- Trinity Blood -3章
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纏っていた僧衣を雑に脱ぎ去ると、自分が使用しているベッドへとそのまま投げる。
皺になる事など、あまり気にしていない様だった。
「だー…あっつ」
晒された肌は浅黒で、大きく胸元を開けて服をだらしなく着こなしている。
この男、僧衣を着ていなければおおよそ神父とも呼べない程である。
テーブルに置かれたワインのコルクを隣に置かれたワインオープナーで器用に開けると、傍のグラスへと注ぎ込んだ。
「お疲れさん、お前も少し付き合えよ」
断る間もなくワインの入ったグラスが[#da=1#]の手元へ置かれた。
確かに見た目はまだ幼い少年の様な[#da=1#]だが、立派な青年である。酒を禁じられている年齢ではない。
あまり酒は強い方ではないが、渡されたものは仕方が無い。
大漢が無遠慮に腰を下ろしたソファの向かいにそっと腰を下ろした。
合流してから途中までは、銀髪の賑やかな長身の神父も居て会話らしい会話もできずにいた。
彼とは一つ手前の駅で別れて別行動となったが、作戦としては今回は同じメンバーである。
銀髪を携えた長身の神父が、作戦範囲内で内乱を収めたら、今回仕掛けたものは全て回収し撤収する事が決まっている。
彼が、非情になれるかが、最大の争点ではある。
直属の上司であるカテリーナ・スフォルツァ枢機卿も、彼の底なしの優しさに頭を悩ましている訳だ。
それゆえ、危険度の高い任務の際は万が一の為にレオン・ガルシア・デ・アストゥリアス神父やトレス・イクス神父が招集される。
そして幼いこの少年――
いや、幼く見えるが彼は立派な青年である。
[#da=1#]・[#da=2#]神父は、生命の危険が脅かされる任務には殆どと言っていい程駆り出されている。
それを不服とし[#da=1#]が任務に参加する事を反対するのは他でもない、同じく我が身ばかりを犠牲にし任務に数々の支障を残して活動するアベル・ナイトロード神父だ。
彼等は傷つく事を当然の事とし、我が身より依頼人の生命を第一とする者達なのだ。
まるで機械的といえる程に、彼らは共に自分の身を犠牲にする。
銀の髪を雑に纏めた長身の、一見頼りなく見えるその神父その人である。
長身のその身体を最大に縮め込んで、彼を参加しない様に、作戦が決定事項であると推し切られるまで反対する。
彼が危険な目に遭うのが嫌だと言う子供染みた理由だからか、この意見はことごとく却下され続けてきた。
自分が身を危険に晒すのは厭わないのに、友人であり同僚である[#da=1#]の身に危険が降りかかる事が不満でならないという事だそうだ。
そんな風に神父ナイトロードが任務への反対を訴える光景を実際に目の当たりにした派遣執行官は少なくない。
出発直前まで執務室内で上司のスフォルツァ枢機卿とシスター・ケイトを前に[#da=1#]を外して欲しいとごねていたアベルの姿を見て、レオンも眉をひそめていた。
しかし当の[#da=1#]はその場に居合わせた事がなかった。
何故この観た事もない光景を知っているのかは察しの通り。
作戦出発前に呼び出された研究室でウィリアム・ウォルター・ワーズワース神父が深刻な表情でこの話をしたのだ。
「『できれば参加して欲しくない』と毎回駄々をこねるんだよ…――
私が話していた事は内密にね…君の身を案じているのは彼だけではないんだから…、君自身も無茶はしないで無事に戻り給えよ?」
'教授'のパイプから漂う香が、未だ香っている。
耳に残った心地良い音域。
瞳に映ったワインは黒く輝いているが、きっと美しいカラーなのだろうとぼんやり思いを馳せた。
自分の能力である'自己回復能力'はその為に備わったものであると理解しているつもりだ。
身が引き裂かれる痛みも、その身を貫かれる痛みも、とても耐えがたいものではある。
しかし、自分が傷付く事で生命が一人でも多く護れるのであれば痛みなど、辛くないと呪文の様に唱え続けている。
何故、我が身を犠牲にするばかりの彼に、そんな事を言われる必要があるのだろうか。
「あんまり、思い詰めなくてもいいと思うけどな?」
言われてピクリと肩を震わせる。
別に話をしていた訳ではない。
それとも、何か声に出してしまったのだろうか。
「俺だってお前を最後の砦にさせるつもりはないからよ」
グラスを煽って、一気にワインを飲み干した。
視線を落としていたかも知れない…と思い返していると、レオンはテーブルへそっと置いてから、頭をぼりぼりと掻いた。
何故かその乱雑な仕草を見入ってしまいそうになる。
前髪で隠れたその赤の瞳は、もう色を映してはいない。
赤い瞳も、少しずつ色素が変化していると実験の際に指摘はされていた。
それがどのように作用されるか迄は、色素が変化している状態では判断しかねるといわれていたのだが…これは次回の被験の際に伝えておかなければいけない。
少しずつ色が欠けていく感覚に恐怖を覚えていたが、もう色はほとんど消え去っている。
白と黒の世界に溶け込んだ目の前の同僚も、すっかり僧衣を脱ぎ捨てている為か、はっきりと色の違いが分かる。
このモノクロの景色が、すっかり見慣れてしまう頃には自分という存在も、兄の様に灰となってしまうのだろうか。
ぼんやりとそんな風に思いを巡らせながら、グラスに注がれたワインにやっと口をつけた。
味の違いはあまりまだ分からないが、いつもより少し舌に掛かる負担が軽い感覚。
思いを巡らせているから、味がはっきりしないのではないかと考えながら、グラスの中身をしげしげと覗き込んでいた。
「今日はえらく口数が多いじゃねえか」
向かいの同僚に掛けられた声に反応してそちらへ向くと…――
しかしレオンはこちらを見ている訳ではなく。
天井に掛かった電球の明かりを瞳に映していた。
「考え事か?」
どう答えたらいいのか分からない。
静かな空間で、喉の奥が小さくなる音が妙に部屋に響いた。
時が流れていく。
この静かな空間で、一体どんな会話が聞こえているのだろうか。
ここに誰が居ても同じ事を言うだろう。
会話など一切が存在していないのだから。
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