#da=3#]が『別人』である事を、強調しておきたい。
これは譲れない。
何故なら、この問題に直面した彼女が目の前で苦しんでいる。
その事態を引き起こした、引き金となったのは間違いなくレオン本人なのだから。
内なる獣が蠢いて。
本能が性欲を支配した瞬間の事だった。
彼の意思を尊重したかった。
その傍に居たかった。
しかし。
性欲が獣を羽交い絞めにして。
秘密にしていた衣を剥ぎ取ってしまった。
過去が覆る事はない。
「任務中の事故で生命を落としたんだが――
死体が上がらない事から、トレスはまだ死亡確認に書き換えて無いがな」
静かに。
レオンはそういった。
瞳がこちらを向いている。
その瞳には。
何も映っていない。
しかし確かに彼女がこちらを向いている。
瞳は、何色なのか――
前髪で器用に隠したその瞳。
間近で向き合う大漢と、幼い外見の[#da=3#]。
甘い香りがレオンの鼻腔に入り込んで。
息を呑んだ。
突然前髪に触れた指に驚いて、その身を逸らした[#da=3#]を大きなその手が追い掛ける。
短い悲鳴が聞こえたが、レオンはすぐにその手を離さなかった。
「アイツが失踪したタイミングでお前さんが出て来たから…ま、疑う奴も多いだろうがな」
夕日に照らされて輝くその白髪が美しい。
美しく照らされた世界。
本人が決して見る事が出来ない美しい世界。
その光を、景色を奪う原因となったのが自分だったとして。
できればずっと。
彼を――いや、彼女を傍に置きたい。
だが今は、囚人として足枷を持つ身。
最愛の愛娘のその生命を護る事が、自分の生きる意味。
そのたった一つの目的で動いていた筈のレオンの心に、もう一つの選択肢を生み出そうとしていて。
頭を軽く左右に振った。
「派遣執行官は特に死と隣り合わせの任務が多いし、死に関しては基本公表されない。姿を晦ましたと思って探している奴も大勢いるんだ」
話を聞きながら下を向いた彼女の小さな肩を抱き込む。
泣いている様だった。
「背格好は似てるが、性別、髪色、瞳の色――何から何までアイツとは違うのにな」
腰元から背中へ沿う様に腕を添わせてゆっくりと抱える。
肘を身体に当ててから隙間の無い様に這わせ、肩甲骨辺りを掌で支える様に抱き締めてやる。
「消えた記憶と関係あるか不安だったんだろ?」
突然、スイッチが入った様に意識の扉が閉められていく。
「記憶にないだけに、とんでもない話をしてくる奴もいる」
少しずつ力を込めて。
「惑わされるな、大丈夫だから――」
体温が苦手だと気が付いたのは、レオンに出会ってから。
自分に迫りくるこの暖かさが非常に苦手だと気が付いてから、しかしその謎が解ける事は無く現在も原因不明のままだ。
「あ、の――
ガルシア、神…んっ」
レオンの腕にすっかり収められてしまった白髪の女性は、その身体を押し返そうとするがこの大漢に力で敵う筈も無く。
腰元から背中へ沿う様に腕を添わせてゆっくりと抱える。
肘を身体に当ててから隙間の無い様に腕を這わせ、肩甲骨辺りを掌で支える様に抱き締めてやる。
「んぅ…――」
意識を手放していく[#da=3#]を、その腕で強く抱き留めてやる。
ぐったりと腕の中で脱力し、レオンへその身を預けてしまった幼い[#da=3#]を、ベッドへと寝かせてやった。
「誰だよ…こいつに要らん事を吹き込みやがった奴は――」
恨みを強く込めた様な低く唸る声は、正に獣の其れだった。
「…[#da=1#]」
再び静まり返った部屋で。
レオンは小さく、愛しいその名を呼んだ。
・
記憶を戻すつもりは実はないのですが…
一つくらい事件を起こしても良いなと思って作り始めて。
間もなく1ヶ月経つだなんて…本当頭の良い事で。
(自爆とはまさにこれか)