- Trinity Blood -3章
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定時連絡。
現着しても、任務を開始させても、[#da=1#]に会う事はなかった。それどころか何日経過しても彼の名前が一度も出ない。
一番気になる、だけど一番触れられない話。
僧衣を纏っていなければおおよそ神父とは思えない大漢は、空を見上げていた。[#da=1#]が、いつもしていた様に。
思案に明け暮れた別荘での生活も、レオンにとってここで彼に遭遇して合わせる顔もないと思っていただけに、今に限ってはあちらの方が居心地がいい。
飯は不味いが。
「……[#da=1#]」
「[#da=1#]・[#da=2#]神父ならば行方不明だ」
「……あ?」
正直心臓が飛び出しそう…いや、止まりそうだった。
いや、そもそも彼の名を口に出していたとは。
列車の中でも、名を出さない様に努めていたのに。
「彼の所在は、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿と俺の二名しか知らない。これは機密事項として登録されている」
レオンが困惑した表情を向けてもトレスは眉一つ動かさない。
「いや所在知ってたら行方不明じゃねえだろ」
「否定。彼の居場所は、漏らさない事を条件にカテリーナスフォルツァ枢機卿へ毎月手紙を送る事が決定済みだ。これは生存確認の為に提案されたものだ。他の者への所在は伏せられている」
更に「[#da=1#]・[#da=2#]神父は能力消失傾向にあると確信。それに伴い、脱退を申し出た」と抑揚のない声で淡々と述べる。
今度こそ耳を疑った。
「能力の…消失傾向?」
突然現れた能力に戸惑い、そして弱くなるその能力に喪失感でもあったのだろうか。いや彼に限って…――
確かに回復に時間が掛かっている事が多くなった。
初めて見た時はもっと…、いや。
任務が過激さを増すだろう案件での派遣は多くなる一方だったし、彼は己の犠牲を盾に任務を遂行を優先して重傷になる事は少なくなかった。
「彼の自動回復能力は生命を対価としたものと推定されていると、ウィリアムウォルターワーズワース神父より報告が上がっている。小さな傷も、回復に時間を要する。任務に支障が出るものと判断し既に承認されている」
怪我をしてもその日の内に治る身体の方が良いのかよ…と心中で皮肉めいた言葉が脳裏に浮かぶ。
どんな形であれお前が生きている事実だけで、俺は――
まあ俺が言っても今は意味無いんだろうな…と、レオンは自分のした事の大きさに反省する。
「訪問等は望まず静かに終末を迎える事を望んでおり、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿と俺以外には所在を不明にする様に要望があった」と、トレスが続ける。
「何で…」
ややあって大漢はその身に見合わぬ程消え入りそうな声で「何でお前には場所を伝えたんだよ」と呟いた。
「俺が彼を発見した」
「探したんかよ」
「肯定。病院から脱出したと連絡があり、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿からの指示に従って速やかに彼の捜索を開始した」
「呆れた…」
「否定。[#da=1#]・[#da=2#]神父は俺が発見する事は事前に把握していた」
「ま、お前は迷子見付けるのは得意だろうな」
「肯定。彼は実験体となる事を承諾した際にチップを埋め込まれている」
「へー…」
随分口数が多いじゃねえか…拳銃屋――
レオンの瞳が一瞬、鋭く光を帯びた。
しかし瞳はトレス・イクス神父から逸らされる。
チップが埋め込まれていたら、逃げも隠れも出来ない事位、頭のいい彼ならば理解している筈だ。
待てよ。
「……チップ?」
研究材料として実験体になっている話は既に聞いていた。
それで生活を保証されている事も。
彼が質素ながら悪くない生活をしていた事も知っている。
自分が何処へ逃げ隠れ出来ない事を知っていたのにも関わらず、何故行方を晦まそうと思ったのか。
「枢機卿にだけ所在を示していたが、俺は必要事項を伝える為に事前に可否を確認してから派遣された。彼の意思は確認済だ」
レオンは言葉を探せなかった。
これを計算した上で姿を消したのだ。
カテリーナ・スフォルツァ枢機卿、そしてトレス・イクス神父の二人にだけ連絡を取れる状況を意図的に作ったという事実がこれではっきりと理解できた。
「へっぽこやケイトの小姑は納得してるのか?」
アベル・ナイトロード神父はきっと血眼になって探し出すだろうが、彼の近況は一切聞かなかった。
[#da=1#]の行動に一喜一憂していたアベルを思い出す。
シスター・ケイト・スコットは[#da=1#]の事を恐らく容易に見付け出すことが出来るだろう。
「それに――」
傍に居ないのに彼から香る独特の甘い煙が脳裏に蘇る。
ウィリアム・ウォルター・ワーズワース神父は、[#da=1#]には特に目をかけていたのだ。
「[#da=1#]・[#da=2#]神父の意思は尊重され、カテリーナスフォルツァ枢機卿の指示で俺以外のコンタクトは許されていない。これは決定事項だ」
意思は尊重された、か。
つまり聞くな、という事だろう。
俺が原因ではある。
後悔だなんて似合わない言葉だった。
「聞くなって事か」
「肯定」
聞いてないだろ。
聞きたかったけど…――
盛大な溜め息をついてソファへ倒れ込み、肘掛けへ足を乗せる。
じゃあ何でわざわざ話題に出しやがったんだよ――
口を尖らせ、天井へとその瞳を向けた。
「卿は[#da=1#]・[#da=2#]神父とはよく任務へ赴いていた。体調不良で俺と交代して以降、4ヶ月と26日14時「こまけーんだよっ!悪かった聞かねえから!」
たった今ソファに寝かせた筈の身体はすっかり起き上がって、レオンは「顔にでも書いてあったんだな分かった!」と続けた。
再び雑に寝転んでから、レオンは今度は静かに息を吐いた。
窓の向こうへ視線を向けると、発達したらしい黒い雲が窓半分を覆っている。
間もなく通り雨でも来るらしい。
鼻先をかすめる湿った土の香りがそれを予見している。
――香り…
突然脳裏へ流れ込んできた言葉が、レオンの思考を止める。
香り…?――
そう、それは。
理性を刺激する様な甘美なあの香り…
鼻の奥で蘇った、[#da=1#]の香り。
喉が鳴る。
酒が入ったからか?
いや、今迄も何度も彼の前で酒を煽っていた。
あの時、俺は酔っていた訳では…
いや酔っていた筈はない。
あの香りに…俺は――惑わされた?
掌で自分自身の顔を覆う。
レオンはこの4ヶ月半、辿り着かなかった答えに気が付いた様な感覚に陥る。
嗅覚が鋭いレオンにとって、最大の武器であり最大の弱点になり得る五感の一つ。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
それらを総称する中で、獣人の遺伝子を持つレオンは嗅覚はずば抜けて発達している。
トレス神父とは張り合える位の聴覚。
元軍人が誇る視覚。
発達した鋭い味覚。
大漢に見合わぬ繊細な動きを捉えて離さない触覚。
その身を震わせる様な、まるで木天蓼の様な香り・・――
舌を這わしたその皮膚から香った、吸い付きたくなる様な、言い表せない甘さが脳裏に蘇る。
漏れ出た、掠れて上擦った声に抑えられなくなった本能が、冷静さを搔き消してしまった…のか?
[#da=1#]の持つ特有の香りが酒と交じり合って…?
隠しきれないあの性が持つ、女性の香りが…?
この事実を、アイツ自身が知らなかったとしたら原因は俺だ。酒を進めてしまった俺に責任が…――
蘇った香りは気持ちを高揚させる。
甘美な香りが、惑わす。
昂る感覚を掻き消す様に頭を左右に強く振った。
熱を帯び始めた身体を、しかし呼吸を深く吸い込む事でその興奮を無理矢理押さえつけていた。
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