- Trinity Blood -1章
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*
廊下を歩いていると、レオンは「適当にぶらつくか」と提案してきた。
「好きに歩き回っていいぞ?」
レオンを見上げた[#da=1#]は、何か思案する様にすぐ下を向いた。
ややあって。
「難しい、提案ですね?」
と、返事をする。
意図が分からないと言いたげな表情。
「見覚えがある様な、とかあっちへ行ってみたい、とか――
兎に角行ってみたいと思う方に好きに歩き回るんだ」
レオンは「腹が減ったら店に入ればいいし、疲れたら休めばいいし」と笑う。
「早速適当に歩き回ってみようぜ」
僧衣の裾を少しだけ持って歩く[#da=1#]に何も言わず、レオンは[#da=1#]と街へ向かう事にした。
よく、トレスにしていた光景。
先日帰還したがホテルの廊下を歩いた時にも同じ光景に出くわしている。
不安なのだろうか
いや、記憶の無い世界では、不安しかないだろう。
扉を潜って広い庭園らしきところを歩いていく。
門扉迄少し距離がある。
歩く程近くなる立派な門構えの門。
通る時に崩れたら怖いだろうなとさえ、思う。
「街に出たら、人通りの多い所もある。無茶はするなよ」
無茶をするなとは、どういう意味だろう。
返事ができないまま、少しだけ身体を寄せた。
「大丈夫、俺が一緒だからな」
背中を押される様に門扉を通り抜けた。
「お前が 行きたい様に、歩けばいい。俺はずっと後ろに居るからな」
先に立って、どこかへ案内してくれるという訳ではないらしい。
人だらけの世界。
声や歌や音が沢山聞こえ、少し不安になる。
左右を見渡す様にしてゆっくりと歩き始める。
幼い顔立ちの神父は何を見て、何を目標にして歩いているのだろうか。
見覚えがるのか、それとも――
いや、そういう印象ではない。
暫く周囲の様子を窺う様に大通りを歩いていたが。
次第に大きな通りではなく、端の小路を選んで歩いていく。
――やっぱりな
そう思いながら、レオンは後ろから付いていく。
[#da=1#]が歩きたい様にすればいい。
影の様に静かに付いていく。
小さなその背中を追い掛けながら思案に暮れる。
このまま、記憶を取り戻す事だけが彼の幸せになるのだろうか。
この自問自答はずっと繰り返されている。
左右を見渡し、どこに行くかを慎重に決めて。
まるで、選択して人生を歩いている様な。
楽しそうに道を歩いている幼子とは違う。
この小さな身体で、必死に記憶の糸口を探している様だった。
悩みつつも、足を止めようとしない。
あまり沢山の人が居る所が得意ではない筈の、幼い顔立ちの神父。
記憶を失っているからといって、自分に鞭打って何をそんなに焦っているのだろうか。
自分の気持ちの赴くままに、と数歩前に歩かせて。
レオンは後ろで付いて回りながら、彼に何かトラブルがあった時にすぐに対応できるように。
風で揺れるその髪に目がいってしまう。
時折垣間見える横顔と、風に煽られて不健康そうな首元が目に留まる。
不思議と目を離せなくなっていく。
時々こちらを気にする様に振り返る。
言っては何だが、可愛い。
復讐者である任も遂行し、男性として偽った性を生きる暗い世界にその身を落とし続ける必要がいつまであるのか。
勿論疑問をぶつけるのは簡単だが、決めるのは自分ではない。
[#da=1#]本人だから。
目の前で周囲の景色を見渡しながら歩みを止めない。
気になる事があると少しの間立ち止まっている様だが。
何も言わずに後ろからついていく。
それだけ。
左の角を曲がって。
「あの…」
しかし突然こちらを向いて。
「あそこは、どう行けば?」
掠れた声は小さいものだったが、しかし声ははっきり耳へ届いて。
見覚えがある景色に行き当たったのだろうか。
「おお、…ああ、そこか」
周囲を見渡して。
前を歩くつもりはなかったが。
「行くか、こっちだ」
左右を見渡しつつ、レオンの半歩程後ろから付いてくる。
僅かにレオンへ寄った[#da=1#]だが、何故かそれ以上寄る事が出来ない。
記憶の無い自分が何か、ブレーキを掛けているとでも言うのだろうか。
前を歩くレオンの手を握ろうとして。
レオンに辿り着く前にその手は止まる。
時がピタリと止まった様に、手が動かなかった。
[#da=1#]は足を止めた。
「お前は体温が苦手だからな」
弾かれる様にレオンの方へ向く。
レオンはこちらを見て「いつもはこっちを持ってた」と、[#da=1#]の僧衣の端を持って、彼の手を誘導してやる。
僧衣の端を遠慮がちに持ったのを確認してから「その手は、離すなよ?」と笑った。
[#da=1#]は気が付いていない様だった。
何度も、僧衣の端を持って歩いていた事を。
さっきもワーズワース神父の部屋から門扉を潜る迄、僧衣の端を持っていたのだけれど。
小路を歩いて。
階段を登って。
少し開けた所へ出た。
そこは街を一望できる高台で、夕日が丁度通るらしい場所だ。
太陽がゆっくり景色の向こうへ進んでいる。
未だ夕日には早い様だが。
高台の先端へ足を進めていく。
付いていく幼い顔立ちの、今は記憶を失くした神父はレオンに引かれる様に付いていく。
「ここへ来たら、今日は終わりっていう事にするか」
高台の端へ寄り、柵へ手を置いたレオンは[#da=1#]の方を向いた。
「時間も決めないし、口も出さねえ。お前さんが気が済んだらここへきて、今日は終わり」
並ぶ様に柵へ手を置いて、レオンの顔を覗き込んでいる。
「いいか?」
こちらへ向いた笑顔が。
好きだった様な。
「…わかりました」
何となく、照れくさくて視線を落とした。
何故、あの笑顔が好きだと思っているのか分からない。
できれば、思い出したい…――
少しの間、太陽があの地平線に向かって進むのを見ていた。
まだまだ、夕日には遠い様だが。
「…どうやって記憶を――」
空に向かって。
ぼんやりと問い掛ける。
「どうやって取り戻せばいいんだ…」
空が答える訳も無いのに。
じっと、空を見据えている。
風が頬を撫でて、黒髪がさらりと持ち上がる。
前髪で器用に隠れたその瞳が、空を映していた。
茶色の様な、いや、赤に近い様な。
苦しいと顔に書いてある。
レオンは小さな声でぽつりと「気に食わねえな」と言った。
聴こえてきた声に引き寄せられる様にレオンを見上げる。
[#da=1#]の方を向く事は無かった。
「…記憶を取り戻す事が最善の策なのか?」
「…でも――」
記憶が無いことに焦りを感じている様子だった。
勿論任務に支障が出兼ねない。
石柵に置かれたその手を握る。
下を向いてしまった[#da=1#]に、レオンは暫しどう言葉を掛けるか悩んでいた。
言葉は人を傷付ける。
時に慰めもするし、喜ばせる事もできるが。
「どっちがお前にとって幸せなのかって考えちまうんだよな…」
そう言った少年の、いや、今は本来の性を偽っている事すら忘れている筈の少女。
「しあわ、せ…」
レオンは軍部介入を見越した場合、テロの予告があった場合、特殊活動などで召喚される事が多い。
そういった面に於いて秀でているだけに、命の危険に晒される場合が多い、という事だ。
勿論どの任務にも命の危険が伴う事が多い派遣執行官達は、相手の身ばかりを心配している場合ではない。
一つ間違いを起こしたら、愛娘には二度と会えなくなってしまう。
’別荘’で強制拘束されているレオンにとって、彼ら派遣執行官や愛娘に逢える時間は限られている。
この限られた自由な時間の中で、[#da=1#]の記憶を取り戻してはやりたいが。
果たして本当に記憶を取り戻す事が本当の幸せにつながるのか。
考えるな…『本当の幸せ』は、俺が量れるものではない――
「お前は…記憶を取り戻したいか?」
…………‥‥‥‥・・・・
トリ・ブラの更新がやっとできました!
ありがとうございました!
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20210916
加筆修正を行いました。