- Trinity Blood -4章
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影。×
早朝時間通りトレスが迎えに来た。
しかし。
何故かちょっと不機嫌だった、様な。
レオンが居る事に気が付いて「何故ここに居る」と、扉の傍で何やら問答をしていた。
それを聞きながら準備をして、別の部屋に移動する。
着替えを終える部屋へ移る事になり、レオンとはここで別れ、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿と謁見する予定がある為、トレスに連れられて歩いていた。
着替えも終わり、メイクも施されている。
髪もセットされて。
自分では全く見えないので仕上がりの具合も分からない。
どういう顔になっているんだろうか、違和感なく仕上がっているのか、不安ではあった。
最後に見た自分の顔すらもう殆ど、覚えていないけれど。
白髪の髪を巻かれて、分け目がついて。
あまり自分の瞳が好きではなかった事から、前髪で綺麗に隠して居たので顔を出すのは一番覚悟が要った。
でも何故か、覚えていないけれど。
とても嫌な記憶だった事だけは鮮明に覚えていた。
心臓が飛んでいきそうな位緊張している。
思わずトレスの僧衣の端を握ったまま移動している。
しかし気が付いたのはトレスの足が止まった時だった。
無意識の内に自分の手が彼の僧衣の端を持っていた。
しかしここに来るまで距離が結構あったにも関わらずトレスは一言も声を、掛けて来なかった。
廊下の先で、トレスの足が止まる。
ノックをする音が手前で聞こえる。
「どうぞ」という声が聞こえ、一呼吸。
「失礼する」
扉を開けるトレスに先導されて部屋へ入ると、カテリーナの声が2人を迎えた。
「…ああ、『らしく』なりましたね」
「おはようございます」という言葉をすっ飛ばして「本当ですか?…あの、今更ですがちゃんとなっているかが一番心配で…」と、不安が先に口をついて出てしまった。
言葉遣い、仕草、クセなどに至る迄の細かい所までを学ぶ為、生活を共にした時期もあった。
「大丈夫です。シスター・ケイトも、神父トレスも、それから’教授’も。貴女を最大限サポートするわ」
カテリーナが立ち上がる気配。
コツコツとヒールの音が聞こえる。
この歩幅も、何度も練習した。
近付いてきたその気配に姿勢が伸びる。
「さあ、手を出して」と言われ両手を前へ出すと掌の中で音が鳴り、僅か冷たい感触。
「執務中はそれを装着けてね。説明した通り、装着けている間は声が変わります。使う事は無いと思いますが……念の為よ」
手触りでよく分かる、装飾が施されてたチョーカー。
事前に説明を受け、違和感の無いようにと何度か調整を繰り返したもので’教授’の造ったものだ。
「分かりました」
一息、ふっと息を吐いて姿勢を正す。
「そんなに緊張しないで。もっと堂々と」
「…はい」
そんな事を言われたって。
緊張しない方が凄い話だ。
「訪問者と謁見する訳では無いわ。貴女はここに滞在してくれたらそれでいいの」
指の先で感覚を確かめながらチョーカーを首へと装着する。
宝石が施されているらしい部分の中心から少し外れた楕円形の物を押すと、声が変換される仕組みだ。
変換や首の声帯に沿って当たっているかを確認する為に、一度装着したので位置は覚えている。
「これは万が一の為のものです。言葉を発する機会が無いと良いけれど…」
手を引かれて椅子に座る。
増設されたこの席は窓越しに設置された錯覚を利用した席。
執務室へ入るとここは死角になり、潜伏していてもまず気付かれる事は無いだろう。
普段枢機卿として明け暮れる執務の数々に病状が悪化して休息を取る事と、表向きは説明されている。
詳しく言うと止められかねない。
カテリーナは錯覚を利用した特別席へ座った[#da=3#]の肩へそっと手を置いた。
そこには同じ香りを纏った、近くで見ると見分けが付いてしまう幼い顔立ちの、しかし外見は兎も角彼女は立派な女性である――が、気恥しそうな表情で僅かに俯いている。
「事前に説明した通りよ、日中はそこで滞在してね?」
男性に乱暴を受けた時に保護を受けた時に養父に手を引かれて辿り着いた先で、訓練をサポートしてくれる事を約束してくれたややハスキー掛かった、しかし心地のいい高い声。
若くして枢機卿としての職務に就いたその女性は、訓練をサポートする代わりに、ある『契約』を持ち掛けてきた。
それはここに、滞在する事。
約束を交わしたカテリーナからは「細部迄カテリーナ自身と同じである事」を要求された。
髪を伸ばす事。
一切のマナーを学び直す事。
歩く時の歩幅、音、細部に至るまでを全て学んだ。
窓越しからその姿を見ればスフォルツァ枢機卿が執務を行っている様にしか見えない様に錯覚させる為の手段だ。
執務の合間にでもあまり時間の取れない忙しい人だ。
スケジュールも分刻みのものが多く約束がない人物とは会わない。
[#da=3#]は秘書見習いとしてシスター・ケイトの傍に居る事を、事前に説明されている。
盲目である事は、未だ気付かれてはいない。
気付かれない様に注意は必要だが、歩く際も食事をする際も、戸惑う姿はなく自然に振る舞っている。
それ程’教授’の発明した骨伝導を応用した装置が彼女に合っていると言っても過言ではない。
[#da=3#]の過酷ともいえる訓練の成果でもあるが、本人は骨伝導を応用した装置の賜物だと信じ切っている様だった。
影武者として白羽の矢が立った[#da=3#]は普段からここへ訪れる為、執務室へ入り易く気取られ難い。
出る際は奥で着替えてしまい「失礼しました」とでも言えば誰も不審がらないだろう。
「シスター・ケイト」
『はい、カテリーナ様』
「彼女を、頼みますよ」
シスター・ケイトはカテリーナの計画を知る数少ない一人。
休養な訳がない――
この方は…
しかし、その思考は止まる。
「ミラノ公、あと429秒で出発の時間だ。アベル・ナイトロード神父が到着する時刻になる。準備を」
「そうね。
――では[#da=3#]、数時間で戻ります」
「あ、はい…行ってらっしゃい」
初日は数時間。
しかし緊張している。
何かの役に立つ事はなく、ただただ窓際に存在し気配を放っていればいいのだ。
仕事の内容は一見するとあまり重要ではないが、ここへ存在する事がカテリーナにとって重要な役割を担っている事になる。
その時の為にここに存在する。
目が見えず、文字等を読む事ができないので、書類や情報の漏洩に繋がらない事から都合の良い人材である事は違いない。
そして何より。
彼女は、いや彼は必要不可欠な存在だったのだ。
彼が、戦線から離脱してしまった事で思惑は外れたが。
しかし思わぬ形で計画は見直された。
幾分かの変更はあったが、いずれ動く大きな変革に既に目を向けているのだから。
カテリーナは[#da=3#]に背を向け、静かに歩き出した。
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