- Trinity Blood -1章
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*
「…な?」
青年は、これ以降言葉を発する事が無かった。
「…神の怒りにでも触れたんじゃ、ないか?」
噴水の如く首から血を噴き出している。
[#da=1#]は血に染まる自分の顔や手、黒がより深くなる僧衣を気にも止めずに、既に落ちてこちらを見る事も話す事もしなくなった頭を見下ろした。
「何故神はお前に生きる権利を与えたんだろうな?」
青年だった頭部が、ごろりと転がって上を向いた。
眉を寄せてこちらにぎょろりと瞳を向けている。
その瞳が少年を映した先で、少年はナイフを抜き去った。
慈悲もないその表情は、前髪で器用にその瞳を隠している。
ぼんやりと胸元が光っている。
「お前が、兄であった事が…私の最大の罪なのかもしれないな――」
少年はそれ以降黙って…、いや。
「…っと」
そのまま崩れる様に意識を失った[#da=1#]を抱き留めた。
「よく、やったな…」
声を掛けられない。
いや、掛けたとして。
ぼんやり光る胸元を眺めながら。
レオンは静かにその小さな身体を抱き締めた。
体温を苦手としている[#da=1#]を抱き締めてやる事など、意識のある時には出来ない。
震える様に浅く呼吸をする身体の体温を感じながら。
この場をどう片付けるか思案していた。
鼓膜を突く様な小さなその音がカフスから鳴ったのはその時だった。
『レオンさん?』
正直ちょっとアベルの事を忘れていた。
彼は今一番重要な任務の最中だ。
「おう、」
本来自分達がやらなければいけなかったものだったが。
ここで起こった事を、どう説明する事も出来ない。
勿論ここでの出来事を報告書に書くつもりはない。
しかし如何にして書くかは、考えていた。
『身柄を、拘束しました』
「やるじゃねえかへっぽこ」
ああ、今こそ普段頼りない筈のアベルに感謝するべきだ。
しかしアベルの方は実に状況が分からないと言った様な口振りだった。
『いえ、なんというか…取引相手だと思われて盛大に手を振られたんですけど』
「…あ?じゃああの男――」
長髪の、あの男。
『え?何です?』
兎に角ここを何とかしないと。
レオンはすぐに周辺の状況を確認する。
「いや、兎に角ケイトに連絡してくれ。部屋で合流する」
・
・
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長髪の男は「帰る」と確かに言ったが、取引相手に取引を中止する事を言わなかったらしい。
それが分かったのはフロントへ降りてきた男がアベルに向けてにこやかに手を上げたから。
長髪の男性が来るとしか情報が無かったらしい。
席に着いたアベルが名乗った途端。
生物学者ガイン・ハウバーは飛ぶ様に逃げ出したが、残念ながらアベルにその身柄を拘束されてしまった。
抵抗も虚しく捕らえられたガイン・ハウバーは、生物兵器をとうとう第三者の手に渡す事なく破滅する事になった。
内部告発者を射殺。
これで安心して取引を行えるとアピールしたが、国務聖省にそれを掴まれてしまった。
勿論排除したつもりでいた様だが。
情報を掴んだ国務聖省側はそれを報告。
今回必ず取引があると、そこまでは掴めたがそこまでだった。
生物兵器なら自己回復能力を持つ[#da=1#]と、機械であるトレスが適任だった。
もし万が一生物兵器が撒かれても被害が最小限になる様にに細工が出来る、という判断だった様だ。
しかしトレスが別件で任務に就いていた為、レオンが選ばれた。
一週間以内である事は確実だったが、それ以上日にちを絞る事は出来なかった為レオンと[#da=1#]の不似合いといえるペアが選ばれたのだ。
実際フロントマンから『出張と偽ってお楽しみするのはよくあるんですが、ホテルの設置品等には手を付けないで下さい。後片付け大変なんで』と、眩暈がする発言があった。
この紳士に何たる暴言だと呟きつつ。
一度[#da=1#]をその腕から降ろして、周辺を片付ける。
不自然にならない様に。
細工など簡単だった。
あっという間に場を片付けると、レオンは[#da=1#]をゆっくりと抱え上げた。
「戻るぞ、…いいか?」
レオンの腕の中で意識を途絶えさせたままの[#da=1#]に問いかける。
音もなく。
レオンはこの部屋を後にする。
足を進めている時に思い出していた事。
「ごめんな――」
[#da=3#]、と呼ばれていた。
「知られたくなかっただろうな…」
僅かにその身は身じろいだが、瞳を開ける事はなかった。
廊下を歩きながら。
きっと、知られたくない内の一つだったのだろうと。
あと幾つの秘密があるのか。
「あーあ…さてへっぽこに何をどう言うべきか」
この幼い神父はここでの出来事を覚えていたとしても、事の顛末を話すのは難しいだろう。
とにかく、早くこの血で染まった衣類を片付けなければ。
早く。
彼女を…いや、彼を。
安全な場所へ。
レオンは足を速めた。
本来なら自分達が拘束する筈だった生物学者ガイン・ハウバーは、身柄を拘束されてアベルからケイトに託される。
窓から見える景色が流れるスピードが速くなる。
何故生きている、か――
男の言葉を思い出していた。
「お前は確かに俺が心臓を貫いた筈だ」
確かにそう聞いた。
どこにでもありそうな話だが。
殺したいと願っていた人物でも、心のどこかで生きて欲しいとでも思っていたのだろうか。
矛盾した気持ちはしかし理解できる。
記憶を失った筈なの少年は。
鮮明にあの青年を思い出した。
憎しみの記憶が強かったのだろうか。
胸に突き立ったナイフの傷はすっかり癒えている様だった。
光っていた筈の傷口はすっかり光を失っている。
思いを巡らせている間に。
部屋へ着いたレオンは静かにその扉を開いた。
ソファへ座らせた[#da=1#]へ、室内着を用意してやる。
兎に角アベルが戻る迄に、着替えさせてやりたい。
「おい、起きろよ?」
何度か揺すってやる。
「…ん、っ」
何度か瞬きをする。
周囲を確認する様に、左右を見渡した。
「――ガルシア…神父?」
朦朧としている様子の[#da=1#]は、しかしレオンの名を呼んだ。
もしかして記憶が戻っているんだろうか。
「どうして――」
いや、違う。
記憶が戻っている様子は見られない。
「兎に角、早く着替えろ」
言われて[#da=1#]は素直に頷いた。
「眩暈とか吐き気とか、あったら早目に言えよ?」
「…はい」
押す様に寝室に連れて行く。
「アベルが来るから、早くしろよ?とりあえず着替えた服はその辺に置いとけ。後で何とかする」
耳の鼓膜を突く音が聞こえ、返事を待たずに扉を閉めた。
カフスを弾くとアベルの声が聞こえてくる。
『あ、レオンさん?今終わりました。そちらへ向かいますね』
ケイトへの引き渡しを終えた様だ。
「そうしてくれ。こっちは今部屋だ。撤収準備をする」
『分かりました、私もそちらへ向かいますね』
もう数分でアベルと合流だ。
幼い顔立ちの少年が着替えるのが先か。
滞在していた間に散らかした私物を総て回収している。
テーブルに置かれた、注射器の入ったその箱。
箱を手に取ると、一つだけ使用された後がある。
[#da=1#]が記憶を失うきっかけになった、一番最初の『原因』。
これさえ打たなければ…?
いや。
しかしレオンは頭を軽く左右に振った。
過去の悪夢に首を絞められてアイツがもっと苦しむ事になったらそれは違う。
思考を止める、ノックの音。
「アベルか?」
レンズを覗き込んで本人か確認する。
手を振るアベル。
扉を開けるなりレオンは「よっ、本日の最高功労者」と笑う。
「いえ、なんていうか気が付いたら任務が完了していた感じだったみたいなんですけど…」
指で頬を掻きつつ頼りなく笑うアベルを迎えるとソファへ座る様に指示して、自分は撤収作業の続きをする。
「まあいいじゃねえか、何だかんだ上手く行った事に変わりはないみてえだし」
「それよりレオンさん、一体どちらにいらしたんです?あの口振りからすると標的の取引相手さんと一緒だったみたいですけど」
言われてレオンは「ああ、実はな」と笑った。
「フロントで金が入ってそうなケース持った奴らがいただろうって首根っこ引っ掴んでやったら部屋番号を吐いたから、扉をけ破ってやっ…開けさせたんだよ」
「そんな…!!このホテル扉めちゃくちゃ高そうじゃないですか…!!経理の皆さんに何て言われるか…!!」
あわあわと狼狽えるアベルなど気にする風もなく。
レオンはまあまあと笑っている。
「兎に角、俺が入った瞬間に上司と思われる男が一人逃げ出して、もう一人は始末した」
「ええ?じゃあ上司の方は逃したんですか?」
[#da=1#]の事で頭がいっぱいでそれどころではなかった、とは言えない。
「取引を中止するって、伝えに行く様な事言った気がしたんだが…もう一人の男と対峙してたから俺だってそれどころじゃなかったんでな」
顎に指を当てて首を傾げるレオン。
いや「帰る」と一言言っただけだった様にも思う。
その上司とやらは姿を現す事も無く。
結局その男は正体も素性も所在も分からない。
報告書へはどう書くべきか。
「[#da=1#]は居ねえし…その場に居たとしても記憶が無い以上役に立つ事も無かっただろうけどな」
ひと段落し、アベルの向かいに腰を下ろすレオン。
「…すみません…」
しょんぼりと肩を落とすアベルの仕草は女性のいう『可愛い』という言葉が似合いそうだ。
だが今はそんな事関係ない。
「責めてるわけじゃねえ…まあ任務は7割成功ってところだ」
「あ、ところで[#da=1#]さんは?!」
突然頭を上げて、アベルは左右を見渡す。
驚いたり落ち込んだり思い出したり、忙しいやつだなこいつ。
「撤収作業してる最中に見付けたわ…」
ため息をつきつつ、ソファへその背中を預けて天井を仰いだ。
「え…?それって…まさか」
「寝室のクローゼット奥で寝てたぞ…信じらんねえ…」
寝室の奥にあるクローゼットの中は確かに少し気温が低くひんやりしている。
服で暗闇に紛れると、確かに一見では分からない。
「奥のクローゼットで寝る奴なんかいるか?記憶を失ったとしてもそんな行動するか?」
頭を抱えてため息一つ。
項垂れた様子のレオンにアベルは「何かに…怯えていたんでしょうか…」と言葉を濁す。
アベルは過去を知っている。
『兄』の存在が、記憶の中で『恐怖』の位置付けをしていたなら、クローゼットの奥で身を潜めていてもおかしくはない。
記憶の無い状態で、扉の向こうに男が2人居たこの状況では、身の危険を感じても不思議ではないだろうが…。
「荷物片付けてたらクローゼットの奥に人影があった時の俺の心境を述べろよってなるわ…」
盛大にため息をつく。
レオンは頭を上げると、扉を向いたアベルに「今着替えさせてるから入んなよ?」と付け加えた。
「そう、ですね」
腰を浮かしたタイミングでレオンの声に引かれて、ソファへ座り直す。
アベルは視線を落として、一呼吸置いた。
「あの――聞かないんですね、レオンさん…私が何故ここに来たか」
「今更ですけど…」と、アベルはその頼りない笑みを浮かべた。
「聞かないのは、来た理由が分かってたからだよ。このへっぽこ神父」
レオンはそう言って笑った。
「そう、ですか…」
アベルは困った様な、でもどこか安心した様な顔で笑った。
「まだやる事が残ってるから、これで終わったと思うんじゃねえぞ?」
「まだ…何かありましたっけ?」と首を傾げるアベルにレオンは溜め息をついた。
「あいつの記憶、取り戻してやらなきゃな?」
「…レオンさん」
彼がこんな瞳でいるのは、彼が「世界で一番イイ女」という彼女の前でしかないと思っていたが、それは意外なところで見る事が出来た。
「…何だよ?」
不思議な玩具を渡された子供の様な瞳で見詰めるアベルに、レオンの優しい瞳は既に消えていた。
………………‥‥‥・・・
ここまで書いて記憶失くしてた事に最近気付いた作者…(汗
今からどう進めて行こうかな…??
結構取り返しがつかない事を書いてしまった気がする…(汗
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20210908
加筆修正を行っています。