- Trinity Blood -1章
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
母の死
父の死
友達の死
街の人の死
そして
兄の
兄の瞳
膝を抱える
横を向いて隣のベッドを見る。
どうやら今回同じ任務に就いている相手は、ここにはいない。
空っぽのベッド
一度目が覚めた時に、寝かされていたベッドだ。
今自分が居るこの左奥のベッドには、本来任務に就いている同僚が寝ている筈だった。
「もう使えないから」と言って、こちらで寝る様に言われた。
自分のやった事だからとソファを使うと言ったが、同僚は聞く耳を持たなかった。
ベッドを移動する前に着替えるように言われ、[#da=1#]は室内着に着替えたが。
質素な室内着を脱ぐと、何故かベッド脇に丁寧に畳まれてあった僧衣を纏った。
着替えながら、ぼんやりと昨日の事を思い出している。
雲が暗く、空が澱んで。
テラスへ足を踏み出すと、雨が降って。
それから…?
記憶を辿り始めたその時だった。
耳の鼓膜に微かに聞こえる音がする。
[#da=1#]はカフスを軽く弾いた。
・
・
・
「あ、[#da=1#]さん起きてましたか?」
列車の中であっと言う間に流れて行く景色を眺めながら、アベルはいつもの様にだやかな口調で呼びかける。
きっと彼なら起きている時間だろうと、でも通信が繋がるまで何となくそわそわしていた。
今の自分を見たらきっと通りがかった子供にだって笑われていたかも知れないとぼんやり考える程窓に映った自分はあまりに落ち着かない様子で映っていた。
「…[#da=1#]さん?」
『…起きてます』
相変わらず素っ気ない声だが、彼は答えた。
その言葉で、アベルは[#da=1#]が少しばかり疲れている様に感じた。
「[#da=1#]さん…昨日の事、覚えていますか?」
[#da=1#]の事を聞いても、きっとレオンは理解してくれると思ったのだ。
「先日の事も含めて、レオンさんは貴女の事心配してると」
『お断りします』
[#da=1#]は聞き取りにくい掠れた声だが、しかしはっきりと耳に届いた。
予想した答えながら少し声のトーンが上がる。
「しかし」
『取り乱してしまった事には改めて謝罪をします。しかし貴方が今言わんとしている事は、自分の為にはなりませんので。失礼します』
一方的に通信を切られてしまった。
「[#da=1#]さん…?!」
言った時既に遅し。
何も言わなくなったカフスを、アベルは溜め息混じりに撫でた。
・
・
・
一方の[#da=1#]も、小さく溜め息を付いていた。
先日の発作は確かにレオンを驚かせただろう。
目が覚めた時、何も聞かずにレオンはコーヒーを差し出してくれた。
ただ一言「風邪ひく前に着替えとけよ」とだけ言った。
踏み込まれなかった事を感じたのはこの時だった。
コーヒーは苦かったが、不思議とその味を嫌いになれなかった。
兎に角先ずは昨日の事を謝罪しなければと、[#da=1#]はベッドを降りた。
寝室から出ると、そこは誰もいなかった。
ソファの端に毛布が掛けられているだけだ。
ソファの傍へ座り、ソファを頼りに肘をつく。
額を付けて突っ伏す。
昨日の事は謝罪するつもりだ。
どう言うか。
何を話すか。
過去を話すか?否。
思案に暮れる。
体温が怖い。
人に触れられる事が怖い。
傍に居るだけで恐怖する事もある。
どう言葉にすればいいのか。
突っ伏した頭を抱えて、ため息をついた。
どうして、こんな風になってしまったのか。
自分が一番分からない。
理解に苦しむ。
突然扉が開いた。
弾かれた様に顔を上げると、大きく感じたその扉が小さく狭そうに見える。
遠近法…いや。
「おう、起きたのか!調子はどうだ?」
何やら束ねたものを携えて聞くレオンに、[#da=1#]は慌てて立ち上がろうとする。
「いいぜそのままで。頭痛とか、熱が出たりしてねえだろうな?」
傍のテーブルに置かれたのはどうやら前日に提出を求めた資料だ。
ソファの傍で座り込んでいた[#da=1#]の顔を覗き込み「大丈夫そうだな」と笑い掛ける。
急に近くなった事で身体が僅かに反り返ったが何とか返事を返した。
「通信系統の書類を全部頂戴して来たぜ」
10㎝程の高さの資料が3段と少し、テーブルに腰を据えている。
盛大な溜息をついて、向かいのソファへ腰を下ろしたレオンは軽く手首を振った。
「国務聖庁から正式に申請があったからってご丁寧に全部くれたんだけど、これがまた重いんだよったく」
ソファへ座り直して、[#da=1#]は近くにあった資料の紐を解いた。
レオンは一度席を立ったが、少ししてコーヒー片手に戻ってきた。
「あ…今更だけど紅茶の方が良いか?」
レオンは、コーヒー派なのだろうか。
「いえ…有難うございます」
近くに置かれたコーヒーカップから流れる香りは、何となくほろ甘い感じだった。
「神父レオン、昨日は…」
「おう、その分しっかり今日は仕事やってくれよ?」
遮られた様な。
しかしその金色の瞳をちらりと垣間見ると、大漢は書類片手に「頼むぜ、相棒」と笑っている。
相棒、と呼ばれた事に僅かに動揺してしまう。
真意が分からない。
まだあまり任務に就いている期間が短いレオンに、そんな風に呼ばれるとは思わなかった。
彼は、あまり’別荘’から出る事は無い。
会う頻度が少ない事になる。
そのレオンが自分の事を相棒と呼ぶなんて。
まだ、会って2度目だったと思うが。
思考が止まらない。
空っぽだった心が、妙に潤ってしまった。
レオンから目が離せなくなる。
書類に目を通していたレオンが「惚れ直したか?」と笑った。
そういう意味ではない…筈なんだけれど、と思いながら。
「ところで気になってたんだけどお前さんのその武器、やっぱり’教授’仕込みなのか?」
「え?…はい」
[#da=1#]が身につけるその腕輪は、小さな十字架が付属している。
この十字架は引く事で0.1㎜に満たない絲が繰り出され、相手を圧倒する。
錯乱した[#da=1#]はレオンのその手を引き、切り落とさんと絲を絡めたのだ。
しかし。
咎めるどころか、彼は笑っている。
それどころか、あの行為を評価している様だった。
「それすげーな。身軽なお前さんにはぴったりの武器だぜ」
まるで子供の様な笑顔。
いや、失礼か。
[#da=1#]は、表現し難いこの言葉を選び切れなかった。
「さて、じゃあやるか」
レオンは紙を1枚手に取る。
表情が変わる。
前髪で器用に隠れたその瞳で覗き込む様に見てから。
積み上げられた書類の中から一枚用紙を手に取った。
・
・
・
「どいつもこいつも…オカズ番組ばっかり繋ぎやがって」
3㎝程手元に積み上げたその書類に、叩きつける様に一番上に手に持っていた書類を置いた。
「そんなに面白いのか?」
部屋に設置されたスクリーンを見る。
ソファに寝転がって、一つため息をついた。
「休憩がてら見てみるか」
ふと、何か言いかけた様な気がして[#da=1#]を見ると。
…目が、合った様な?
「どうした?」
しかし、その瞳は、合わす事をとても嫌っている様だった。
レオンは本人に確認した訳でもないのに「俺が嫌いな訳じゃない」という確信があった。
「休憩しようぜ[#da=1#]」
一体何でそう思ったのか、確認しても「俺がそう思ったからだ」とでも言うのだろうか。
書類をテーブルに置かないまま。
「そうだ、何か話でもしてくれよ」
突拍子もない申し出に正直驚いた。
子供みたいな。
「何でもいいんだけどなっ」
子供みたいな笑顔。
こんな瞳を向ける相手が、
いるんだろうか。
・