- Trinity Blood -2章
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《今年の死亡者は例年より多く、特に事件・事故・病気・老衰等よりも自殺が倍近く跳ね上がっている様子。
生きていく希望を失ったという若者による自殺が増えていると専門家は話している。今後一体社会はどうなって行くのか》
新聞の見出しを見てからレオンはため息を付く。
列車に乗った時にも感じたがこの列車内はやけに静かで、この空間だけがどこかに置いていかれた様な妙な感覚にとらわれていた。
もう一度新聞の見出しを見てから重々しくレオンはその目を伏せた。
人が生きていく理由を見失うというのはいつの時代を取っても同じ様だ。
どう足掻いても生きられない者も在るし、戦争で親を、子を失った者も多い。
優しく穏やかな世界など、もう何年も存在しない。
しかし世界は実に残酷だ。
表立って戦火に包まれる事は無いが、前に立つ者――
いわゆる『鍵となる』人物を確実に仕留める事で、世界を混乱に貶めようとしている。
被害は最小に、手中に収める権力は最大に。
どうしても世界は転覆したいらしい。
俺には、どうだっていい事だ。
新聞――
といっても、もう何年も前のいわゆる古新聞だが、同僚の少年は一字一字大切にどんな小さな記事も全部読み込んでいる。
一部を読むのにどれだけ時間を費やしているのだろうか。
ため息さえ出そうになるが、彼はこの時間をとても大切にしている。
おおよそ神父には見えないが隣で座っている小柄な少年が身に纏っている僧衣と同じらしい格好の大漢は、大きな欠伸をしてから新聞を畳んだ。
時間潰しに借りた古新聞を膝元へ置きながら、レオンは低く唸る。
電車に揺られながら、その揺れを気にも止めない様子で新聞を読み耽っている幼い神父。
実に古い情報の載った新聞を延々と読み続ける。
古い情報を手にする事に一体何の理由があるのだろうか。
レオンには一抹の不安があった。
もしかしたら、記事の中に自分の過去の罪が書かれているかも知れないという事だ。
勿論レオンは隠すつもりは無い。
しかし、その記事を読んだ時に、[#da=1#]は一体どういう風に思うのだろうか。
狭い列車で向かい合って座る小柄な少年の向かいで、浅黒で大柄な、無精髭を生やした大漢。
一見どうあっても見合わぬ2人。
カテリーナの指示で、トレスとよく行動していたが、レオンとも行動を共にする事になった少年。
何故かは、説明をされる事は無かった。
決定事項だと言われたら特に拒否する事も無い。
黙々と、務めるだけだから。
けれど少年には不思議な魅力があり、’教授’も言っていたが知識が豊富でなかなか興味深い発言をする事が有る。
今こうやって古新聞を読んでいる事が影響しているだけでは、恐らくないのだろう。
口数が多い方ではない、いやあまり声を出している場面に出くわす事が無い[#da=1#]は、常に頭の中で数々の事を考えている様で、喉奥で何か話をしようとしている。
考えている事を読み解くのは非常に難しいが、前髪で器用に顔を隠した少年が、時折見せるその瞳で物を言っている様な錯覚に陥る。
赫く美しい瞳が何故、こうやって前髪で隠されているのかは分からない。
知りたい事は次々増えて。
会う度に少年に惹かれていくレオンにとって、こうやって共に行動する機会が多くなっているのは素直に嬉しいと思っている。
少年は外見が8歳程だが、落ち着いた様子や能力の高さを考慮して10歳と言われれば納得…しない事も無いという程度。
この少年には、実は大きな秘密を一つ抱えている。
ただ、少年がひた隠しにしているその『秘密』にはレオンは気が付いていた。
上司であるカテリーナ・スフォルツァ枢機卿は勿論、同僚は皆知っているのだろう。
どういう経緯があるかは分からないが、少年はその性別を偽っている。
神職につく身でありながら、神に背いているただ一つの事柄。
匂いが、男性のソレとは違う。
この大柄で獣の様な大漢は鼻が利く。
特に女性には目がなく、任務の最中でも最優先事項が後回しになる瞬間さえある。
勿論優秀である事を買われているレオンは、任務の遂行率は高い。
同じ遂行率の高さでも、物損や破損の多い不器用な青年とは違う。
この野太い指でどうやって繊細な作業を行えるのか甚だ疑問ではあるが、彼の知識や行動、緻密な作業に長けた才能は目を見張るものがあるのは確かである。
そのレオンが今回また、彼を同行した任務になった。
一体何故この少年と一緒に行動するのか、命令だから従うが、誰かといると行動が難しくなる瞬間もあって面倒だと思ってはいる。
そしてこの少年には一つ、大きな秘密がある。
いや、秘密である様だがこれは秘密であろうか。
女性である事など見たら分る。
堂々と男性として振る舞っているが、誰かの教育の賜物だろうか。
行動を共にしているトレスによる教育を受けているらしい。
共に行動している事が多く、無駄な事はあまり話さない。
観察をしていると、しかし彼は思ったより何かを言っている様な。
いや、言葉をはっきり発しているという訳ではないのだが。
男性として、神父としての生活を送っている[#da=1#]の、『嘘』にレオンは気付いている。
恐らくだが、上司であるカテリーナは間違いなく知っている。
しかし神父として名乗らせている意味は何だろうか。
考えは尽きない。
けれど。
『話さない内は聞かない』と決めたレオンの優しさに、[#da=1#]は気付いているのだろうか。
「なぁ[#da=1#]」
幼い神父はレオンの方を向いた…様だった。
前髪で器用に瞳を隠していて、一見目を合わせるのが怖いのかとさえ思いかねないが少し違う。
それを確信したのは、呼ばれるとこちらを確かに向いている事からだ。
時折前髪の向こうから覗く瞳の色は血の様に赫い色。
もっと間近で見たい、惹かれる程に興味は募っていく。
隠されてしまった瞳の理由を知りたい。
だが[#da=1#]が隠すのであればそれは本人が語るまで待ってやるしかない。
個人的な感情で無理矢理秘密を暴く事はしたくない。
恐らくだが、資料などを読み解けばこの問題は解決できる。
情報を集めるなどレオンにとっては造作も無い事だ。
[#da=1#]自身が語る準備というのが必要であると分かっているからだ。
「何で人ってヤツは生きるんだろうな?」
人を取り巻くそれらの謎がたとえ永遠の謎であったとしてもレオンは許すつもりでいる。
何故なら人は必ずしも全ての秘密を語らなければならないという決まりなんて無いからだ。
それは世間で言えば屁理屈というが、レオンにはそんな事どうでも良かった。
自分自身も自分と最愛の娘の命を守る為に妻や仲間を殺し、今でも娘の命を長らえさせる為にこの世に生き続けているのだから。
今は、娘の為だけにこの命を繋いでいる。
前髪で器用に隠したその瞳が、レオンを向いている。
「[#da=1#]、お前さんはどう思う?」
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20220821
加筆修正を行いました。
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