その男、煉獄杏寿郎【上】
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酷く身体が痛む。腫れているのか目も開けにくい。
口の中に広がる血の味。非常に不快だ。
煉獄は目を醒ました。
腕の感覚がない。槇寿郎に腕を切り落とされた記憶は無い。
焦り、腕へ目をやる。
そこには手首を掴まれ、煉獄に抱きしめられ、すぅすぅと小さく寝息をたてている楓の姿があった。
慌てて抱きしめた腕を外そうとするが、楓を起こしてしまうかと躊躇する。
腕を枕にされ、自分の腕の中で…連れて帰るあの朝に見た。安心しきっている寝顔を見ると愛しさが込み上げてくる。
「愛している。楓」
「心配かけたな。」
可愛く、愛しく、煉獄の心は楓でいっぱいになっていた。
楓を目の前に求婚をし、誓ったあの言葉を思い出し、強くなり 柱になる。と更なる思いを重ねる。
不意に心臓が、今までに感じた事ない程にバクバクと脈を打つ。
その音は眠っている楓に聞こえてしまいそうだと錯覚をしてしまう。
このまま抱きしめているのはまずい。
本能と理性の間でそう感じたのだろう。
楓を起こさぬよう、注意を払い、痛む身体を引き摺り 井戸へと向かった。
楓の事を直視出来なかった煉獄は、楓の手首に、自分の手形の痣が出来ていることに気付いていなかった。
外に出ると、太陽は天高く登り、少し真上よりずれていた。
井戸を引き、顔を洗い、口をゆすぐ。冷えた井戸水は傷口に滲みる。
「兄上!」
庭の掃除をしていたのだろう。箒を持った千寿郎が駆けてくる。
「兄上!大丈夫ですか!?」
「まだ腫れてますね…。」
「ご飯は食べれそうですか?」
「僕に何か出来る事はありますか?」
矢継ぎ早に質問を繰り返す。余程心配したのか千寿郎の目には隅が出来ている。
眠っていないのだろう。
身をかがめ、千寿郎と視線を合わす。
「千寿郎。兄の我儘に付き合わせてしまい、すまなかった。」
「楓を守り、共にいてくれた事を感謝する。」
「父上を恨んではいけないぞ。こうなる事はわかっていた。」
「優しい弟を持ち、兄は幸せだ。」
そっと抱き寄せると、千寿郎もまた楓のような大粒の涙を流し、兄に抱きついていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
目を覚ますとそこに煉獄の姿は無かった。
心の中がザワザワとする。
身体を起こし、心を鎮める為、心臓の上に手をのせる。
ズキリと感じ、視線を落とし、驚く。
所々赤黒く真っ青な大きな手形の痣が、手首をぐるりと巻いていた。
触れると少しズキリと痛む。
その乱暴な〝印〟を眺めていると、胸の高鳴り止まらない。
乱暴な〝印〟を撫で、愛おくなり、抱き寄せる。
楓の腕についた煉獄の痕はいずれ、綺麗に消えるだろう。
それがまた切なく、愛おしく感じる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ガラガラと引き戸を開けるが、楓の足音はしない。
まだ眠っているのか。
静かに戸を開け、中を見る。
そこには、腕を抱え、少し顔を赤くし、呆けている楓の姿がある。
煉獄は 慌てて声をかける。
「楓!大丈夫か!」
こちらを向く楓の表情は、一人不安に抗うような、以前にも見た守る対象としての楓の顔では無かった。
潤んだ目に赤く染めた頬。とても年下とは思えない〝妖艶な表情に〟釘付けになる。
しかしまた煉獄も酷く痛々しいままの見た目。その顔を見た楓が先に動く。
楓「杏寿郎さん…!杏寿郎さん…!……ごめん…なさい…!」
どんどんと涙声になり、名を呼び、許しを乞うてくる楓が堪らなく愛しい。
愛しくて、愛おしくて仕方がない。
気付かずうちに抱きしめていた。
「俺は大丈夫だ。父上にここまで叱責されたのは初めてだな!」
理性が途切れぬよう、平静を装い 笑いながら 伝える。
「でも、でも、」
と、子供の様に泣きそうに話す楓に安心させなくては 声を出そうとするが、先程の楓の〝妖艶な表情〟を思い出し、本能が邪魔をする。
抱きしめ、痛む頬を楓の頭につける
どのくらい そう していたのだろう。
戸を叩く音で二人は我に返る。
「失礼します。お二人とも起きてますか?お食事をお持ちしましたが食べれますか?」
千寿郎の声だ。
二人は自然と離れ、返事をする。
「千寿郎か!入ってくれ!」
静かに踏み入れた室内には、不自然な距離で立ったままの二人がいる。
まだこの千寿郎にはわからない。
「???。兄上?楓さん?お食事はとれますか?」
キョトンとした顔で、問いかける。
ほぼ丸1日食べていなかった煉獄のお腹が大きく鳴った。
三人で笑い合う。
とても幸せな時間。
それはとても、とても幸せな時間だった。
その夜は弓張月。
夜警へ出た煉獄はその綺麗な月を見上げ思いを馳せる。
今を生きる新しく出来る家族へ。
【上・[完]】
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