- Trinity Blood -2章
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*
「大丈夫か?」
病院には戻る気になれなかった。
そのまま任務に出ると連絡を入れてもらい、レオンに連れられてある一室に腰を落ち着けることになった。
そこはカテリーナ・スフォルツァ枢機卿率いる教皇庁国務聖省特務分室の派遣執行官であるレオンや[#da=1#]等特に部屋を持たない…任務位でしか外出許可が下りない者の為に開放されている特別な部屋だった。
「問題ありません…」
ここに辿り着くまでの間も眩暈の方は一向に良くならなかったが、その事は言わなかった。
促されてベッドの端に座ると、レオンは少し離れて隣に座る。
「お前、人通りの少ない方じゃないと歩かないんじゃなかったのか?」
ベッドに倒れ込んで「克服したのか?」といいながら大きな欠伸を一つ。
[#da=1#]はそれに答えようとはしなかった。
体温に慣れようと街を歩いていた、とは何となく言えなかった。
もちろん言うつもりではあった。
何となく言いにくかったと、ただそれだけの話だった。
心配を掛けたのだから、本当は言うべきなのではないか。
自問自答を繰り返す内に結局[#da=1#]は言葉を詰まらせてしまった。
ベッドに座って黙ったままの[#da=1#]の様子を下から眺めていると、小さい声で言葉を発した。
「…慣れなければ」
俯いた彼に魅入ってしまった。
「人に?」
静かに頷いて「人の体温に」と続ける。
開いた瞳の視線は瞳に落ちている。
レオンは無意識に上身を起こした。
「この先…――っ?!」
言いかけた[#da=1#]の肩を掴んでこちらへ引くと、不意を突かれたのかバランスを崩して倒れ込んできた。
強い眩暈が一瞬世界がぐにゃりと景色を変えた。
静かな部屋に、どさりっと大きな音が響いた。
「しっ」
やけに感覚のない軽い身体。
声を上げ掛けた[#da=1#]の口を塞ぎ、眼を見開いた彼の瞳を見ながら強い口調で「騒ぐな」と声を掛けた。
素早い手つきで腕輪の絲を引こうとしたその手を、肩と口元を抑えた手を解放すると同時に[#da=1#]の手首をベッドに押し付ける。
「落ち着けよ?」
恐怖から逃げようとする自分を引き留めているのか、恐怖と闘っているのか…レオンの真意を理解した様子で、[#da=1#]は息を呑んだ。
再び静かな時間が流れる。
「…怖いか?」
首を振る[#da=1#]はしかし僅かだが、身体は震えている。
怖いだろうな…
表情はとてもつらそうで、見ているこちらの方が息が詰まりそうになる。
よっぽど何か怖い事があったのではないかと思わせた。
初めて任務を共にした事をぼんやりと思い出しながら、レオンはしかし彼を拘束する力を緩めようとはしなかった。
列車の時間の事もあり自己紹介も満足にしないまま慌ただしく現地へ向かって、結局[#da=1#]の事は書類上でしか知らない。
何度も任務を共にしたが、結局彼は『男性』として生きている秘密もまだ聞かせてくれない。
よほどつらい過去なのか、それとも自分は信頼されていないのか。
体温が苦手だという秘密も、色が変わり始めている瞳の秘密も、そして”リジェネーター”という、本来なら”魔女”が持つ様な特殊能力をなぜ持ったのかという秘密も。
聞かないと決めたが、彼と任務を共にしている訳だから気にならない筈がない。
「…っ」
必死に心と葛藤を続けるが、[#da=1#]の身体は次第に相手の体温に拒否を示し始める。
その場から逃げまいと瞳を強く閉じて耐えようとする彼の身体は、それとは裏腹に悲鳴を上げ始めた。
「ゃ――…っ!駄目だ!やめてくれっ!」
上体を反らし、手には力を込め、膝を立てて。
どちらに抵抗の声を上げているのか、はっきりいってどちらか見当がつかない。
彼の動きを封じるのにさしたる力は必要なかったが、今手を放すべきか否かレオンは迷った。
普段の落ち着いた様子からは想像できない程に心を乱す[#da=1#]に、自らの手で拘束する事に戸惑いさえ感じてしまう。
「だめだ…っ!」
もはや声さえ届いていないだろうと思いながら「落ち着け」と呪文のように繰り返すレオン。
抵抗を続ける彼の叫び声は悲痛を帯びている。
やめてやりたいという気持ちと、今やめてはいけないと思う気持ち。
同時に襲ってくるその感覚と葛藤する自分はなんて残酷なんだとさえ思えてならない。
「嫌だっ!やめろ!助けて…っ!」
耳を塞ぐ手は残っていない。悲痛を帯びた[#da=1#]の助けを求める声に、レオンはとうとう瞳を閉じた。
心と身体が痛い位に自分の居場所を求めて争っているのだ。
力を抜く訳にはいかない。
[#da=1#]の声に、閉じ込めていた記憶が呼び起こされる。
子供を護るか、自分の時を止めるか
拳銃を向けられた時、選択肢を与えられた一瞬で出した答えは『子供を護る為に自分が生きる』という事。
言葉を連ねる必要はなかった。
自分に向けられた拳銃に向かって放ったのは命の咆哮だったのかも知れない。
選択肢を誤ったとは今でも思っていない。
だが、部下を失った事や妻を失った事に変わりはない。
その罪が消える事はない。
手枷から逃れんとばかりに暴れ続ける[#da=1#]を感じながら、レオンは更に瞳を強く閉じる。
これ以上自分が彼を苦しめる権利はあるのだろうか、これ以上彼を拘束する必要はあるのだろうかと戸惑いさえ感じ始めた。
その時。
「殺さないでっ!」
声に、いや、その言葉に驚いて、レオンは弾かれた様に顔を上げて[#da=1#]を見遣った。
「[#da=1#]!やめて…っ!」
思わず手を離すと、自由になった手がレオンの襟元を強く掴む。
瞳に自分を映しても、それはきっとレオンではなく別の人物。
引き寄せて起こし、そのまま強く抱きしめた。
「[#da=3#]…[#da=3#]!――大丈夫だ!」
一度聞いた事がある、彼の…いや『彼女』の本当の名前。
「大丈夫だから…っ」
強い力で[#da=1#]を抱き寄せる。
彼が『罪人』の名で呼ばれる事を選んだその意味はどこにあるんだろうかとは、その時は思わなかった。
あまりにも痛々しく消えそうな声で「殺さないで…[#da=1#]」と続ける[#da=1#]の声。
苦しそうに呼吸をしながら、泣きながら、それでもそう続ける彼にレオンは何度も「もう居ない…そいつはもう居ないんだ…っ」と繰り返した。
*