chocolate and a cake
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・epilogue・
久しぶりに入ったユチョンとユンホさんの部屋。
ユンホさんにタクシーなかったですかと聞かれて、荷物で手を挙げられなくて…と雑談していたのだけれど、ソワソワしていたユチョンに遮られ ユンホさんはドアへと追いやられる。
「あー……僕、あちで寝るだからー…ゆくり、してください、はぁい…」
私に言ってるようなのに、ユチョンに対してニヤニヤ笑いかけたユンホさんは「ハイハイおやすみ」とドアを閉められ追い出された。
なんて態度を、と思いつつ…内心喜んでしまう。
二人の時間を長く持ちたいと思うのは当然だけれど、もちろんそれだけじゃなく。
会いたいと思い続けた気持ちが もう限界だったからだ。
ユチョンの笑顔も、眠たそうな声も、ぜんぶ。
早く独り占めしたい。
しかし、はしたないところは見せまいと平静を装った。
…既に髪も化粧もグチャグチャで、はしたない事この上ないのはおいといて。
そうまでして買って来たケーキを出し、日本での滞在期間がそんなに長くないというわりに 物がたくさん置かれたテーブルの中央に置く。
蓋を開けると、…さっき見たとおり、グッチャグチャのケーキ。
予約までしてデコレーションしてもらったチョコは生クリームのゲレンデにシュプールを描き、綺麗に箱の底に着地していて、『100日記念』と書かれた表面だけは傷一つないまま、どっかり雄々しく底で寝ている。
ユチョンは「…あー…。冬らしいなー」と腕を組んで眺めたあと、手ぐしで髪を整える私の前になぜか正座をして、「ごめん」と続けた。
何を謝ってるのかさっぱり分からないし、むしろ謝るのはこっちの方なので、下げられた頭を慌てて上げさせる。
「いやほんと、私がごめん!待たせてごめんね!」
「そんなんじゃないんすよ、ごめんね」
「なんでなんで、私が悪いんだから!いっぱい待たせたし不安だったでしょ、ごめん!」
ユチョンより低くに頭を位置させようとするうち、土下座のようになってきた。
じゅうたんにこすりつけそうな額をユチョンの手で支えられる。
その手からなじみのない香りが揺れた。
「…?香水?」
「……………」
私が顔を上げるとユチョンは即座に手を隠し、バツが悪そうな表情になる。
さっき泣いたせいで目が赤いからか、なんだかとても申し訳無さそうだ。
あの、とモゴモゴ話し始めたユチョンの胸ポケットで携帯が光った。
「あ、鳴ってるよ」
「あー……いい」
「出ないの?いいよ、気遣わなくて」
指差してもユチョンが出る気配はなくて、携帯の光は消えて…
そこでやっと、ユチョンの様子がおかしいと気付く。
あれ、こういうのって…
「…ユチョ」
「………ごめん」
嫌なタイミングで謝られて心拍数が上がる。
あれ、もしかして
100日記念なんて、私、とてつもなく悠長なこと言ってた?
「……ごめん、なまえ」
「あ、謝らないで…あの…」
正座のままのユチョンが何度も視線をそらす。
最悪の結果を予想しておいて心を落ち着けようと思ったけれど、想像できるかぎり最悪の結果というのが本当に最悪だったので、逆に気持ちが追い込まれる。
会いたいと思って来たのに、ユチョンはそうじゃなかったんだろうか。
さっき泣いたのは、なんでだったんだろう。
一緒に居たいと思ってるのは私だけになってしまったんだろうか。
ユチョンに会うのを我慢してた気持ちが、解放の寸前で圧迫される。
だめだ。揺れちゃ。
こんなに会わないでいたなら擦れ違うことぐらいある。
ちゃんと向かい合わなきゃ。
話し合えば解決できることだってある。
私が動揺してちゃだめだ。
でも、なんでなんだろう
これじゃまるで、私ばっかりが この恋に しがみついて…
「〜〜〜あーもう無理!ごめん!その話、あとでしよ」
「え、え!」
重さを増していく深刻なムードを一刀両断にして、ユチョンが急に正座を崩した。
それと同時に転がり込んできたユチョンの頭の重さで、私の正座も崩される。
膝の上、転がったユチョンが 見下ろす私の髪に触れ、笑った。
「あとで、気がすむまでいっぱい怒っていーからー…いまはこーしてて…」
「………う、ん、え…なに、怒、え、なにし」
「あとぉー…、なんも、悪いことしてないからぁ、…信じて?」
たてつづけに下から持ち上げられるお願いに、虚をつかれて頷いてしまう。
「それから…今日は、帰んないで…」
流れでユチョンが告げたその言葉にも頷いてしまって、少ししてから、え、と聞き返した。
聞き返した後に続けようと思った台詞は、髪を触っていた手に顔ごと引き寄せられて
甘いアルコールの匂いをなすりつける唇の奥へと、失われた。
せき止められ、押しつぶされかけていた気持ちがユチョンと触れた場所に向かって押し寄せる。
行き場を与えられ、たどりついた場所はそれはそれは甘くて
他には何もいらないと思ってしまうほどで
勝手すぎる
なんて思った一瞬の不満も押し流され
言うべきだったのに失われてしまった言葉も遠くへ行って
「…今日も、仕事なんだけど…」
一度失われたその言葉を言えたのは、落ち着いた頃に聞いたユチョンの懺悔と言い訳の後
ケンカと仲直りもひととおり済ませて
出勤時間まで残り数時間もなくなってしまった
二人の始まりから100日目の、夜明けを迎えた頃だった。
「…おれも仕事ぉ……」
「…あーあぁ……」
お互いに、げんなりしながら綺麗に片付けた箱の中。
甘くて食べきれなかったケーキの横には
差し込む朝日にも溶けずにいたチョコが 飽きもせず雄大に寝そべっていた。
END