- Trinity Blood -1章
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レオンは広いはずのベッドに、大きな躰を横たえて大きな欠伸をしていた。
ベッド傍の椅子へ上着を投げる様にして引っ掛けていたのを見ると皺になる事もあまり気にしていない様だった。
『彼が寝転がると、大きい物が小さく見えるのは目の錯覚ではない』と以前アベルがそう言った事を思い出しながら、レオンの傍を通り抜けてバルコニーに向かう扉を開けた。
幼い顔立ちの一見少年としか見えないその神父は静かにバルコニーへと足を踏み入れた。
端まで辿り着くと膝をつく。
石の手すりを頼りに肘をついた。
並んだ月を見上げつつ。
普段前髪で器用に隠れたその瞳も、風に揺れて瞳が垣間見える。
茶色の様で、赫いその瞳。
見上げた月をその瞳に映して、静かにその身を任せている。
トレスと離れて任務に行くのは久し振りだった。
出発前から、緊張し通しだった。
集合場所は駅だった。
大きな駅舎で、人を待つのは苦痛ではあった。
ワーズワース神父がレオンとの合流迄傍に居てくれたのが、とても心強かった。
身体も大きく、背も高く、見上げる様なレオンと、今回は2人での任務だった。
トレスが居ないだけで[#da=1#]はこんなに不安だなんて。
レオンと合流した後に切符の手続きを行っていると、隣で案内の女性員に甘い言葉を掛けていた。
列車に乗る時は後ろから欠伸をしながら頭を搔きつつ付いてきたし、座席についてからは半分寝ていた。
目的地が近くなり網棚から荷物を取ろうとした時。
思いの外その網棚が高い事に気が付いて無理矢理手を伸ばしていたら、寝ていた筈のレオンが後ろから手を伸ばしてそのまま荷物を総て持ってしまった。
「自分の荷物は持ちます」と言ったが、レオンは「お前さんは切符を持っててくれ」と、何故か譲らなかった。
そんなにひ弱な印象だったのだろうか…
筋肉が付く様な身体をしている訳ではないのは確かだが。
いつもはトレスによって最小限に抑えられている、すれちがう人の体温。
変な男性が寄ってくる事も無いし、女性が言い寄って来ても見向きもしない。
少しだけ足が速いのでそこにだけ注意をしながら進めば良かった。
人の多い所や、薄暗く環境の悪い場所などでは僧衣の端を持つ事にしたが、否定的な見解を向けられる事も無かった。
しかし今回はレオンが相手だ。
距離を測るのも難しいし、相手が何を考えているのかを慎重に観察していなければならない。
普段より少し疲れた様に思った。
任務の内容も、頭には叩き込んだがどう遂行すればいいかは少し悩んでいる。
『標的の商談相手』がここへ足を運ぶという確かな情報はある。
だがその『標的』となる相手がいつここへ足を運ぶかは、一週間以内という情報の割り出しが限界だった。
派遣執行官が現地へ召喚される事が決まって、2週間という長い滞在を余儀なくされた。
幼い顔立ちの少年は、抱えきれない不安を背負ったままの一日を過ごした事で何となく身体が重かった。
バルコニーに腰を下ろして、ようやく少し身体が軽くなった気がして、長く息を吐いた。
張り切っていた糸が抜けていく様に身体がくたりとなって、柵へとその身を任せていく。
反ったその背中に月の光が降り注ぐ。
ゆっくりと頭を持ち上げて、再び月をその瞳に映していた。
月に照らされた背中から髪が流れて重力に従って落ちるのを、レオンはベッドに座って眺めていた。
「…長期任務はシャバの空気が吸えて嬉しいけど、こんな新生ホテルに泊まるなんて…経費から出るんだろうな?」
ベッドから見える四角い夜。
窓を挟んでバルコニーで風に吹かれている[#da=1#]。
勿論幼い神父がバルコニーへ出て行く頃にはベッドへ寝転んでいたが、それ以降はベッド上で起き上がって彼の動向を見守っている。
駅前で集合した時’教授’と共に座っていた小柄な神父。
彼は口数が多い方ではないが、何やらよく思案する姿が目立っている。
小難しい事ばかり考えているのではないだろうか。
風を受ける彼の横顔は美しく、普段前髪で器用に隠れたその瞳が月に照らされてとても鮮明に見えた。
その横顔はお世辞は抜きでとても美しく。
風に揺れた髪は時々月の光を受けて光る。
頭を掻きながらレオンはベッドから立ち上がる。
やはり今迄出会って来た男性とは印象が全く違う。
まあ美少年と出会った事は、無い事も無いが。
そういう事ではない。
あいつ本当は――
いや…まさかな
そんな事を考えながら、上着も着ずにバルコニーに繋がるガラス張りの戸を開ける。
戸の上に付いた鈴が、高い音を奏でる。
驚いた様子で振り返る小柄な神父。
僅かな警戒の色を帯びている。
「[#da=1#]、そろそろ冷える頃だから部屋に入れよ?」
振り返った[#da=1#]に、レオンは優しく声を掛けた。
それはいつもトレスやアベルには掛けない様な口調だが、恐らく彼にはその口調の違いは分からないだろう。
そして、レオン自身も恐らく自分がこれだけ優しい口調だと気が付くには時間が必要とされるだろう。
その警戒を含んだ表情に僅かな距離は感じている。
だが、レオン自身はそれはよく分かっている。
何と返事をしていいか戸惑った様子が見て取れる。
それは恐怖を纏った鼓動がここまで聞こえてきそうだった。
肩に掛かったその髪がさらりと落ちた。
気まずそうに目を逸らした[#da=1#]の瞳が、ちらりと紅く見える。
「…その…もう少し――」
バルコニーから動きたくないという、事だろうか。
「あと10分もしない内に雨が降るぞ」
逸らしていた瞳が、一瞬合った様な気がした。
雲の流れを見てレオンはそう言った。
「お前さんに風邪を引かれちゃ困るんでな、俺にも監督責任ってもんがある」
小柄な神父の傍に足早に寄ると、袖を引く。
抵抗する間もなく、レオンに引きずられる様にバルコニーから部屋に続く扉が近くなる。
強引目に引かれバルコニーから部屋へ戻った、大柄な漢とその大きな手に引かれた小柄な神父。
「ガルシア神父…っ!」
振りほどこうとする手はしかし、あのレオンの手だ。
どれだけ力を込めても、その手は振り切れることはなかった。
持ち上げられる様に引っ張られてソファに座らされた[#da=1#]は、少し距離を取って隣へ座ったレオンにその身を震わせている。
「なぁ[#da=1#]――
お前が幾つ俺に秘密を持ってたって構わねえし、それを責める気はねえんだぞ?」
背が低い[#da=1#]には、レオンは大きくて少し怖い感じがする。
遠慮がちに、しかし言葉の意味が掴めない様子で。
覗き込む様に見上げてきた彼のその瞳に笑い掛ける。
トレスにも、アベルにも見せないような表情になっている事に、レオンは気付いていないだろう。
そして、目の前にいるこの少年も。
いや、一見少年の様だが彼は立派な青年である。
「俺だってお前が知らない秘密を幾つも持ってるしな?」
言葉の真意が知りたくて[#da=1#]は前髪で器用に隠れたその瞳でレオンが言葉を発するのを待っている様だった。
覗き込む様にレオンを見詰めている。
一方のレオンは瞳が合っている事には気付いていたがこれを指摘するときっと、その瞳を伏せてしまうだろう。
レオンはその瞳が合っている事に気が付いていない様に装ったまま、少し視線を逸らしてやる。
「『イイ男』っていうのはな?そういう秘密を纏う事でが魅力が増すんだぜ?」
いたずらっぽいその表情で笑うと、何となく周囲が言っている印象と違うような。
震えていた身体は、収まりを見せた。
「いいか、先ずは俺みたいな紳士になる事が必要だ。ちゃんと見習えよ?」
身体を少し低くして[#da=1#]と近くなる。
「…俺みたい、な?」
少しかすれた声で反復する。
「そう」
何故か自信満々で。
レオンは笑っている。
「いいか?男は女性を口説けて一人前なんだぜ」
女性を口説けたら一人前だなんて、そんな事初めて聞いたが。
かくて。
レオンの個人授業が始まった。
きっと今日は眠れないだろう。
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最後まで読んで下さいまして、ありがとうございました♪
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加筆修正を行いました。
20210824
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