- Trinity Blood -2章
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*
日はまだ暮れる様子がなく、近い様で遠い山は景色を変えず。
何が本物でどれが偽物か。
頭を軽く左右に振って景色を見ても、景色は変わらなかった。
変わらぬ景色を見ながら何度かカフスを弾いてみたが、行動虚しく仲間に繋がる事は一度もなかった。
それでも長い時間この格子の中で過ごす間に、任務の内容を思い出すことが出来た。
最近街で相次いで失踪する旅行客に紛れて行動し、犯人を突き止める事。
標的がある事に共通した特徴のある者に絞られている事があった。
子供を一人にして親が飲みに出掛けた隙を狙っての犯行である。
子連れの親子を装い潜入したその日の夜だった。
男は静かに手を伸ばしてきた。
夜の闇の中で瞳が獣のように鋭く閃き、動かしたその腕は突風のように素早く、途端に[#da=1#]の細い首に噛み付いた。
一瞬の出来事。
真実を述べよ…か
男が言った言葉を繰り返し思い出しながら、顔を思い出せないでいる自分。
「執行官として失格だな…」
ぼんやりと呟くと、暗い天井を見上げた。
わざと泳がせ、相手が動いてから行動を起こすのは行動としては正しい。
理解はしているつもりだが、何故か心に不安が生まれた。
こんな感覚は初めてで、急な感覚にパニックを起こしそうだ。
軽い目眩を起こして力無く鉄柵に寄り掛かると、人の気配を感じて[#da=1#]はそちらに向く事はなく意識を集中させた。
神に背いてはならない。
真実を述べよ。
神は見ている。
小さかったがはっきりとした口調で男の声で誰かが呟いている。
「誰?!」
別に叫ぶ程の恐怖はなかった。
子供なら、普通どうするか。
声を張り上げてみる。
「神に背いてはならない。
真実を述べよ。神は見ている」
黒のフードを纏い、髪を揃えないまま乱雑に伸ばした男がゆっくりと歩いてきた。
「ここから出せ!出してよ!」
声を上げた[#da=1#]を見るなり、男は悲観した様に足を止めてその場に膝をついた。
地面に拳を打ち付けて頭を左右に振ると「ああ…っ」と声を上げた。
「神よ…っ!私はまた背いた!」
山中に響き渡るような声で叫びながら声を荒げて「罪を犯してしまった」と涙を流している。
格子の向こうでどうする事も出来ないままの[#da=1#]は、事の成り行きを見守る事しかできない。
「見ている…っ!神は…私を見ている…っ!」
地面に拳を打ち付け続ける男を見ながら、少しの間[#da=1#]は考えていた。
助けるべきは彼なのか。
「…」
独りで闘っている様に見えた。
「嘘を言ってはいけないっ!嘘は言わない!嘘は!嘘は…っ!!」
地面に額を擦り付け、拳を打ち付け、頭を振る。
格子から少し距離を置いた途端、男は急に立ち上がってこちらを向いた。格子に向かって手を挙げると高い音を立てて、外側にある鍵が開いた。砂や小石が鉄格子の重みでぎちりっと嫌な悲鳴を上げる。普通なら耳を塞ぐ程の不快音。
しかし今の[#da=1#]はそんな耳障りな音が気にならない位男の行動に集中していた。
黒で狭く枠切られた世界が一気に拓け、同時に男の手が目の前に迫ってきた。
「!」
数十時間前に味わった首への痛みが、再び蘇る。
「神よ…っ」
縋るような男の瞳が、抵抗を揺るがせた。
爪が[#da=1#]の細い首筋を躊躇無くがちりと掴んで、感じた筈の痛みが一気に引いた。
「…っ」
身体が痛みを通り越して麻痺していると気が付いたのは、手に力が入らなかったから。
「俺は知らないっ!やってないっ!」
あまりにも悲痛な声が、空洞の中で音のように響く。
意識を集中させて手を動かそうとするが、思うように動かない。
「そこまでだマリージェント・カーク」
無機質な男の声が僅かに空洞に響く。
「常駐戦術思考を哨戒仕様から殲滅仕様に…」
機械音が響き、次の言葉が飛び出す瞬間。
「そりゃねーだろ拳銃屋」
虫の羽音の様な音が風を切り裂いて聞こえたように思った途端、[#da=1#]はそのまま冷たく血とカビの匂いが染み付く地面に崩れ落ちた。
「問う。レオン・ガルシア神父。何が『無い』のか」
「阿呆か![#da=1#]はなぁ、作戦のために犠牲にしていい奴じゃねぇだろうが!」
「肯定。[#da=1#]・[#da=2#]神父はこの作戦には必要不可欠だ。シスター・モニカ・アルジェントでは精神的に容疑者を追い詰めかねない」
「だったらこいつは最優先で守るべきだろ?」
ぐったりと地面に臥したままの小さな身体を、体温のない手で軽々と持ち上げながら怒りの声を上げるレオンと会話を続けるトレス。
「肯定。勿論そのつもりだ。卿が声を掛けなければ速やかに対応出来ていた」
「へーへー。悪かったよ」
横で悲鳴すら上げられないまま右手で左の腕を押さえる男を冷たい硝子の瞳が見下ろすと「さてと…さっさと終わらせちまおうかね」と、怒りを含ませた獣の瞳が男を映した。
「かかかかかみかみかみ神は?」
「お前が間違えてなけりゃ、見てくれんだろ」
「しに、しにたくな…死にたくないっ!!」
地面に打ち付ける手は既に地面に臥し、残されたもう片方の手は落ちた腕から湧き出る赤い噴水をすっかり浴びて。
上げる声が、悲鳴であったのは紛れも無い事実。
「勿論」
その気持ちを汲んだ返答か、レオンの口調は優しさを帯びている。
しかし口調とは別に、貼付けたような笑顔が恐怖感を滲ませた。
「死なない程度にお仕置きしてやるよ」
不敵な笑みを浮かべて「覚悟しな」と言ってにやりっと笑ったレオンの瞳は、獲物を捕らえた色に変わっていた。
*