- Trinity Blood -4章
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ここでじっとしているばかりではない。
手の感覚を最大限養う為に、精を出している。
着たり使ったりする訳でもないが、指先を使う事を目的に毛糸を使って編み物をしている。
手先の感覚が分かっても、編み目を知る事は難しくデザインもまだ統一される感じはしていない。
編み物は音が出ない為、周囲の音がよく聞こえる。
不審者や訪室者が近付く音も、把握しやすい。
廊下から聞こえる音が段々と近付いてくる。
この音がどこから聞こえるか、あの音は誰からの足音か。
ああいう高い音は何と何がかち合って響くのか。
『勉強』も捗る。
扉の向こうから随分離れているのに、何故か音には敏感で。
この音…――
知っている音。
そう、足音が近付いてくる。
『[#da=3#]?間もなく神父レオンがここへ来ますので、静かにね』
「はい、シスター・ケイト」
静かに、というのはこの隔離されているとはいえ細い棚を挟んで同じ空間である。
レオンは鼻も利くし、目も耳も普通の人間に比べると非常にいい方だから、ばれる確率は高いだろう。
平たく言うと『お留守番要員』の彼女は、一日の大半をここで過ごす事になるので誰が来ても静かにしておく必要がある。
編み物や点字で時間を有意義に使えるのは非常に充実しているといえる。
しかし、静かに過ごさなければならない分神経はすり減る。
聖務に差し支えないかが一番の神経の使い処である。
今は編み物をして過ごしているが、もう少し指先の感覚を養えたら字や絵を書ける様になりたい。
高望みは精神的な疲労を伴うと知ってはいるが、出来る事が増えるのは悪い事ではない。
「ようシスター・ケイト」
思案を続けていると招かれた様に、ノックも無く突然扉が開く。
シスター・ケイトが事前に教えてくれた事と、足音が聞こえていたからレオンが来た事は気付いていたが僅かに身体が跳ね上がったのは確かだ。
『神父レオン、もう少し静かに入って下さいましね?』
「へーへー分かってるよ」
どかりっとソファへ腰を下ろす音がする。
「先日の任務の報告書纏めてきたぜ」
出費や損害報告を纏めたもの、状況を纏めたものを一式テーブルへ置いてからソファに背を預けて足を組む。
『今回の任務も大変だった様ですわね…カテリーナ様も流石に今回は心配されていた様ですわ』
「流石に、って…普段どんな扱いなんだ俺は…――
まあいいや…俺ぁ刑期が縮まるなら何だってするからな?」
愛娘の為に。
レオンの方向性は実にストレートだ。
一度も向きが変わった事が無い。
『カテリーナ様は間もなく戻られます、待機なさいますか?』
「いや…」言い掛けてレオンはふと執務室を見渡す。
「おい、配置が少し変わったな…」
『ええ、書類が増えたので棚を一つ新調しましたの』
泣きぼくろが印象的な女性はテーブルの後ろを指し示すが「ふうん」と気のない返事をするだけでレオンはそこを気にしている様子はない。
じっと、レオンの動向を確認している。
その棚の裏へと、意識を向けている。
「で、…中にいるのは?」
「あら、流石ですね神父レオン」
しかし答えたのは、シスター・ケイトではなく。
開いた扉の方から聞こえてきた。
「これは猊下」
立ち上がるレオンに「楽にしていいですよ」と声を掛けるとそのまま進んで奥の方へと腰を下ろす。
カテリーナが腰を下ろすと、レオンは今座っていた場所へと座り直した。
「いいわ…紹介する為に貴方を此処へ呼んだのです」
手元のベルを一度鳴らす。
それは高いが心地の良い音を奏でた。
ややあってから奥でコトコトと音がして、書類棚の一箇所が開いた。
それは人が一人やっと通れる様な隙間ではあったが、緋色の法衣を身に纏った女性がひょっこりと顔を出す。
「はい、あの…お呼びでしょうか?」
聞こえてきた声は昨夜も、そして朝も聞いた愛しき声。
甘美な香りが鼻をくすぐる。
「神父レオン、彼女とは何度か逢いましたね」
「これはこれはお嬢さん」
カテリーナの声を合図に立ち上がると、レオンは緋の法衣によく似せた衣類を隙無く着こなした[#da=3#]の傍へと素早く寄った。
深々と頭を下げる。
見えてはいない事は分かっている。
「ガルシア神父?」
「確かに遠目で見ると分からないでしょうがこれは…」
「体調が良くない時やスケジュールに合わせて影武者として待機をお願いする事にしました」
レオンは「へえ」と声を漏らす。
「これって役に立つんです?」
まあ言われてよく見れば。
遠目に見たら間違えないだろうが近いと違和感は拭えない。
隠せない身長などをどうカバーするのか。
それに、もし誰かが来たら?
「不在を悟られたくない時に滞在して貰うだけですからね」
椅子の上で足を組んでカテリーナは「それに」と続ける。
「約束の無い者は、シスター・ロレッタが止めてくれるわ」
そういえば、一度シスター・ロレッタには止められた。
レオンは納得したような表情で頷いて見せた。
納得したかどうかなんて、実際は分からない。
表情を偽るのは得意な者同士。
心はお互い探り合うしかない。
ではもうシスター・ケイトが立体映像を出したらいいのでは。
しかしそれには難点がある事は分かっている。
透き通る。
影武者などこれ位の人間は何人もいるだろう。
カテリーナが今迄影武者を作らなかったのは秘密裏に進めている計画が漏れない様に、という事と、そして情報は正確に取り入れていたいのからだろう。
「一度その秘密基地を覗いて見てもいいですか?」
カテリーナは「ええ、入れるなら」と口の端をやや上げながら返す。
「随分細いって事か…ふむ」
覗き込む様に奥に頭を突っ込むと、確かにレオン程の大柄な人物では難しそうな幅だ。
何とか通れると言った所だろう。
敵襲にでも遭ったら間違いなく瞬殺、だろうな――
レオンは静かに体制を戻した。
横で控えるその女性は、自分が命の危険に晒される事実をどう思っているのか。
「不在時間はこれから際限なく増えます。彼女の役割は大きいものになって行くわ」
そう言ったカテリーナの表情は少し硬いものだった。
その鳶色の瞳に映した[#da=3#]の身を案じているのか。
いや、それとも。
これからの大戦への一手をどう打つかを、検討しているのか。
難病に苦しむ愛娘の、その生命だけを1分1秒繋げたら、護れたらそれでいいという一念で生きているレオンにとっては、きっと今のこの生活などただの一小節に過ぎない。
――筈だ。
覗き込む様なその瞳には、もう光は宿っていない。
レオンはこの瞳が、自分を写す日が来る事を永遠に願って、永遠に望まないだろう。
その瞳に光が戻る事によって、愚行を思い出してしまう事にならないか、目の前でその恐怖が浮かんでは消えていた。
・・・
うーん
暗く終わるつもりは無かったんだけど……
この世界をお借りして私が紡がせて頂いているこの物語はただただ想像と妄想の世界であり、共感者など一人も居ない。
悲しみはなく、ただただ毎日を自分の栄養剤として生きている…つもりなのですが…。
本当は幸せになって欲しい筈なのになー
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