- Trinity Blood -4章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
廊下で。ペテロ?
用意された場所は昨晩過ごした客間ではない。
何故か知っている様な気がする一室。
静かで、風が時々窓を叩く。
小さいベランダの様なスペースも、覚えがあった様な不思議な気持ちで、少し悲しくなった。
悲しい気持ちが起こる訳でもないのに、妙な不安に駆られてベランダから戻って、近くのソファへ腰を下ろした。
暗くて狭い世界に取り残されていたのを助けてくれた、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿。
彼女の思惑も、そして心の奥で燃える炎の色も、全てではないがこれから事に協力する事を条件に、全てを保証すると言った言葉が命綱となり、暗闇の筈の世界は見通せる様になった。
訓練の賜物だと言ってくれたが、そうではない。
彼らが闇の世界に光を灯してくれた事で、歩く事を、この先の短い命を生きる事を許されたのだ。
彼らが自分をどう扱おうと、その身を捧げたい。
そしてウィリアム・ウォルター・ワーズワース神父の高度な技術は、[#da=3#]を明るい世界へと導いてくれた。
骨伝導を応用した装置が左耳へ装着された時。
それはまだ調整の第一段階ではあったものの、それまで見えていなかった筈の空間と世界が突然浮かび上がる様な感覚。
それまで草木を掻き分けて歩いていた暗闇の空間で感覚を養う事で空間の再現が可能になったとは言われたが、これだけ絵に描いたような空間把握が出来るなんて、ワーズワース神父の技術でしかない。
負傷した傷や怪我など、この景色を手に入れる為のものだったら、痛みさえ薄れ消えてしまう程の些細なものだ。
踵を2度鳴らして、バルコニーへと繋がる扉へと足を進めた。
髪留めを外すと、すっかり長くなった髪が重力に従ってさらりと流れていく。
肩口に留まっていた髪も、風に靡いてさらりと落ちる。
「んん…」
石造りの手摺りに上半身を任せて、その腕を伸ばす。
石畳の床へと座ると、少し足が痛かった。
そのまま床へ足を伸ばしていく。
ゆっくりと身体を起こし、石造りの手摺りへ肘を乗せる。
見えもしないのに、月を見上げて。
以前は月に1度ここへ足を運んでいたが、いつの間にかここへ来る事が普通になってしまった。
いや。
もしかしたら、本当はここにもっと縁があったのではと思っている。
ただ残念な事に、それは思い出せない。
ワーズワース神父が「お茶会仲間」と説明してくれた。
記憶を失くしたのは初めてじゃないと、確かにそう言った。
混乱させたくないから、といいながら、それでも言葉を紡いでくれたワーズワース神父。
閉じられたままの記憶の扉。
風がひやりとする。
肌寒さを感じるが、[#da=3#]は何故かこの風を嫌いになれない。
ここへ初めて来た時にガルシア神父に「記憶が無い」と言った時に「記憶は今からでも創れる」と言った。
あの時はとても紳士な人だと思ったけど、次に逢った時には全く印象が変わっていて。
でも何故か、こっちの方が好きだった気がして。
ガルシア神父が笑うと、見えない筈なのに見えている様な不思議な感覚にとらわれる。
この笑顔が好きだった様な。
新しく組み上げられて構築されていく記憶。
以前の記憶を取り戻す事で、この記憶はどうなるのか。
新しい記憶は崩れ落ちて消えてしまうのか。
以前の記憶も、新しい記憶もきちんと残るのか。
記憶を巡る問題は複雑だ。
静かに月から目を離した。
月はただ照らしている。
しかし。
その月を姿は瞳に映らない。
下を向いて、肩を抱く。
意識がぼんやりと、眠気を訴えている。
部屋へ戻らなければ。
ガルシア神父が、あの時。
耳の奥で、声が蘇る。
ゆっくりと流れ込んできた、低い声。
僅かに怒りを含んだ声の奥で黒い感情が蠢いて見えた。
見える筈も、無いのに。
肩を抱くその手が強く、そして確かに一度震えた。
ぞくりとして。
耳元を隠す様にして、逃れる様にバルコニーを後にした。
その様子を見守っていた者がいる事には、気が付かなかった。
・