- Trinity Blood -4章
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甘く塞がっている傷も恐らくあと数日で綺麗に塞がるだろう。
痛みもあまり感じない。
トレスの後ろを付いて歩いていく女性に、段差があっても凹凸が多い道に差し掛かっても特に注意する事はない。
視力を失った女性は、この半年で確実に成長していた。
トレスの後ろから迷う事無く歩き、躓く様子もなくワーズワースが待つ滞在先の山荘に歩いていく。
滞在先が近くなるにつれ甘い香りが漂ってくる。
ノブの位置を確認してから扉を開けると髪がふわりと流れ、甘い香りが絡み合う。
外の空気と交じり合って溶けていく甘い香りに心残りを感じてしまう。
「やあ、来たね」
こちらに気が付いた様子で、’教授’は「迎えに行ってくれてありがとう、トレス君」と声を掛けている。
「肯定。正確な位置を把握している俺が行くのが最善と判断した」
「ふふ、そうだね」
今とても穏やかな表情をしているのだろうと、「ワーズワース神父…すみませんお待たせしてしまって」’教授’へ頭を下げる。
彼はそんな謝罪など耳に入らなかった様で、そんな事よりも彼女の身体の状態を気にしてぐるりと全体を見て回りながら「ああ…傷がだいぶ減ったね」と安心した声でそう言った。
「私は、君を待つ時間も気に入っているんだがね」
そう言って、’教授’は笑った。
小屋に通じる扉を開け[#da=3#]に中に入る様に促すと、一つ頷いてから’教授’の傍へ寄った。
ただ、’教授’の言葉の意味が分からずにいた。
「ただ、残念ながら今現在、あまり長い時間君を待つ事が出来なくてね…だから、私が来る時はちゃんとここに居てくれ給えよ?」
――…聞いたことがある様な?
僅かに髪が揺れる。
いやこれは、毎月様々な言葉を投げかけてくれる’教授’の言葉の一つではある。
記憶にあったとしてもおかしくはない。
でもこの言葉は違う気がする。
少し前にも聞いた…様な。
ただ、思案に暮れている場合ではない。
「さ、そこへ掛けたまえ」
ソファへ促すと、きちんと座る。
ジュラルミンケースであろうケースのロックが外れる音がして、中からは骨伝導式の装置が取り出された。
反響音を集音する事で家具や壁、植物など、人や物の位置を音で感じる事を飛躍的に向上させた、骨伝導式イヤホンを応用して作られた精密機械。
「前回の調査を踏まえて調整を終えているが、あとは君に合わせて微調整するだけで完了だから、慎重に確認し給えよ?」
「はい」
差し出された装置を受け取ったその手の先で、腕輪の先に付いた、十字架が小さく音を立てる。
手渡された装置はとても軽い素材でできている。
受け取る度に、軽くなっている様な気もする。
しかし装置は毎回その性能を上げている。
左耳の髪を掻き上げる[#da=3#]の髪は、先月より少し伸びている。半年でここまで伸びるものなのだろうか。
肩までだったその髪は、肋骨を超えている。
指通りのいい白髪がするりと指の間を抜けていく。
左耳へ装置を装着すると、まるで自分の耳の一部だったかの様にぴったりと耳へ収まった。
立ち上がって、踵を2度鳴らす。
周辺の反響音を確認する行為の一つ。
他にも指を鳴らす、手を叩く、舌を鳴らすなどの方法がある。
周りにあるもの、距離、家具や壁の大きさなどを判断する「反響定位」というものだ。
まずは五感を研ぎ澄ます訓練から、と[#da=3#]は山奥へ入りで木々を抜け、山を歩いた。
怪我の絶えない毎日も、目が見えない事をいい事に乱暴された悔しさが勝り、二度と自分を苦しめない為に、泣き寝入りするような事態にならない様に、自分を苦行へと追い込んだ。
トレスが頻繁に訪れ、意識を失っていたり、動けなくなっている[#da=3#]を小屋へ保護してくれた。
勿論それは直属の上司であるカテリーナの命令の下だったからではあると思うが、手厚く接してくれるトレスは、増える傷の手当てを淡々と、だが実に丁寧に行ってくれた。
見えない恐怖もあったが、何故かそれ以上に信頼を置いていていた様な不思議な気持ちであった。
それに並行して、ウィリアム・ウォルター・ワーズワース神父がこの骨伝導式イヤホンを応用した精密機械を開発してくれる事になったのだ。
最終調整の段階だと言われた1ヶ月程前の時点で、まるで自分がただ電気の消えた部屋にいるだけではないかという錯覚に戸惑った。
目が暗闇に慣れて見えてくる、という様な感覚。
暗闇の中でも周辺の空間が描けている様な。
今回微調整を終えたらこれは自分の身体の一部になる。
「良く『視える』ようだね」
’教授’は、彼女の様子を見て安心した様だった。
「あの…はい…ワーズワース神父――」
周囲をぐるりと見渡して。
「とても鮮明で…」
「すごい」と[#da=3#]がこぼした言葉に’教授’は「これで君がもうケガをしないのだと思うと、私はそれだけで一安心だよ」と返す。
その瞳は、光を失っているのに。
何もない、ただの暗闇に、情景がぼんやりと浮かんでいる様な、感覚。
脳内に、世界が再生されている様な。
「なんとお礼を…」
口元を押さえ。
周囲を視渡している。
ずっと世界を視る事を目標に暗闇を歩いていた。
しかしはっきり、いや正しく言うとはっきりとは言い難いが…
[#da=3#]が怪我を繰り返しながらこの訓練を完了した事で世界がガラリと変わったという事だ。
「君がここまで五感を鍛えたからだよ。私は、その能力を少し手伝える装置を開発した迄だからね」
’教授’はそう静かに言った。
「ああ、それから」
立ち上がりかけた’教授’が、ケースを置いたテーブルの更に下から別のケースを取り出した。
傍へ寄った甘い香りを湛えた紳士が、背を屈めて「手を出して」と耳元で言った。
肩が僅かに上がる。
しかし何故か。
これ以上、目の前の紳士は何もしないという確信があった。
どこからくる安心感なのだろうか。
右手を差し出すと大きな左手がその手を受け止める。
かちり、と何かが外れる音がして。
僅かに軽くなったその手首は再度、何かが装着された。
「これは『山籠もり卒業』のプレゼントだ」
「反対側も」と促され、左手を差し出す。
右手首と同じ様に、左手首にも同じ様に何かを装着する。
かちり、と閉まる音がして。
「反響音を利用して、その骨伝導を応用した装置に信号を送るものだ」
右の掌で左の手首に装着されたものを確認すると、先程迄左右に装着てあった腕輪に近い装飾が施された腕輪の様なものだった。
「より一層の、空間把握を助けるものだ。まあ踵を鳴らせない場所も多くあるだろうと思ってね。さ、鳴らしてごらん」
腕輪の金属部分に小さな十字架が付いていて、それを金属部分に当てると反響音が発生する、というものらしい。
指先で十字架を腕輪に当てて鳴らす。
「――あ」
左耳の骨伝導を応用した装置へと音を送り込む事で、空間把握をより正確にする補助の様な、特殊な装置だ。
「あの私…こ、こんな恩恵を受けてしまってもいいんでしょうか…?」
僅かな間を挟んで。
「君は自分の価値にもっと目を向けた方が良いよ?」
ふふ、と。
’教授’が笑った。
姿勢を戻したのだろう、近い所で聞こえていた声は元の位置に戻っている。
「週末はあちらで会おう、いいね?」
「はい…ワーズワース神父――」
返事を確かに聞いてから’教授’は空になったジュラルミンケースを持って立ち上がる。
「トレス君、…くれぐれも彼女をよろしく頼んだよ」
「了解した」
それまで言葉を発しなかった青年は、教授の呼びかけに短く返答をした。
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山籠もり…
一度はやってみたいと思いますが
まあ…
もうこの便利な世の中ですし…
楽しかった!で終わらないと
いい思い出にはなりませんし…
管理人は…
1泊2日位が丁度良いかな。
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