- Trinity Blood -2章
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金具が擦れ合い、扉の重さを物語る音が聖堂内に響き渡る。
扉を開けて入ってすぐに目に入ったのは、大聖堂の一番奥の祭壇に奉られた美しいまでの石の彫刻。
聖母を模した女性が優しいまでの笑顔でその手に抱き上げた赤子に微笑みかけている。
彼女を見上げると、いつも残像の様に脳裏に甦る赤毛で褐色の肌ををもつ女性の姿。
一度静かに瞳を閉じてから、アベルは目的の場所へと足を進めた。
祭壇が近くなるにつれアベルの足は自然と速くなっていく。
居る筈の人物が見える位置に居ない事に気付き、アベルは足を止めていた。
心臓の音が高鳴るのを感じながら左右に目を向けると、左端に人影が見える。
「ナイトロード神父?」
気付いたのは自分だけではないという事。扉の前でのトレスとのやりとりや大聖堂の身の丈より大きな扉が奏でた音、自分がたてた足音。
中に居る相手が気付なかい訳が無いと理解しながら、しかし動じない幼い神父。
機械の様にある種の感情が欠如しているのかと勘違いしてしまう人もきっといるのだろうが、トレスの様に機械ではないのだと時々自分自身に言い聞かせる自分がいる事が苦しい。
「任務…終わったんですね?」
消える様な言葉を投げ掛けて[#da=1#]の向こう隣に力無くぐったりと長椅子に身を投げ出して動かない、熟れた林檎の様に赤いエナメルの靴が印象的な少女をちらりと見遣って視線を足元へ落とした。
[#da=1#]の隣に重々しく腰を下ろして頭を抱える。
普段は隣を座る許可を得てから座る位彼に対して慎重なアベルはしかし、それさえも忘れてしまう位胸が裂けそうな思いに駈られていた。
僅かな沈黙の後少しの間抱えられていた頭を天に向けて、その瞳に天井を映す。
遥かに遠くの天井には天窓があり、その窓は僅かに月の端が顔を覗かせていた。隣に寄り添う様に月の様な光がぼんやりと浮かんでいる。
「殺す必要があるのかと…いつも思うんです」
光を受けて輝く月のような物を見つめながらぽつりと、息を吐き出す様に小さな声で言ったアベルの方を見ないでいた。
「できればもう…誰も死んで欲しくない」と自分自身に言い聞かせる様に呟いてから、アベルは再びその瞳を閉じる。
その言葉の真意は[#da=1#]には理解できなかったものの、深い哀しみを帯びている言葉であるという事は分かる。
暗がりの大聖堂の聖母を照らす月は、僅かに奇妙な感じで映る。いつもは柔らかな笑みを称える聖母はやや気味の悪い笑顔で自分達を見下ろしている。
「気を失っているだけです」
「え?」
急に言葉を発した[#da=1#]に対して間の抜けた声で返すと、普段見えない[#da=1#]の瞳が月の光を受けて僅かに橙色に輝く。しかし彼が眼を逸らした事でその輝きはすぐに薄暗い闇に呑まれてしまう。
「自分自身の罪を知る必要があるから」
僅かに掠れた青年の声でそう呟くと、熟れた林檎のような赤い靴を履いた少女の方を向いた。
「…[#da=1#]さん」
思い返せば、この幼い神父は進んで罪を重ねない。
一度自ら死を経験し、近親者の死を経験した者として、自分の身体から血が抜けていくという幼いながらの恐怖や、自分を護るように折り重なった親や広場に山の様に積み上げられた友人や知り合いが冷たくなっていく、その生々しい現実。
眼が覚めたらそこは天ではなく、積み上げられた死体に埋まっていた地上の、少し高い山の中。冷たい地上の中で、夜の寒さから護る様に人が彼を包んでいたのだ。
「ナイトロード神父…休息取れましたか?」
身体を心配している筈なのにアベルを見る事なく聞いてくる。
彼らしいといえば彼らしい。
「え?あ、はい。十分寝ましたよ!もう明日まで寝なくても大丈夫ですよ!」
実際は悪夢の様に何度も続く夢を見て、全く眠れず今この場にいる訳なのだが。アベルはその事は言わず、[#da=1#]に笑顔を見せる。
「それより[#da=1#]さんは?その身体じゃ、やっぱり仕事が続くと辛いのでは?」
「次の任務が控えてるので…」
静かにそう告げてから、[#da=1#]は身体をゆっくりと椅子から離した。
「え?」
言葉で追い掛けた時には既に立ち上がっている神父を、アベルは目で追った。
聖母が見下ろす教壇の前に立ち、一度見上げてから背を向けて[#da=1#]は出口に通ずる扉に足を進め始めた。
足音を聞きながら、先程まで[#da=1#]が座っていた方を見る。
[#da=1#]より更に奥に位置する場所に横たわり、息するのを忘れているのではないかと心配になる程静かに眠る少女の姿。
「…主よ」
生きている事を確認し、生ある事を感謝する。
天井を見上げると天窓から覗く月は窓の中心辺りでこの大聖堂を照らしていて、その少し先にある月と同じ様な形をしたものを追っている様にも見えた。
その月が自分であるように見えて、アベルにはそれがとても苦しかった。永遠に追い付く事の出来ない、その幻の月を追っている様はきっと憐れだとしか思われないだろう。
同じ早さで追い続けても距離は一向に変わらないのは誰が見ても明らかで、自分でさえもわかっているのだ。
しかしこの身体朽ちるまで、永遠に追って行くだろうと理解している。幻という名の、愛しくも哀しい彼女を。
「…」
金具か擦れ合う音がして、大聖堂から外に続く扉が開かれる。
月明かりが入り込むかと思われた扉の方へ目をやると、しかし光は一部遮られていた。
光を遮った壁の存在へ目を向けると目の前には端正な顔立ちの小柄な神父が、まさに扉の前に立った所だったようだ。
僅かな機械音が鼓膜を叩いて感情を持たない硝子の瞳が[#da=1#]に向けられた。しかし[#da=1#]は動じずにいた。きっと彼がここに向かっていた事は、外からの足音で気付いていたのだろう。
「任務は完了したか、[#da=1#]神父」
味気のない無言の頷きで返事を返すのを確認すると、トレスの瞳は次に真っ直ぐアベルへ向いた。
月明かりより鮮やかな『赤』で暗がりのアベルを確認する。視覚センサーに反応した長椅子に横たわる熱導体感知センサーが何かが認識できたと同時に「ナイトロード神父」と言葉を発する。
咄嗟の事に背筋を伸ばして「はいっ」と答えるアベルに対し、実に平淡な声で「作戦終了。即時撤退する」と告げて背を向けると、それきりトレスは振り返りもせずに回収ポイントに向かって歩き出した。
わずかにぽかりと口を開けていたアベルは、すぐに慌てた様子で立ち上がる。
「あ、トレス君!ちょっと待って下さいよ!今行きますよー」
少し離れた隣で静かに眠る少女を抱き上げ、トレスの背中を追い掛けながら声を上げる。
その姿を横目で見ながら、[#da=1#]の頬が僅かに緩んだ。幻の月に照らされて消えた笑顔に、果たして自分自身その事実に気付いたのであろうか。
次の瞬間には静かに瞳を閉じ、再びその瞳には暗闇と同じくする小柄な神父を映して、アベル同様彼を追い掛けて歩き始めていた。
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この話に何がしかのオチを求めていた筈なのですが、一気に打つことがあまりないので毎回話に纏まりがあまりないです
1ヶ月に1っ出来たら「よ…よし!」とか思ってしまう結果オーライ型な管理人です…
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