テティノとラファウス

夜も更けた頃――ラファウスは、宿屋の屋上で夜風を浴びつつ、聖風の神子の習わしとして風の声を聞いていた。
「やあラファウス。いつもそうして風の声を聴いているのか?」
声を掛けたのはテティノだった。
「……習わしですから」
ラファウスは揺れる長い髪を軽くかき上げると、仄かな香りが漂う。
「風を浴びるのも、心地いいよな……潮風だって」
テティノが呟くと、窓からの風が吹き付ける。
「……僕は……あとどれくらい生きられるのかな」
テティノの一言にラファウスは思わず振り返り、険しい表情を浮かべる。
「な、何だい?」
ラファウスは俯き加減になり、手を震わせる。
「テティノ……今を大切にしなさい」
呟くようにラファウスが言う。テティノはラファウスの言葉で心情を察したのか、申し訳なさそうに俯いてしまう。
「……君は、そこまで僕の事を……」
ラファウスは無言でテティノに近付き、そっと手に触れる形で返答する。死の淵に立たされたレウィシアの命を救う為、テティノは禁断の大魔法『ウォルト・リザレイ』を使う事によって自身の命を大きく縮めた。どれくらい生きられるのかは誰にも解らない。そして本人にも解らない。数年単位なのか一年以内なのか、もしかすると半年にも満たない余命なのかもしれない。ハーフエルフの血が流れているが故に並みの人間よりも長く生きられる自分だからこそ、命を分け与えたい気持ちがある。叶わない事だと解っていても、彼には幸せに生きて欲しいから自分の命を与えたい。それが神の理に反する禁忌だとしても――。
「ラファウス……気持ちは有難いけど、僕の事は気にしないでくれ。一人の人間の命を救う事が出来たなら、寿命が縮んだ事に後悔はないんだ。僕は英雄になれたんだから――」
テティノの一言にラファウスが鋭い目を向ける。
「な、何だ。何か変な事言ったか?」
「いえ……」
ラファウスは俯き加減で涙を溢れさせる。
「ラファウス……?」
突然のラファウスの涙に驚くテティノ。
「あなたは……長く生きるべき英雄ですよ……それなのに、どうして……」
止まらない涙に嗚咽を漏らすラファウス。いつも冷静に振る舞い、子供のような見た目ながらも年齢はテティノよりも上で中身も大人なラファウスが泣いている。まるで今まで溜め込んでいた感情が爆発したような泣きじゃくりようだった。
「ラファウス……僕は……」
テティノはラファウスを抱きしめる。ラファウスはテティノの胸の中で泣いていた。


 こんな僕の為に、一生懸命僕を支えようとしている――


 決して同情ではなく、残り僅かな命となった僕の力になろうとしている。僕の為に、何もかも。


 僕の運命は変えられない。だからこそ、僕を想い、僕を支えてくれる。それだけでも嬉しいんだ。


 ラファウス……ありがとう。


 残り僅かな命を決して無駄にしない。あとどれだけ生きられるかわからないけど、今を大切に生きる。君の為にも。




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