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早朝の街
土曜出勤の群れがまばらに駅に吸い込まれていく。
さっき挨拶をしたバーテンの目はもう¥マークじゃなくなっていて、ユチョンの目と同じ、トロンと溶けた形をしていた。
けれどしっかり「もうあいつら帰りましたよ、結局出禁になりました」と教えてくれたので商売しているなあと思う。
また来月も来ようか、そう思って店の入り口を振り返ると息をきらしたユチョンがそこに居た。
「…っは、はあっ、なんで、先、かえ…っ」
会計の時、ちゃんとバーテンに頼んだのに。
ぐっすり寝ているからダンサーのお友達に連れて帰ってもらって、と。
「寝てるのに、起こすの悪いし…」
「はあっはー、ちょっと…待って」
本当は、そんな理由ではない。
半年で培った恐怖心すら手を引いてしまいそうな自分の気持ちを、このままユチョンに預けたくなかったのだ。
ただ、冷静になりたかった。
寂しいからではなく、吊り橋効果ではなく
私の涙に気付いてくれたユチョンだから、恋をしたいと、思った。
それには、今日の出来事はあまりに刺激的すぎる。
舞い上がってしまった頭を冷ましてからでも遅くはないはずだ。
だいたい、ユチョンにとっては私が思うほどの出来事じゃないかもしれない。
早朝の冷たい風が私の思考を冷静にしていく。
目の前のユチョンに、私は自分から「じゃあ、また来月」と言わなければいけない。
ユチョンの息が整った頃を見計らって口を開く。
「…じゃあ…、また」
「なまえ、これ」
「…、…携帯…?」
急に手渡された携帯とユチョンの顔を見比べた。
意図が読めない。
「なまえの番号入れて」
「…ユチョ、」
「来月まで、待てない」
反応が遅れた私に痺れを切らしたように、ユチョンは携帯を持たせた手を引き両手を掴んで言った。
「もっとぉ、なまえのこと、知りたい…んすよね…」
わざわざ顔の位置を合わせて言うユチョンは、たった今呼吸を整えたところなのに、快晴の空に映えるくらい真っ赤で。
「好き、…かも…」
肝心のところで濁した彼もまた、冷静にならなければと思っているのだと分かった。
両手を拘束するユチョンの手。
恐怖ではなく、心地よさを感じる手。
私はそれを見下ろしてから顔を上げる。
私も快晴に映えるほど きっと真っ赤な顔で、言った。
「…私も」
本格的な拘束に等しい彼の両腕の中で、地下に通じる入り口を見る。
昨日の夜、ここに入る時に持っていた感情はもう無い。
寂しい。
そう言って泣く私はもう居ない。
「…ちょっとずつお互いのこと、知っていこう」
私の言った台詞に彼がうんと頷いて、私は一つ、新しい彼を知る。
「あー…仕事、行かないと…ごめん、携帯、入れて?」
「あ、うん、ちょっと待ってね…」
「マネジャさんもう来てるかな…」
「マネジャ?…マネージャー?…はい、入れたよ」
「あ、この番号?鳴らしたらいいすか?」
「うん、…ユチョン仕事なにしてるの?」
「あー、…歌手ー…」
「え、あクラブシンガーとか?ってこと?すごいね」
「んー、あ、あれ」
大きなトレーラーが信号待ちで目の前の大通りに止まる。
ユチョンの指の先に、やたら綺麗な男の子のどアップが5つ並んでいた。
真ん中はなんだか見たことがある顔…。
誰だっけこれ、たしか…
あ、左から2番目にユチョンの顔。
…え、ユチョンの、顔?
「…あれ?」
「うん、あれ、俺。昨日と今日、ライブ」
「…と、うほう…しん、き…?」
うん、と頷くユチョンの携帯が鳴り、出るなり叱り飛ばされたユチョンが慌ててタクシーを止めた。
「今日、また電話してもいいんすよね?」
「…あ、う、うん…」
立ち尽くす私を一度ぎゅっと抱きしめる。
それを終えるとユチョンはタクシーに飛び乗って、信号から解放された、どアップのユチョンとともに去って行った。
「………………」
快晴の空を見上げ、私は呟く。
「…吊り橋、効果…?」
胸の高鳴りは、もう、何が理由か分からないほどで。
「…刺激、やっぱり強すぎる」
私は続けて呟いて、なんとなく、泣きたい気分になった。
END
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