ウィークエンドシャッフル
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
黒い文字でmanと書かれたドアの前。
今まで居た場所から出て私が向かおうとしたドアとの間に人影があった。
待ちきれず男が迎えに来たのかと一瞬背筋が凍ったが、体格も服装も違うその姿にホっと安堵する。
ただの順番待ちのようだ。
一人立っているだけで狭くなるその通路。
背筋を伸ばして壁に張り付き、通そうとしてくれるその人に謝りを入れながらすり抜ける。
「すいません…」
「たいへんっすね」
通り過ぎようとした時、かけられた言葉に振り返った。
厚く、つやめいた唇。
気付かなかったけれど、さっき左のソファに居た男の子だ。
ソファに座っている時にはこんなに背が高いとは思わなかった。
「……………どうも」
悪趣味だと咎めるつもりも無くて、素っ気ない挨拶に留めた。
私は今、あの男から逃げないといけないのだ。
かかずらわっている暇はない。
「嫌じゃないんすか?」
「…は?」
少し大きめの声で話しかけられ、開けようとしていた正面のドアから手を離す。
「…あの男、嫌いなんじゃないんすか?」
私が今開けようとしていたドアの向こうのソファに居るであろう、男の方を指差す。
否定もできず いぶかる私に、彼は言葉を続けた。
「…泣いてたみたい、だから」
メイクは直したつもりだけど、目が充血でもしているんだろうか。
それとも声にするまいと漏らした息の音がここまで漏れていたろうか。
だとすれば立ち聞きなんてさらに悪趣味だ。
「助けるつもりも無いのに立ち聞きなんてやめて」
「助けてほしいんすか?」
あなたには無関係だと言い渡したつもりだったのに、予想外の返事で、さらに冷たく返そうと用意した口が空を噛む。
「助けてほしい?」
「…別に」
「あー戻んない方がいっすよ」
身長のせいか、上からに感じる言葉に不快感が募った私は、ドアを押そうとして体重の行き場を失った。
気が付けばドアと反対側に引き返されている。
体重の行き場は、手を引かれた先、厚い胸にぶつかった背中で落ち着いた。
「ちょ…っと…」
「あ、申し訳ないっす、でも」
「離して」
「ほんと、戻んない方がいっすよ」
即座に背中を離すけれど、腕は離してもらえない。
「別に自分でなんとかするから」
「…んー、たぶん、無理…?」
言葉を探しながら話しているような回りくどさにイライラする。
「あの、俺の横の二人、えーと…仲間?…っすよ。あの人の」
「……そっちの連れじゃないの?あの二人」
「いや、俺眠いからソファ来ただけで…」
そういえば思い返しても、この人はあの二人と話している様子はなかった。
「さっきお姉さんがこっち来た後であの3人で話してて、なんか…この後どうやる?とか…」
不穏な話に思わず寒気がする。
本当だとすれば確かに戻るのは危ないし、私一人でどうにかするのは難しい。
ただ、あの男も初対面だけど…目の前のこの人だって初対面だ。
私にどっちを信じろというんだろうか。
…だいたい、戻るのがダメだと言ったところで。
「…ここから、どうやって出るの、よ…」
腕を振り解くのをやめた私は、彼の背後にある二つのドアと、私の背後にある、さっき開けるのを阻止されたドアを見比べ言った。
後は隣のバーカウンターに繋がる関係者用のドア以外、出口らしいものはない。
よほど困り果てた顔をしてしまっていたんだろうか。
彼は眉を下げて笑いかけた後、安心して、と言った。
…吊り橋効果、と私が頭の中でわざわざ言葉にして唱えたのは
笑顔と同時に胸が高鳴ったのを、勘違いしたくなかったからだ。
状況のせい。
…状況のせい。
何もかも慎重になるのは、今の私には当たり前のことだった。