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「あ、やっぱり」
「…えっ?えっ?」
「…糸こんにゃく」
「……………」
「…はっは!?はは、ははは…!!」
私の首から引き抜かれた白い指。
その先に、タラーーーン…と伸びる
糸こんにゃく。
「……す、すいま、せん…」
「あー、そーすね、さっきからずーと、そうやってー、謝ってるとき見えたのとー、なーんかおいしい匂いしってたからー、これもしかしてー…さっきのこんにゃくじゃないかなー…て、はは!」
くるくる表情を変えて嬉しげに説明する彼の手からそれを受け取り、片手に持っていた雑巾に挟んでもう一度謝った。
…そもそもこんな雑巾手に持っといて、非日常もドキドキもないもんだ。
バカバカ。私のバカ。
「…じゃ、あの、ヒーローさん、後日改めてお詫びに来ますん…」
「あ、だめ!」
「え。……あ…ああー…」
エレベーターから降りるよう彼を促し、後日、と言ったところで急に拒絶されて驚く。
でも、そうだ。少し考えれば分かることだった。
パパラッチ。
今日だってまた騒動に巻き込んでしまったし、このまま関わっていちゃ、いつ何を撮られるか分かったもんじゃない。
そりゃあ、彼だってこんな糸こんにゃく垂らして歩くような女とはスクープされたくないだろう。
そりゃあ、そうだろう。
…なのに、なに、傷ついてるんだ。私。
あんなに、記事に書かれないかって悩んだくせに。
もう。バカバカ。
私の、バカ。
ちゃんと、お礼言って、もう関わりませんって、言わなきゃ。
「…すいません、ヒーローさんにはご迷惑ばかりおかけして…」
「あ、またぁ」
「え」
また、と言うと同時、一旦降りようとしていた彼も、また、振り返る。
「こないだぁ、教えたのになんでぇ」
「はい?」
「名前ぇ!なまえさんでっしょ?」
「あ、はい」
「おれは?」
「…………」
「…………」
「………あ」
口を、ポカンと開けて彼を呼んだ。
「ジェジュン、さん」
「っそー…も、わっすれたのかと思ったー…」
「あ、いや…忘れ…」
「今度ぉ、なんかあってもぉ、ヒーロー呼ばないでね?」
「あ、それは分かって…ます…」
「ちゃんとぉ、名前で、ジェジュンで呼んでくれないと、チャンミとか笑うでしょー、恥ずかしーからぁ…」
「え」
「明日もだよ?」
「…え」
「明日休みだからー、部屋、ここだから…あ、それと」
「ええ!?」
彼の言葉を理解しようと、白い指の行き先を見るのに精一杯になっている私の頭を急に引き寄せる。
たっぷり匂いを吸い込んだ後、彼は笑顔で付け加えた。
「これ、おいしい匂いの、このーこんにゃくの。買ってきてー、くださーぃねー?」
その顔を見たとたん、雑巾を持つ手に力がぐうっとこもって、逆側の、開ボタンを押してた手がゆるんだ。
ゆっくり閉まるドア。
手を振る彼に、振り返すこともできず、頭を下げて。
そのまま、降り始めたエレベーターのドアに前のめりですがりつき、ひざまづいた。
「あ、あー…なに、いまの……」
甘い香り
甘い笑顔
甘い言葉
彼のくれたどれもが胸を高鳴らせて
私は8階に着くまでに、確信してしまった。
「あのひと、ほんとに、ヒーローになっちゃった……」
もう、彼とだったらパパラッチにスクープされてしまいたいなんて、思い始めてしまう私。
…ただ
その記事のヒロインが、糸こんにゃくの髪飾りなんて設定の自分で、本当に申し訳ないと思うのだけれど。
「ごめんなさい…ヒーローさん…」
明日は呼べない彼の名を、雑巾片手に呟いた。
END
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