- Trinity Blood -2章
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第一被害者
ロウディ=ヴァッハ
インタビューを受けた証言者の男は当時この街に滞在していた絵描きだったそうだが、彼は5人目の死者が出た時に我が身の安全を第一に考えて別の街へと拠点を移したらしい。
ただ、その後も街が気になっていた。
時折足を運んでみたが、墓が増える一方だった、と。
そして、滞在先として世話になっていた宿の子供がその命を落としたと聞いてからは、もう街へは行かなくなったという事だった。
その記事の中で男が「奇妙な話を何度か聞いた」と話しているのが残されていた。
『影が迫ってくる』『影が人を喰っていた』など『影』の目撃が多数あったというのだ。
しかしその『影』の正体は、その地域のどの新聞にも載っていなかった。
この街はいつの間にか忘れ去られ。
その『影』が、一体何だったのか。
取材を試みた者がいたのか。
日々新しい事が書かれ、常に毎日が目まぐるしく動くこの世界を発信している新聞に掲載されていた、小さな記事だった。
この新聞を皮切りに、1年以上の新聞を隅から隅まで確認しても一切この内容の続きは書かれていなかった。
それどころか、インタビューをした記者の名が突然、記事を掲載しなくなった事も。
そうするとこの仮定は安易に立てる事ができた。
しかしその場合。
この光を灯さなくなった世界に記者が足を踏み入れたと仮定すると。
加害者は、一体誰なのだという疑問がふと頭から離れなくなった。
勿論、一つの記事を最後に手腕が振るわずそのまま引退するケースも少なくはない。
実際ある事だし、記者など幾人もいる訳だから。
ただ仮定を幾つか立てた後、その仮定を元に全てを調べてみた。
その新聞社へも事実確認を一度行った。
暫くして返事があったが、要約すると『記者は取材に行くと言ったきり、戻らなかった』と、そう書いてあった。
疑問が強くなる。
この家に辿り着いた時。
まるで光を通さない沼の底の様な街を見下ろす、この小高い丘に建つ第一被害者の家の前に辿り着いた時。
[#da=1#]・[#da=2#]神父は、影と対峙していた。
立ち上る煙の様にスラリとした影がこちらを向いて。
月を背負う様に立つその影は、光を受けて異様に不気味だった。
「ロウディ=ヴァッハですね」
高く上がっていた影の口端が、突然下がる。
影が動揺した様子は、まるで人間の様だった。
じわじわと靄が晴れる様に煙のようなものが立ち上っていく。
僅かな時間だったが、その煙は夜空に溶ける様に消えた。
その姿は月の光を受けながら、ぼんやりとその姿を晒していく。
「――ああ」
女性を思わせる様なスラリとした体型。
腰まで伸ばしたその髪は、さらりと揺れて。
「美しい」を絵に描いた様な顔立ちの男性。
「…そんな名前だったな…俺は」
鋭い月を見る様な笑みが不気味にこちらを見ている。
「街の住人176名の殺害でお前を逮捕する。抵抗するなら、公務執行妨害も加える」
「喉を潤す時、空腹を満たす時――」
左手を高々と上げて。
背負った月が妖しく照らしている。
「目の前に居るの」
横へ向いたその顔は、月のシルエットに照らされてくっきりとその横顔を魅せている。
自分の美しさを強調する方向をよく理解していると言える。
「そう確か…最初に食べたのは君みたいな柔らかい肉の小さな子供だった」
まるで物語を語る様に。
両手を左右に大きく開いて、左手からゆっくりと口元へ持って行く。
口元から首、胸、そして臍と思われる辺りへと。
うっとりとして、その瞳を閉じた。
満足そうな表情を浮かべ、今度は右手をゆっくりと。
口元から首へ、胸、そして左手の上にそっと重ねた。
「俺が…この身の美しさを保っているのは――そう」
聞かずとも。
思い出して笑った彼の瞳は、以前兄に見た強い光。
彼は大きな声で笑い始める。
それは徐々に大きくなって。
騒音にも似て、しかし[#da=1#]は彼を見るだけ。
静かに彼を見上げたまま押し黙っていた。
ひとしきり笑った後、ロウディ=ヴァッハは名残を残しながら呟くように言った。
「彼らはこの美しさの糧となっただけ!」
それは既に勝利を予感したもの。
「罪人よ…――」
「はっ!誰だか知らねぇけどわざわざ餌が自分から!歩いて来るなんてな!」
その警告にどんな意味が込められたかさえ気付かない彼は、[#da=1#]の忠告に耳を傾けようとしなかった。
「警告はしたぞ…ロウディ=ヴァッハ」
実に残念な言葉。
ロウディは瞳をギラりと光らせた。
「しかし久々の人間だ…。やはりヒトの血の匂いは食欲をそそる」
月の光に血の様な瞳を映し、獣の様な早さでこちらに飛びかかって来た。
だがその早さを予見していた[#da=1#]は手首に付いたその腕輪から、小さなその十字架を鳴らす。
獣を正面から受け止める様に左手を差し出して。
風が途切れた。
「ぎ――っ」
言葉が同時に途切れ、男はそのまま地面へと倒れた。
降り立った筈のその大地へと、正面から倒れたのだ。
何が起こったのか理解した途端。
男の表情が一変した。
「ひっ…ひいぃィ?!!!」
今まで感じた事がない様な痛みを伴ったらしい。
男は喚きながら自分の切り落とされた右足に縋っている。
「神に祈れ」
「ぅるさい!!!うるさいこの…このおおおおっ!!!」
「常駐戦術思考を哨戒仕様から殲滅戦仕様に書換え。
戦闘開始。
発射」
無機質な声と共に弾け飛ぶ左脚。
振り返った先に居た、短く髪を切り揃えた小柄な神父。
闇夜に紛れて瞳が赤く、その存在を示している。
「お、れ…俺の――!!俺のあし…?!俺のあしがぁぁっ!!!!!」
立つという機能を果たせなくなった足が地飛沫を吐いて落ち、身体を地に叩き付ける様に転げたロウディ=ヴァッハは痛みを堪えられずに声を上げ続ける。
「おぅ[#da=1#]、生きてるか?」
「戦域確保。損害評価報告を[#da=2#]神父」
「…大丈夫です」
相変わらずの反応が、彼の無事を安易に理解させる。
「っのくそがぁぁ…っ!!!」
再生しかけた脚を庇いながら、逆の足を支えに跳び上がった男は[#da=1#]に左手を大きく振り上げた。
予測しなかった動きに、しかしトレスは冷静かつ無表情にロウディ=ヴァッハに愛銃を向けた。
「短生「発射」
冷淡な声が夜に響き、左の肩口を撃たれた銃圧で吹き飛ぶ。
地上で一度強く身体を打ち、土煙を上げて視界から遠ざかる。
悲鳴の少し後に呻きが聞こえ、ロウディ=ヴァッハは荒い息をしながら身を起こした。
「往生際が悪いぜ?」
「だまれ…っ!!」
しかしその身体は、再生しない。
「む、ぐ…っ」
歯を食いしばり、身体に力を込めて。
幼い神父はその様子を、ただ静かに見詰めた。
もう身体を再生させる事は出来ないと解っている。
だが再生しようと、男はもがいている。
何の感情も持たないという訳ではない。
ただ、静かにその様子を見詰めている。
「――く、ああ」
突然。
左肩を押さえていた右手が、消える。
いや、消えたというよりも。
右手が崩れ落ちた。
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