- Trinity Blood -2章
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「[#da=1#]…!!」
焼き切れた右腕の肘部分を、残った炎に照らされた幼い少年。
「おっと…動くなよ?」
目の前に立ちふさがった男を、鋭い光が睨みつける。
今回の任務で標的となっている男。
「お前さん…痛い目見たい様だな」
獣が「そこをどけ」と唸ると、男は笑った。
人間の皮を被った犯罪者。
「お前がギルバーシュ・アレンだな?」
「ふはははっ」
一度高く笑ったギルバーシュ・アレンは「いかにも」と答えて更に喉の奥で深く笑い続ける。
「このガキは教皇庁と名乗ってたな…あんたもか?」
文字通り足元に転がった小さな身体を足で踏みつける。
獣の瞳が金色に光る。
男の後ろで小さな身体を更に身体を小さく縮めたまま息をしているのかすら危うい[#da=1#]に対し、すぐに助けてやるからと心の中で呟いて円月輪を宙へ舞わす。
輪が空を薙いで。
こんな奴、生かす必要があるのか。
僅かな時間、自問する。
それでも上司であるカテリーナ・スフォルツァ枢機卿の命令は絶対だ。
拘束しろと言ったら、従わなければならない。
愛娘を、生かす為に――
金色の瞳の獣は一息、息を吐いた。
「ギルバーシュ・アレン──
お前を殺人教唆及び市民約54名殺害、公務執行妨害並びに派遣執行官暴行の現行犯で逮捕する。抵抗はさせねぇぞ?」
「こんな小さなガキが派遣執行官だからな…世の中分からねぇもんだぜ」
嘲る様な笑いを浮かる犯罪者に、殺意が拭えない。
「…足をどけろ、今なら手加減してやる」
本当は。
今すぐその息の根を止めてやりたい。
「冗談きついぜ、派遣執行官」
背中を踏みつけていたその足を振り上げてから、改めてその足を振り下ろす。
焼き切れた[#da=1#]の腕へと振り下ろした瞬間。
「俺を怒らせたな…」
同時に空気が高い悲鳴を上げた。
「…な?」
理解する間もなく、男は今確かに踏み締めていた大地に鈍い音を立てて寝転がった。
「忠告はしただろ?
――俺は『足をどけろ』って言った筈だぞ」
金色の瞳が宿していた光はすっかり殺意で満ちていた。
迫り来る野獣。
しかし。
可哀相に、男を支えていた足は支える力を失って草むらに転がって。
夥しい量の血を吐き出すギルバーシュの切断された足は、両の手で止血しようと必死で力の入らない指を足に這わす。
暗闇に立ち塞がったレオンに、男は心底震え上がる。
「ひぃ…っ?!!や…止めろ…っ!」
支えを失った身体から、足の在ったその場所から。
血が噴き出ている。
先程迄見せていたあの偉そうなギルバートとは全くの別人だ。
「殺さないで、くれ…っ」
その言葉を聞いた途端。
レオンは自らの足を振り下ろす。
「ぎゃぁぁぁあぁっ」
金色の瞳の獣は、口元に笑みさえ浮かべている。
冷徹な視線に「…ひっ…ひぃっ」と、悲鳴を上げてた。
恐怖のあまり言葉が紡げない様だ。
哀れなギルバーシュ・アレンはその身体を引きずる様に、欠けた四肢の内、残った力でこの場から逃げようと地を這う。
「ころ、さないっで、くれ…ッ」
獣へ向かってそう叫ぶ。
「今更赦しを乞うなんて、図々しいんだよ」
唸る様に。
「命乞いなんて聞き飽きただろ?」
虫の羽音の様な、いやもっと高い耳鳴りの様な音が近付いてくる。
はっきりと音が聞こえた時。
「ぎゃあああぁっ?!!」
男は四肢を全て失う事となった。
ギルバーシュ・アレンは無惨にも地に出来た自らの血の池に突っ伏して。
「お前には余罪がある。生きて取り調べを受けて貰うからな」
生かしておけばいいんだろ
カテリーナ・スフォルツァ枢機卿からは、拘束しろと命令を受けた。
最も残酷な、生かし方をしてやった。
生きて拘束されたらそれで、良いだろう。
どうせ逃げられやしない。
ギルバーシュ・アレンをその場に残して。
レオンはすぐに[#da=1#]の傍へ寄る。
床に伏したまま動く気配の無い幼い少年。
「[#da=1#]っ!」
返事がない。
ただ、浅くはあったが呼吸をしている事だけは確認できた。
人に触れられる事を強く拒んでいる幼い少年。
いや、こんな幼い容姿でも彼は立派な青年である。
魂を売り’吸血鬼’に人を襲わせた兄によって、街の人間が殺害されたという痛ましい事件がある。
無理矢理死の瞬間を迎えさせられた家族や友人に囲まれ、その中で皆の体温が消えていくのを感じながら自分自身もまた死を迎える筈だった。
[#da=1#]が再びこの世界で生を受けている事実は未だ不可解なもの。
成長を止めてしまった肉体を残したまま少年は幾数年の年月により、年齢だけを重ねている。
あの日以来、一切身長が伸びる様子がないそうだ。
[#da=1#]は死を迎える筈の身体で自己回復能力を開花させ死を免れたのだ。
事件の調査に来ていた’教授’に『唯一の生存者』として引き取られ、カテリーナにその身を保護された。
普段はトレスと組む事が多く、観察力などもよく鍛えられている。
潜入捜査も多く、子供が標的となった今回の任務で投入されたのはそういう内容だった。
今回の主犯であるギルバーシュ・アレンは、子供を攫っては『生きたまま身体の一部を焼く』という残忍な犯行を繰り返していた。
身動きが出来ない様に枷で繋がれ、伸ばして拘束した手や足を焼くのだ。
残忍で、残酷な犯行。
子供は恐怖のあまり、生きる事を手放してしまう。
死を迎えた子供の、手足が欠損したその身体を家まで戻すという『人の生命を二度殺す』という方法で、多くの人間を傷付けた。
子供を持つ身としては、腸が煮えくり返る様な犯行無い様だった。
駆け付けたレオンの目の前で、[#da=1#]の腕が焼かれた姿を見たその瞬間。
殺してもいいんじゃないかときっぱり思った。
しかし、任務は任務。
心を殺すしか方法は無い。
目の前でぐったりとその身を横たえている少年を、この腕でゆっくりと抱える。
肉の焦げた臭いが鼻腔をついて。
「胸糞悪ぃ…」
その身を預け切った幼い少年の不健康そうなその首元が垣間見える。
細く頼りない身体で、確かに呼吸をしていた。
安堵した。
その手に抱いて、無事を確認する迄生きた心地がしなかったなど、誰にも言えない。
ふと焼けた部分を見ると[#da=1#]の周囲に僅かに光が纏っている事に気が付いた。
少しの間それが何か気付かなかったが、レオンには次第にその光が何を意味するのかを理解できた。
これが[#da=1#]の能力であるという再認識。
失った右腕が。
『再生』といった方が正しいのか『回復』と例えた方が正しいのか、どちらか全くわからないが、少しずつ腕の形を取り戻し始めた。
その腕は色を戻しながら、お互いの身体を呼び合うようにぴたりと繋がっていく。
動かずに行方を見守っていると[#da=1#]が僅かに身じろいだ。
幼い神父が長い眠りから覚めた様子だった。
腕の中から大柄な神父を見上げる。
「――ガルシア…神父」
普段前髪で器用に隠れている赫く血の様な美しい瞳が、こちらを向いている。
どうやらそれを気にする余裕が無い位、憔悴している様子だった。
ゆっくりと呼吸をして。
まだうすぼんやりとした意識の中で、子供は現状を理解できないまま周囲を見渡している。
「大丈夫か?」
髪で隠れてはいるが、[#da=1#]は確かにレオンを見ている。
彼の笑った顔は確かに笑顔ではあったが、いつもの笑顔とはまるで違う。
「問題、ありません…」
起き上がろうとして動かした右手は、たった今再生したばかりのもの。
上手く力が入らないらしく、起き上がる事が出来ない。
いや。
レオンの腕にすっぽりと収まった身体が、力の入らない身体でうまく起こせる筈も無いのだ。
再生した腕は頼りなく細く白い腕が覗いている。
その腕はすっかり綺麗になった様に見えるが、よく目を凝らすと[#da=1#]の腕には先程まで焼けて落ちていた跡がぼんやりと変色して残っている。
それだけではない。
腕には銃で撃たれた痕や、切り付けられた痕、注射の痕も幾つも残っている。
潜入用に用意された平服から、普段僧衣で隠れてしまっている首元にも複数の痕が見え隠れしている。
傷だらけじゃねえか、こいつ…
自己回復能力があるんじゃ?
しかし外見の話で悪いが、著しく成長の遅れた幼いこの身体で大の大人と同等に戦う[#da=1#]の心の強さはあまりにも痛々しく感じる。
勿論レオンのそんな気持ちを理解する者はいる。
だが、戦う事を誰も止められない。
何故なら彼等は[#da=1#]が戦う意思を尊重しているからだ。
[#da=1#]自身が積極的な争いを好まないという事も理解している。
「お前、傷が完全に消える訳じゃねえんだな」
思わず。
言葉が口をついて出てしまった。
「すまん、」
しかし少年は静かに「そうですね」と答える。
幼い少年はまだこの大漢の腕から抜け出そうと、思う様に動かない身体を動かしている。
まるで柔らかいベッドにすっかり埋もれてしまい身体を起こせない様な。
気が付いたレオンが身体を持ち上げる様に起こす。
突然動かした事で左手が反射的にレオンの僧衣を掴む。
思わず声が出そうなったが、レオンは喉奥でその声を抑える事が出来た。
近くなると、甘い香りが漂ってきて。
鼻の利くレオンにはこの香りは悩ましい程に甘美で。
理性をもっと上手くコントロール出来なければと、一度咳払いをする。
強張ってしまった少年の身体を寄せてバランスを立て直してから、[#da=1#]の足が地面につく様にして身体を降ろしてやる。
足元が見えなかったからなのか定かでは無いが、思ったよりレオンの身長があって地面までが遠かったからなのか、降りていく距離に恐怖を感じたのか。
回復したばかりであまり力が入っていない様子の右手がレオンの僧衣へと伸びて。
「ん…っ」
小さな悲鳴が耳に届く。
恐らくレオンかトレスでないと聞き取れなかった程の小さな声だったが、[#da=1#]は確かにレオンの腕の中で僅かにその身体を震わせた。
足が地面に着いてすぐ。
その身を寄せて身体のバランスを整えると、幼い少年は「すみません」と言ってから2程後ろに下がる。
普段感じない子供らしい場面を垣間見た気がして。
性を偽っている事に気が付いているレオンにとって、この行動は理性を吹き飛ばしかねない危険なものだ。
幼い同僚を『相棒』と呼び、必死に理性を保とうとしているこの紳士の優しさに[#da=1#]は気が付いているのだろうか。
「――理由までは分からないんですけれど」
掠れた声で「でも、人を護る為に在る命ですから…」と続けた。
背を向けた[#da=1#]の後ろで、大きく息を吸い込んだ。
同性として、同僚として接してやる事が、この幼い少年にとって一番良い事なのだろう。
しかし、本当の幸せを知る事など、誰にもできない。
本当の幸せは、誰かが量れるものではないのだ。
レオンは病院にいる愛娘の笑顔を脳裏に蘇らせて空を見上げた。
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加筆修正を行いました。
20220403
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恋愛要素はもう霧程しかない気がします。
まずは恋愛のイロハを復習しますよはい…
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