ドアの前で立ち尽くしたまま、僕は呼吸が浅くなるのを感じた。



僕はこんなところで、こんな電話に付き合ってる場合じゃないんじゃないか？



早く


早くなまえに





『…、ユノ、？……ノ、？』






急に携帯の音が途切れ始めた。

聞きなれない音が細かく割り込んできて、通話が不明瞭になる。

携帯を離して見ると、画面には「なまえ」の文字が光っていた。

キャッチだ、と思った時にはもう親指が通話ボタンを押していた。

途切れ途切れの声は一瞬で無くなり、クリアな無音の中、耳に届いた声は確かになまえだった。



『…ユノ？』

「なまえ、なまえ？」

『今…もしかして電話…してた？音が…』

「切っただよ」

『電話、してたの？』

「してた、ごめん…でも」

『………』

「でももう、切ったんだ」



僕は嘘がつけない自分に焦りを感じながら、ほとんど言い訳にしか聞こえないだろう台詞で縋るように言った。

なくしそうだった選択肢に続く糸を見つけた気がして、僕は必死になっていた。



「切っただから、もう二度と出ない」

『……もう、いいよ？私、もう…』

「出ない。なまえの電話しか出ない」

『ユノ、私たちもう』

「なまえを選ばせて、お願いだから」

『……ユノ』

「お願いだから…別れるなんて、言わないで……」