Hold me tight.
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急いではいないものの、引越を考えていた。
ポケットにメジャー、メモとボールペンを持って新しい部屋候補の内寸を測り歩く。
うんざりしているに違いない仲介業者はこの際無視して、たっぷり時間をかけて吟味していた。
もはや引越そのもののよりも、部屋を渡り歩き採寸をしながら比較する作業に快感を味わい始めていた時。
ドアの背が、手の中のメジャーを190まで伸ばした。
190cm。
「…ふーん」
黙って採寸していた私が初めて漏らした感想とも取れる声に、仲介業者が「気に入りましたか?」とすかさず尻尾を振る。
とくには、と答えると愛想笑いを固めてまたそっぽを向かれた。
ただ単に、私は思い出したのだ。
初めて私の家に来た時に「窮屈なドアですね」と眉をひそめた、彼の顔を。
・・・・・・・・・
Hold me tight.
・・・・・・・・・
「チャンミン背高いもんねえ」
「なんです急に」
「いやべつに」
1年住んだこの部屋にすっかり馴染んでしまった背中。
私の独り言のような呟きに反応はしてくれたものの、顔はこちらを見なかった。
チャンミンがここに入り浸るようになってからは3年が経つが、もうすっかり主気取りだ。
四角いテーブルの、テレビ正面の位置はもう彼のものなのらしい。
彼が居る時はいつもより部屋が狭くなって見える。
キッチンに置いた丸椅子で彼の広い背中を眺めながら、手持ち無沙汰なメジャーを引っ張っては戻した。
「……………」
新しい部屋はなかなか見つからない。
見つかってから引越を伝えようと思っていたが、そろそろ言うべきなのかもしれない。
「…ねえチャンミン?」
「し、今いいところです」
「………」
いつも思うが、きっとあまり言葉も理解できていないだろうに、落語の何が面白いんだろうか。
今がいいところかどうかなんて日本人の私にも分からない。
真剣に落語を見守っている(笑ったところは見たことがない)チャンミンがよしと言うのを、飼い犬のようにじっと待った。
なんとも手持ち無沙汰で、メジャーをするする伸ばす。
30cm
60cm
100cm
140…
「あ、お茶まだですか?」
「…………え?」
「さっきお茶くださいって言ったと思うんですけど。僕」
「うん。自分で入れたら?って言ったじゃない。私」
「知りません」
彼が振り返りもせず要求だけ言うものだから、言う事をきくのがシャクになってそう答えたのだが…
どうやら返事など待たれてもいなかったようだ。
要求を与えた時点でそれはのまれて当然と思っているのらしい。
主気取りは定位置だけの事ではないのだ。
「はー…ちょっと待ってね」
「ええ、さっきから待ってますよ」
可愛げの無い返事。
やはりこちらを向く事はない。
180まで伸ばしたメジャーを引っ込めてシンクに置く。
ヤカンに水を溜めながらもう一つため息をついた。
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