- Trinity Blood -4章
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起きてすぐ、廊下を歩いていた。
聖務の約束を果たす事を決めて、訓練を終えてからはこの廊下を歩くのは日課――いや、習慣にする為に努めて行っている。
例え慣れた場所であっても、感覚は常に研ぎ澄ませておきたい。
少し先、5m程の距離にある三叉路から、重たい足音が聞こえて来る。
前に出るのを躊躇してしまいそうになる。
この音。
聞き覚えがある。
彼は、少し苦手だ。
力がちょっと、強くて。
「…ああ、」
その足音の主は足が早く、すぐに角から姿を現した。
見えている訳ではないが、飛び出して来た様な、と言った方が近いかも知れない。
何か急ぎの用事か、まるで風を切る様に足を進めていた足音はぴたりと止まっていた。
「お早うございます、[#da=3#]・アーチハイド伯爵令嬢」
こちらへ寄って、声を掛けてくれた。
彼は勿論、悪い人ではない。
だが何故か苦手に感じている。
理由が全く分からない事が一番気になっていた。
もしかしたら記憶がない過去のどこかで、ブラザー・ペテロとは会っていたのかも知れない。
一方で、ブラザー・ペテロは彼女とまたどこかで逢いたいと思っていた。
初めて社交界で逢った時に見た、あの装飾を施した腕輪が気になっていたのだ。
あの腕輪は、記憶にあった。
鮮明に。
そう、あの時恐怖に駆られた幼い少年が刃の様に瞳を向けて。
あの時の少年が、もしかしてこの女性と何かつながりがあるのではないかと仮説立てていた。
その疑問を解決したかったのだ。
調べても何故か有耶無耶となってしまう情報に、教皇庁のあの鉄の女が一枚嚙んでいると疑ったのだ。
直接確認できる機会があればと思っていたが、まさか早朝のこんな所で逢えるとは思わなかった。
「丁度良かった。少しお尋ねしたい事が」
言葉を慎重に選ぶつもりだったが。
思わず口をついて出てしまった言葉に我が身の事ながら反省する。
ああ、なんと不躾な。
だがもう止まらない。
「ご令嬢には、双子――」
いや待て。
彼は、あの幼い少年は『神父』であったし、ファミリーネームが全く違う。
「いや…ご兄弟は?」
問われた[#da=3#]は二度ほど瞬きをして。
静かに下を向いた。
「兄が4人…とはいっても、アーチハイド伯爵の養子ですので私はどの兄弟とも血のつながりはありません」
養子だったのか、と心の中で呟いた。
アーチハイド家の人間とは一応面識はあったが、確かに誰とも目鼻立ちが似ているとは思えない。
それにあの一家は男ばかりだった様なと、初めて名を聞いた時から疑問ではあった。
そうなると、もしかしたらやはりあの少年とは…――
好奇心というのだろうか。
「そうか…いや、養女になる前は?」
ブラザー・ペテロは言葉を選ぶ事をすっかり忘れてしまっている。
言葉を発してから後悔しても遅い。
何かに押される様に口をついて出てしまう言葉は、目の前の白髪の女性の耳へ届いてしまった。
「すみません」
僅かに下を向いて「何と説明したらいいのか」と申し訳なさそうに呟いた[#da=3#]は、目の前でそそり立つ大きな赤い壁に向かって顔を上げた。
目の前にいる男が何故赤く、大きな壁の様に思えたのかは分からない。
前回社交界でぶつかった時の事が印象に残ったのか、街で会った時の事が印象に残っているのか。
この疑問が解決する事があるのだろうか。
ぶつかって助け上げられた時に腰に手を置かれたその位置で大体の身長を把握する事は出来たが。
アベルが「あの方ほら、ちょっと大きいですから」と発した言葉が印象に残っているのか。
それとも、街で男達に声を掛けられた時に助けてくれた際に男の一人が「でかい」と言っていた事が印象に残っているのか。
それとも…もっと、前から――?
その瞳はペテロへと向いているのに、ペテロの様子を窺う事は出来ない。
「私、記憶が…」
どう説明をしたらいいのか。
記憶を失った経緯は伯爵から聞いている。
だがこの話を説明したところでペテロは一体何を知ろうというのか。
質問の真意が何か分からない。
ペテロが求める答えは、記憶を失った説明をした事で解決する事柄では無い様に思う。
何をどう、いや、どこからどの様に説明したらいいのか分からない。
困惑しつつある中で。
「[#da=1#]・[#da=2#]という名に覚えは?」
油断していた。
突然飛び出して来た一人の名前。
[#da=1#]という名は聞き取れたが、一体その名の人物は誰なのか。
ファミリーネームが聞き取れなかった事を後悔する。
記憶を巡らせる。
以前街でペテロに出会った時に「時間があると足を運んでその姿を探している」と言っていた『知人』という人物と関係があるのだろうか。
突然そんな事を聞かれても、期待された回答ができない。
残念ながらその名は記憶にないからだ。
何故――
何故だ。
彼と。
あの『神父』と。
何故そんなに繋げようとする?
ペテロは言葉を抑えきれなかった自分に驚いていた。
少し手先が震えている自分が居る。
動揺を隠せない自分が情けなく感じる。
慎重に、[#da=3#]へと目を向けた。
僅かに期待をしている自分が居る。
しかし動揺ではなく、明らかに困惑した表情で首を傾げている盲目の女性。
「[#da=1#]…様、ですか――?」
聞き覚えが全く無い。
しかし尋ねられるという事はもしかして、どこかで会っているかも。
いや、言葉さえ交わしているかも知れない。
あるいはすれ違っているのかも。
こんな早朝にペテロとすれ違った事が関係しているのだろうか。
そういえばペテロは急ぎ足だった様な――
そうだとしたらもしかして、[#da=1#]という人物を探して回っていたのだろうか。
しかし廊下を歩いていたが、誰ともすれ違わなかった様な。
どう回答していいか悩ましい。
[#da=3#]の様子を目の当たりにして。
[#da=1#]・[#da=2#]という人物にどうやら心当たりがないと結論するに至った。
「混乱させてすまない…――以前街でお会いした時にお話しした『知人』が、貴殿の装飾品であるその腕輪と同じものをつけていたので」
言われて「この腕輪、ですか?」と、指先で腕輪を撫でた[#da=3#]に目を奪われる。
思わず喉を鳴らしてしまった。
十字架が腕輪に当たり、高い音が鳴って。
「反響音等を活用して障害物などを回避しやすい様にと、視力を失くした私に合わせてワーズワース神父が開発して下さったものです」
尊敬の意を込めた様な、そんな表情ではあったが。
「…あ、ああ――そうで、あったか」
危ない。
返事が遅れるところだった。
ウィリアム・ウォルター・ワーズワースは確かにこういった物を開発している事は、聞いた事がある。
教皇庁国務聖省特務分室の’頭脳’であるのも認識している。
言われて見れば、納得もできる。
同じ人物が作っているものならばデザインも似てくるだろう。
「すると――その左耳も?」
性別も、こちらへ向ける表情も全く違うのに。
幼さの残る女性は丁度、あの神父と同じ背格好で。
動く度に鼻腔の奥で感じる甘い香り。
何故か、同じ人物ではないかと疑ってしまっている自分がいる。
左耳に点いた装置は、骨伝導というものを活用し、脳に刺激を送り反響音などで空間を描くものだ。
分かり易く説明しようと思いながらも「…えっと、こう…頭の中に空間を再現させるみたいな」と説明したらいいかと、首を捻りながらうーんと唸って。
「あ、分かりにくいですよね…すみません」
どう伝えればいいのか、うまく説明し難い様子だったが、つまりこの視界に入っている空間が頭の中に浮かび上がっているという事なのだろう。
見えていない様で、見えていて。
見えている様で、見えていないこの世界。
彼女の視える世界に興味が少し沸いた。
しかしあまり[#da=3#]と廊下で立ち話などをしていると、いつまた、先日の様に短髪に刈り上げられた端正な顔立ちの小柄な神父に咎められるか分かったものではない。
何故かあの青年は、この盲目の女性の動向を気に掛けている印象が強くなっていた。
恐らくあの日の夕暮れ、帰路を急いだあの時に、トレスの同行を断ったのにペテロを伴って帰ったのが許せなかったのだろう。
あれだけ感情的に見える事があまり無かった様な気がして、トレスがこの幼い女性に対して妙に過保護に接している様に見えてしまい、何故か印象に残ってしまった。
そうまるで――
いや、思案に暮れている場合ではない。
見付かってはまた面倒だ。
そもそも、書類を片手に急いでいた事を思い出す。
「お引止めして、申し訳も無い。では、私用がある為失礼する」
言うや否や。
返事も待たずにペテロは足早にその場を去った。
その姿を追う様に、去っていく足音の方へ身体を向けた。
見える訳もないが。
それにしても。
「[#da=1#]、さん…か」
何か引っ掛かりを感じながら、[#da=3#]は消えゆく足音に一礼して、再び廊下を歩き出した。
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いや。
何かアクションをと思って、
其の名を出してみたはいいけど
さてここからどうすることやら…。
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