- Trinity Blood -1章
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報告書に目を通して間も無く。
カテリーナは一番避けたい質問をぶつけてきた。
実に静かな口調で。
記憶を必ず、取り戻す様にと。
手段は選ばないと言った。
最終的にアベルの失態だとしても、原因の一端を担っている自分は勿論そのつもりではあった。
レオンは返事を返しつつ、しかし腑に落ちない部分もあった。
記憶を失うのは当然恐ろしい事だ。
しかし。
彼はこれをきっかけに記憶を失ったまま普通の、女性として、いや。
かぶりを振る。
ここから先を決めていいのは決してレオンやアベルではないし、ましてや上司のカテリーナでもない。
[#da=1#]自身なのだ。
レオンは思案しつつ廊下を歩いている。
途中誰とも会わなかったのか、それとも自分が気が付いていないのか。
進んでいく内に考えが纏まるかと思っていたがこれが案外難しい様だった。
教授がいる研究室をノックすると奥から「どうぞ」と聞こえてくる。
「’教授’、[#da=1#]居るか?」
本人は片付けているつもりだからあまり言わないが、お世辞にもあまり綺麗とは言えない研究室にレオンは踏み込んだ。
時々[#da=1#]が行っていた記憶はある。
入るなり。
「やあ君か。着いたところで申し訳ないが、彼に何か大きな衝撃を与えなかったかね?」
不敵な、いや、明らかに怒りを含んだ声がレオンに届く。
教授の殺気が篭った笑顔に珍しく殺気を感じた、その直感は間違いない。
ワーズワース神父は、正面切って争うにはやや分が悪い。
「そりゃへっぽこだ。麻酔から覚めたての[#da=1#]を無理矢理外に引っ張り出したんだからよ」
その原因の一端は、自分も担っているが。
「ふむ…」と顎へ手を置く’教授’に、やや申し訳ない気持ちはある。
「そうか…しかし妙だね」
出窓に座って、ぼんやりと窓の外を見渡している幼い顔立ちの神父。
お気に入りの場所だから、と勧めると一度’教授’を見上げたが、遠慮がちに窓辺へ向かった。
一度も声を掛けずに彼を観察していたが取り乱す風もなく。
「彼を見ているとあまり記憶を失くした様には見えないんだが」
それは、レオン自身も感じた違和感の一つだった。
もっと取り乱すケースにしか出会った事が無い。
記憶と共に、感情が欠如しているのだろうか。
そこまで疑ってしまう。
いや。
兄への執念に全てを注ぎ込んだが故に、今は感情が波立たないだけなのだろうか。
レオンが部屋に入ってきた事すら気が付いていないのではと思う位、身体ごと窓の向こうへと向いている。
アベルにバルコニーやベランダに出ない様に、窓を開けない様にと言われていたので、外への気持ちが強くなっているのか。
「同じ位の衝撃を与えるっていうのはどうだ?」
「却下だね」
間髪入れずに教授の冷たい一言が飛んだ。
離れた所で会話をしていても、目線がずっと[#da=1#]へ向いていた。
「…冗談だよ。俺はこいつには優しいんだ」
ただアテも無く窓の外を見ている[#da=1#]に足を向ける。
あのままだと窓を突き破ってしまうのでは、と思うと口の端が僅かに吊り上がる。
視線を合わせる様にしゃがみこんだレオンに気が付いてそちらに目を向ける。
「な、[#da=1#]?」
少年の様な、笑顔。
好きだなと思った、記憶がある。
この笑顔が、何故か良い印象だったような…好きだと思っていた、様な。
「少し歩くか。ほら、行くぞ」
差し延べられた掌は、[#da=1#]にとっては優しいもので、何等疑う事はなかった。
手を重ねる事は躊躇っていたが、その手に惹かれる様にして[#da=1#]はゆっくりと立ち上がる。
ワーズワースはその行動に些か驚いた。
記憶を失くしているとはいえ。
いつの間にか自分やトレス以外にも差し出されたその手に躊躇しない相手が増えていたなんて。
幼い顔立ちの神父は大柄な漢を見上げる様にしながら、近くへ寄った。
器用に隠された前髪から垣間見えるその瞳で、レオンを覗き込む様に見上げている。
[#da=1#]の背中を、教授は嬉しく思っていた。
左肩から見事に吹き飛んだ腕を持って帰ってきたトレスのメンテナンスを終了させる方が優先だと理解しながらも、[#da=1#]の記憶喪失について気掛かりではあった。
幼い顔立ちの神父の記憶を取り戻す任務は、カテリーナ・スフォルツァ枢機卿によりレオンに託されている。
個人的には不本意だが、任せるしかないのだ。
「[#da=1#]君」
声を掛けると、[#da=1#]はその名を呼ばれる事に、若干の違和感を持っているかの様に振り返った。
その表情は少し不安を抱えた様なものではあった。
しかし。
「いや…――気を付けて行き給えよ?」
’教授’の言葉に、何かを言いたそうに口元が僅かに動く。
「神父レオンと、はぐれない様にね」
言われてもう一度レオンを見上げる。
背を向けたままではあったか恐らくレオンは優しい表情を向けているだろう。
レオンは気が付いているのだろうか。
ワーズワースへと向いた幼い顔立ちの神父は短く「はい」と答えた。
「行っておいで」
そう言って、見送る。
扉の向こうへ消えた2人に「早く、戻ってきてくれ給えよ」と、心の中で静かに呟いた。
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20210909
加筆修正を行いました。